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書けなくなった作家擬きが出会ったのは甘党少女でした。  作者: 神無桂花
甘党少女と真面目で律儀な不良になりきれない少女。
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四者面談はココアと共に。

 俺はようやく、この席に辿り着いた。

 できれば着きたくはなかったが、世の中、通さなければいけない筋という物がある。今この場で通そうとしているのも、そういう筋だろう。

 何というか、優しそうな二人だな。

 目の前に座る、凪の両親。母親の方は会ったことがあるな。娘の凪に似て、色素の薄い髪。凪より幾分か穏やかそうな顔立ち。

 父親の方から感じる凪の要素は大き目な瞳だろうか。アパートに入居した時、挨拶に行ったが、その時はいなかったから、ほぼ初対面、すれ違った時くらいはあるだろうけど。

 この二人から凪が生まれたのか。凪が美人に育つのが納得だな。

 ……凪が美人なのは事実だし。うん。

 場所はマンションの向かい。凪の両親が経営している喫茶店。


「えー。挨拶が遅れて、申し訳ありません。201号室の、荒谷諭です」


 ぺこりと頭を下げた。自分が知り得る限りの礼儀を尽くしたつもりだ。


「はい。荒谷さん。えっと、マンションに入居された時と、喫茶店で何度かお会いしたことありますね」

「はい。いつもお世話になっております」


 とても丁寧な口調だ。思わずこちらも、最初から低かった腰が地面にめり込むレベルになってしまう。頭を下げたらそのままクレーターでも作りそうだ。

 目の前に置かれたココアが美味しいのはわかっているが、緊張で手を伸ばす気になれない。

 隣に座る凪は静かなものだ。

 構図だけ見れば、「娘さんを僕にください」とかいう定型文でも言いだしそうなものだ。


「凪がいつもお世話になっているね」


 深みのある渋い声だな。お父さん。羨ましくなるくらい良い声だ。なんて恵まれた両親なんだ、凪。


「む、むしろお世話になっているのは俺の方というか。はい」

「凪がやりたくてやっている事だからね。僕たちも嬉しいよ。これからもどうぞ付き合ってあげてくれ」


 ……凪、どういう説明したんだ……。

 隣に座る、さっきから一言も発しない凪を見る。

 こっちの会話に興味も向けず、ずっと窓の外を見ていた。

「凪の親に会わせてくれ」

「? なんでですか」

「流石に心苦しい」

「?……今行けば二人ともいますよ、喫茶店」


 という話だったので、慌てて着替えて夕飯の仕込みをしていた凪に連れられ、この話を凪に持ちかけようと思った時点で用意していたものを持ってここに来た。

 改めて顔を引き締める。家にあったなかで一番おしゃれな紙袋から取り出したものをテーブルに並べる。


「これ。あの、今までの食費、とあとは、俺が好きなお菓子、是非食べてみてください」

「あぁ、ありがとう。お金はいらないかな。学生からそこそこのお金もらうのも嫌だからね。お菓子の方はいただくよ。おしゃれなお菓子だね」


 まあ、これは俺の母親が春休みにうちに来た時置いていったものであって、別に好きなものではない。味は知らんが、あの母親が置いていったものだ、客人や見舞品として出すものとして外れの筈か無い。

 封筒が戻される。

 何となく予想はついてた、こうして向かい合って座った時から。


「……凪に自由にさせる意図は、何ですか?」


 その言葉は、大人二人の朗らかな笑顔が答えた。

 どこか後ろめたいような。そんな。

 ここで無理に聞き出すのは良くない。そんなことは俺でもわかった。


「挨拶だけでも、できて良かったです」

「いえいえ。こちらこそ、ありがとう」


 お礼を言われる意味が、わからなかった。




 「なぁ、凪」

「はい」

「今更なんだけどさ。俺は、君の何を救ったんだ」


 そう、俺は聞くべきだった。最初から。

 なぜ今まで聞かなかったのだろう。いや、俺がこの子に興味を持ったから、気になったのだろう。


「優しさに絶望した私に、優しさは捨てたもんじゃないって。世界は、人は、もっと優しいんだって、教えてくれました。人は、醜いばかりじゃないって、教えてくれました。神薙先生の物語は、優しい。とても、とっても大好きな優しさでした」

