第四編 恋する乙女編 第一章 私、メイドになっちゃいました(4)
久しぶりの海斗との甘い夜を過ごして上機嫌となったサナであったが、先程から彼女は抑えきれない苛立ちを覚えていた。
その原因はもちろん彼女の後ろを歩く、メイド服姿のリリエッタという少女だ。
サナは気がつかれない程度に後ろに目を向ける。
―――まったく、本当に忌々しい。私を見るこの少女の目を見ていると昔のことが蘇る。思い出したくもない、子供の時も記憶が…。
ただ、そのような私情を交えて仕事を疎かにするわけにもいかないので、すぐに視線を前へと戻す。
そして、ある一つのドアの前に行くとノックはせずに中へと入る。
「ここがあなたの部屋です。大事に使いなさい」
「は、はいっ。あれ、でもここって…」
「そうです、私の部屋の隣です。何かあれば聞きにくるように」
―――本当はもっと違うところにしたかったのだけれど。
実は、この部屋の割り当ては海斗が行なっていた。教育係のサナと部屋が遠いいと何かと不便だろうという親切心からこのように配置していたのだ。
ただ、サナも海斗の考えを理解しているので何もいうことができずにいたのだった。
サナは自分の部屋と言われ感動しているリリエッタに「次に行きますよ」というと、すぐに部屋の外へと出てしまう。リリエッタはその後に遅れまいと慌てて追いかけるのであった。
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お父さん、お母さん、私は今魔王国にいます。古今生きてから一週間が経ちましたが、メイドとしてしっかりと仕事をこなしています。
そう…。しっかりと…。
「リリエッタ、あなたは何枚お皿を割るの」
「すみません…」
私は今、頭を下げています…。
私は最初ある程度のことをサナ先輩に教わり、慣れるまでは先輩のお手伝いという形でした。
初めのころはメイドなど家事の延長だろうと思っていました。ただ、それは全く違っていたとすぐに思い知らされました。
洗濯や、料理の補佐(皿洗い・配膳)、はもちろんですが問題なのはその量でした。この城にはたくさんのメイドさんが務めていますが、それでも足りないんじゃないかと思うくらいのことをしなければならないのです。
それに加えて、部屋の掃除などやることは多岐にわたるです。でも、驚くべきなのはそれをサナ先輩は難なくこなしているのです。
一方、私はというと…。
「疲れているのは分かるけれど、そんなの言い訳にならないのよ」
「はい」
私を叱っているこの人は厨房担当のリサさんです。ちょっと豊かな体系の羊角族のメイドさんですが、怖いです。いつもは優しいんですけど、いつもは…。
「これはまた、サナに報告するしかないねぇ」
「うっ…」
これはまずいです。
私の教育係であるサナ先輩に、私の行いが報告されるのは当たり前なのですが、如何せん。
サナ先輩は怒るとものすごく怖いのです。
まぁ、普段から怖いのですが。
私が肩を縮めて下を向いていると、私の心中を察してくれたのか。
「はぁ。わかったから、報告しないでおいてあげるよ」
「ほ、本当ですか」
私が顔を上げて嬉しそうにそういうと「ただし」とくぎを刺してくる。
「もう一人分の皿洗いしてもらうからね」
「は、はい…」
私はそういわれ落ち込みますが、サナ先輩に怒られるよりはましなので渋々手を新たねさらに伸ばします。
ちなみに、サナ先輩はというとこの時間は海斗様の勉強に付き合っています。
後から知ったのですが、どうやらサナ先輩はメイドの中でもとても立場が高いらしく、魔王様の直近の傍仕えなのだそうです。
なので、私がサナ先輩の仕事を手伝うことはたまにしかありません。
まぁ、手伝いといってもほとんど見ているだけなのですが…。
「そんなにあの子が怖いのかい」
お皿を洗っている私を監視していたリサさんがとうとうにそう聞いてきました。
「…はい。なんか、いつも無表情で、挨拶しても素っ気なくて、それで何かやらかしてしまうと嘘みたいに怖い雰囲気をまとって説教してくるんです」
それを聞いたリサさんは少し考えるそぶりを見せると。
「もしかして、あんた、獣人族を下に見たことがあるんじゃないかい? 差別的な意味で」
私はそう言われてとっさに否定しようと口を開きますが…。言葉を発することはできませんでした。
獣人族は西の方へ行くと多く見ることができました。しかし、その全員が奴隷でした。
ある一つのものに特化した特技を持つ獣人は比較的戦争でも捕らえやすく、捕らえられた後は奴隷商に引き渡されるのです。
そんな光景をかわいそうだと思いながらも、心の中では蔑む対象に私自身もしていたのだとこの時は私は気がつきました。
そのことに気がつき、下を向いて押し黙ってしまった私を見てリサさんが優しく頭を撫でてくれます。
「気に病むことはないさ。私だってあんたとこうやって接しているが人間が好きなわけじゃない。あんただって、大切な人や同胞をこっちの奴らに傷つけられたんだろう。もしも、その怒りをぶつける対象がすぐそばにいるなら、私だってそうしてしまうさ」
「リサさん…」
私は溢れそうになる涙をこらえながら聞きます。
「あの、それでそれがサナ先輩にどういう関係が…」
リサさんは、顔を暗くしながらも「これは他言しないでほしんだけど」と前置きをして話してくれました。
サナ先輩は以前、西方の獣人の住まう村で暮らしていたそうですがそこを人間に襲われ、村の小さな地下倉庫に隠れていたところを魔王様に助けられたのだと。そして、どうやら先輩はその地下から外の様子を見てしまったらしく、酷く人間を嫌っていると。そして、獣人に向けられる害意を敏感に察してしまうのだと。
