28話バイオリンの謎
落ち着くのよ、メアリー。ま、まずは落ち着いて考えましょう。
メアリーは、冷めた紅茶を飲みながら、グルグルする頭の中を整理することにしました。
リリアはティル・オイレンシュビーゲルのようなものだと赤髪の錬金術師の事を言いました。
つまり、はじめに普通のバイオリンが上手なポハンが昔、実在して、
それにあやかって、赤髪のバイオリン弾きがプラハに複数登場し、
チェコ語が禁止されて、ヨハンに名前が変わっていったのかもしれません。
特徴的な姿をしているヨハンは、外国から秘密を抱える人間が身分を偽るために、一部には魔術師も、大道芸人として世界を回っているのかもしれません。
だとしたら、
「私、あなたの赤髪に、ヨハンに会いたいわ。」
メアリーは、リリアに近づいて、待ちきれないように言いました。
現在、魔法のかかる前のもとの世界に、もとの17才の姿に戻っていますが、
メアリーの姿は、他の人には見えなかったり、
魔法がまだ使えたり、
フェネジがついてきたりとメアリーの今の状態は不安定です。
もし、赤髪が沢山いて、リリアに魔法をかけたヨハンは、若い姿を保つ魔法を知っているなら、教えてもらいたいものです。
メアリーは、魔法技師に逆戻りしてお婆さんになる心配をしなくて良いと思うと、胸がときめきました。
「ええ。夜の公園は7時からです。その時、彼は、やって来るはずです。
メアリーさん、どうか、バイオリンを、『カノーネ』を取り戻してください。」
リリアは、真剣にメアリーにお願いしました。
メアリーは、つい、自分の事に気がいってしまった事を後悔し、リリアの肩を両手で軽く叩きながら励ましました。
「わかったわ。とにかく、様子を見て、なにか考えてみるわ。」
「でも、この芝居のパガニーニが、赤髪のヨハンでバイオリンを持っているなんて、どうしてわかるの?」
フェネジが、突然、鋭い突っ込みをいれ、メアリーは、そんなフェネジに疑惑の視線を向けました。
フェネジって…何歳なんだろう?
もともと、何千の時を生きる魔神、ジンのフェネジの歳なんて、考えるのも馬鹿馬鹿しいのですが、
リリアの歳に疑惑を向けたので、ついでに気になりました。
さっき、フェネジがプラハの橋の事を石橋と言いました。
フェネジが石橋と言ったその橋は、カール四世の時代に建設が始まった美しい橋で、年寄りはこの橋をプラハ橋とか、石橋と言います。
が、メアリーは、ウィーン万博の頃から呼ばれている通り、カレル橋といいます。
ただの偶然かもしれませんが、フェネジも最近、目覚めたなんて言ってましたが嘘かもしれません。
メアリーが、まさか、自分とフェネジの年齢を疑っているとは知らないリリアは、信じてもらおうと、必死で赤髪の錬金術師についての説明をはじめました。
「なぜ、彼があのヨハンなのか…、
どうして私にそれがわかるのか…。
それは、私が音楽の魔法技師で、私のバイオリンとカノーネの弦が特殊なものを使っているからですわ。
それは、天文時計、オルロイの点検の時に廃棄された糸で、言い伝えでは、竜の腸で作られた糸と言われています。」
リリアの説明に、メアリーは驚くのを通り越して呆れてしまいました。
「竜の腸…。確かに、弦楽器には羊なんかの腸を使うけれど………。」
メアリーは、そこまで言って、何かを思い出して黙りました。
メアリーは、働く機械の魔法技師です。
水車や、タイプライター、織物の機械を直して旅をしていました。
そんなメアリーも、プラハにはまだ行った事がありませんでした。
大昔、カレル四世が中央ヨーロッパに初めての大学をプラハに作った時代から、
この都市の複雑な機能を動かす魔法技師は、とびきり優秀な人達だけです。
メアリーは、あのカレル橋の魔法番にゆるされて、入ることすら難しいのです。
プラハには、普通の魔法技師は、見たこともないような、珍しくて凄い部品があると聞いたことがありました。
竜といえば、ハンガリーのジギスムント王がバルバラ妃と創設したのが
竜騎士団です。
確か、1408年。
そして、あの、憧れのプラハの天文時計が作られ始めるのが、その2年後の1410年!
なぜ、ドラゴンの騎士団としたのか…
メアリーは、不思議に思っていましたが、
もしかしたら、本当に、騎士団はドラゴンを退治したのかもしれません!!
そうして、ドラゴンを使った様々な部品は、何百年の時を経ても、いまだにプラハで動いているのかもしれません。
そう考えると、メアリーは、自分の歳とか、若さなんて事はどうでもいい気がしてきました。
ドラゴン騎士団に叙任されたワラキア公のプラド2世もまた、ドラゴンのイメージから、悪魔公と呼ばれていたのです。
パガニーニの悪魔が、この竜に関係する噂だったとしたら!
メアリーは、胸がドキドキしてきました。
ワラキア公の故郷、トランシルバニアには、バイオリンの起源の昔話があるのです。
とんでもないロマンと、歴史に隠れた秘密の匂いに、メアリーはワクワクしてきました。