「何があったって言うんだよ。お前」

「今は、話したくないです」


 スッと、凪の顔から表情が消えた。感情が奥に引っ込んだような、整った顔立ちは人形のような不気味さ

を醸し出して、そしてすぐに元に戻る。


「荒谷さんは今日はバイトですよね」

「あぁ、まぁ」


 シフトを確認すると、うわ、俺の負担大きくねこれ。


「……ものすっごく気が重い。……そうだ、お前、影山って人知らない? 髪黒くてめっちゃおどおどしてて、公園でシーソーで一人で遊ぶ感じの子。市川の彼女なんだけど」


「……なんですか、そのカオスな子。何年生でしょう?」

「知らん」


 確かに、二、三年生だったら一年生の凪が知らないのも無理は無いか。


「聞いてみるか……」

「知り合いの方なのですか?」

「同じバイト先」

「……うち、バイト禁止ですよ」

「あっ、やっぱり? 凪の場合は家の手伝いだもんな」

「はい」


 うーん。ますますわからない。


「まぁ、うちの高校でこの辺住んでいるなら確実に電車登校なので、バレにくいと言われればそうですし、先生がこの近辺に住んでいないのは確認済みです」

「へぇ」


 何故知っている。

 まぁ、先生の家をなぜか知っている奴って、たまにいるよな。


「さて、荒谷さん。今日の分の短編は?」

「こちらにどうぞ」


 流石に毎日毎日心臓に悪い命令されるのも嫌なので、たまには妥協を覚える。


「……ふむ」


 凪は印字された紙に目を落とし、座って読めば良いのに、じっと立ったまま動かない。


「うん。はい。そうですね」


 そうしてしばらく。反応はこれである。


「荒谷さん。作者が自己完結してどうするのですか? と」

「はい」

「これ、荒谷さん以外結末理解できないのではないでしょうか?」

「おっしゃる通りです」

「こういうことってきっちりわかる人にはわかる。解釈できるよう何かしら有名な哲学的思想とか、そういうのを匂わせて書くものですよね」

「はい」


 凪の説教。情けない事にぐぅの音も出ないほどに正論だった。


「明日も、期待しています」


 ため息を吐く。

 彼女の期待を裏切らないものを用意しようと思ったけど、それでも、能力が着いてこようとしていなかった。一度枯れた泉に潤いは戻らない。


「? 急に笑って、どうかしました?」

「あぁ、どうかしてる」


 自分の無様さに、笑ってしまう。


「とりあえず。夕飯食べましょう。用意できてますから」

「ありがとう」

「最近なんか、素直ですね。荒谷さん」

「あぁ」


 そう思う。自分でも。


「ちゃんと、応えるよ」


 こうまでしてくれる子の期待を裏切ってしまおう、そう思うほど、自分は落ちていなかったことに、安堵した。




 バイトが終わって、凪から夜食を用意してくれて、そして、一人になった。

 今日なら、いける気がした。荒谷諭を、神薙が殺すこと。殺意が溢れそうだ。

 もう二度とできないと思っていた。

 やりきったと思えていた時、もうこの行為とは一生、おさらばすることになったと思っていた。

 でも、できてしまいそうなんだ。

 展開に詰まった時、何をやっても、あの喫茶店に行っても駄目な時の、「我が家のメイド。」を書き上げた時にできなくなってしまった奥の手。



 不満、不条理、理不尽、怒り、悲しみ。これらはドーピング剤だ。これらを解消しようと、感情は。ざわめき、激しく動く。

 それらを思い浮かべ、死にたくなるほどに自分を追い込む。

 殺してくれと無意識に願うほどに、追い込む。自己否定を重ね、存在レベルまで自分を否定し尽くす。

 負の連鎖から生まれた感情のナイフで、自分を突き刺す。


「ふふっ、ははっ」


 できた。俺はまだ、世界に対して不満を抱えていた。満足していなかった。

 めった刺しにして、あふれ出た血は、言葉になる。

 言葉を連ねて、物語を紡ぐ。

 身体を起こす。気分は最悪、けれど、書く上でのコンディションは最高だ。

 この時に書く文は、岩壁に字を掘るなんて苦しいものでは無い。

 血に指を浸す。インクはいくらでも溢れて来る。 

 枯れた想像の泉は赤く染まる。


「書けよ。神薙。お前なら、これだけやれば、できるだろ」


 差し出せるものなんて、自分自身だけだ。神薙という悪魔(作家擬き)に差し出せるものなんて。

 むしろ、それだけで済むんだ。

   





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