気がつくと、こらえていた涙が溢れ出していました。
私はここにきてからずっと被害者だという思いがあったけれど、それはここにいる人全員にも言えることだったのだ。
それなのに、私は、私は…。
「これが戦争さ…。何も利益を生まず、ただ悲しみと憎悪が連鎖する」
リサさんは抱きしめながら、どこか哀れんだ口調でそうこぼします。
その言葉を私はただ聞いていることしかできませんでした。
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「落ち着いたかい」
「はい、すみませんでした」
私は涙をぬぐいながら答えます。でも、そこでふとある疑問が浮かびます。
「あの、さっきサナ先輩は人間が嫌いだとおしゃっていましたが、海斗様は人間ではないのですか」
そう、疑問を口にすると。なぜかキョトンとした顔になったかと思うと、なぜか吹き出して笑われました。
「人間に決まってるだろう」
「でも、サナ先輩は魔王様の側仕えだけじゃなく、海斗様の側仕えもしていますよね。それに勉強の教師役だ
って」
「そうさね。まぁ、海斗様はものすごく優しいお方だからね、そこらへんを何か思うところがあったんじゃないかね」
「はぁ」
私はその答えによくわからず曖昧な返事をします。そこでパンっとリサさんが手を叩きます。
「さぁ、話はここまでにして仕事に戻るよ」
「はいっ」
この日から私のサナ先輩への印象は少し変わっていきました。
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リサさんから話を聞いてから一週間が過ぎました。
相変わらず仕事は忙しく、毎日多忙な日々を送っています。
私たちには一週間に一度休みの日があるのですが、その日は疲れてベッドから出ることもできませんでした。
これは先輩方に聞いたのですが、みんな休日は城下に買い物をしたりしに行くそうです。
どうしてそんなに動けるんでしょうか…。
さて、今日も一日頑張ります。目標は、サナ先輩に一人前と認めてもらうことです!
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「ふぅ。やっと寝ることができます」
仕事を終え、湯あみをしてきた私は床に就くべく廊下を歩いていると。
今朝はあんなにも意気込んでいましたが、やはり一朝一夕には行きませんね。
そんなことを思っていると。
「サナ先輩?」
今は夜も更けた時間、普通なら自室で寝ているはずなのにも関わらずサナ先輩は悠然と廊下を歩いていました。
理由は分かりませんが、その時私は何となく先輩をつけていくことにしました。
「いったいどこに行くのでしょうか」
先輩は部屋とは反対の方向へと進んでいきます。
しばらくすると、先輩はある部屋の前で立ち止まり。周りをきょろきょろと確認してから中へと入っていきます。
「もしや、何かいけないことをしているのでは」
そんな考えが直感的によぎります。
これ以上知ってはいけない何かがこの先にあるのかもしれない。しかしはその好奇心に抗うことはできず、そのドアの前まで行きます。
「ここは、海斗様の、部屋?」
私はドアに耳を当て中の音を探ろうとします。
ですが、防音がしっかりされているのかなにも聞こえません。
致し方なく、私はそぉっと少しだけドアを開けてみます。そして、その隙間を除いて見えたものに驚愕します。
「っ…!」
私の体は一気に熱を持ち、頬は羞恥から赤く染まります。
「だめ、海斗、はぁあん。そこは…」
なんと、いつも冷静で冷徹なイメージのサナ先輩がベッドの上で乱れて。いえ、淫れていたのです。
私は急いで祖の扉を閉め、猛ダッシュしました。せっかく流した汗がまた出てくるのにも構わず。
そして、気が付いた時には私は部屋の中の布団を頭からかぶりまるくなっていました。
わ、私はとんでもないものを見てしましました。
その後、私は何とか夢の中に逃げ込もうとしましたがまったくと言っていいほど眠気が来ることはありませんでした。
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起床時間、私はずっと悶々とした気分が抜けませんでした。その理由はもちろん昨夜の出来事が原因です。
今でもあの光景が脳裏に焼き付いて離れません。
「あ、あれがよかというやつですか。わ、私もいずれは好きでもない誰かと床を共にする日が来るのでしょうか…」
そう一人つぶやき、一人の男性の姿が浮かびます。
「海斗様…」
そんなことをしている間に仕事の時間になってしまいました。私は急いで部屋を出てサナ先輩の部屋の前で出てくるのを待ちます。
「っ!」
ですが、先輩は部屋から出てこず海斗様の部屋の方向から歩いてきました。
「お、おはようございます」
私は出来る限り自然体を意識します。
「おはよう」
挨拶をすませると、すぐに今日の指示を出されます。しかし、サナ先輩を目の前にすると余計に昨日のことが思い出されて…。
「どうかした。体調でも悪いの」
いつのまにか目線を下に向けて無意識に先輩を見ないようにしていました。
「い、いえ。決してそんなことは」
「そう。なら、人の話は目を見て聞きなさい」
「すみませんでした」
その後はなんとか目を背けたくなる衝動に耐え、話が終わった後はすぐに仕事へと取り掛かりました。
しかし…。
「ふむ。あれは黒ね」
サナは廊下を曲がるリリエッタを見ると、踵を返しルーシーの部屋へと向かうのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
前作「居候彼女は泥棒猫」もよろしくお願いします。




