第四編 恋する乙女篇 第一章 私、メイドになっちゃいました(3)
聖騎士二人の処刑から何回も太陽が昇っては西の空に消えていった。
今まで南から吹いていた風が向きを変え、冬の訪れを匂わせていた。
この時期になると、一時的に戦場が活発化する。冬場は雪により行動が制限されるためだ。つまり、その前にいくらか戦線を押し上げておきたいというのが敵の狙いだろう。
そんな中で俺は戦場を駆け回っていた。時には北へ、時には東へと戦線を支えるべく駆り出されていたのだ。
そして、とある戦場に行った時一人の少女を保護した。
大抵、俺がいる場合は部隊に村などの略奪を禁止している。だが、その時に行った部隊はなかなかに荒れているところであった。
そのため、注意していたのだがそういうことが起きてしまった。
保護した少女は、俺がそこに行って時まさに部下により凌辱される寸前だった。間一髪といってよかった。
そんなわけで、少女の帰る場所は我が軍が無くしてしまったので保護したというのが経緯だ。
まぁ、罪滅ぼしみたいなものだ。
だが、一番の問題はその後だった。
「お主、どういうことじゃ。あれは…」
少女を抱えて城に戻ると、すぐにルーシーに呼び出されたと思ったらなぜかものすごくご立腹だった。
「どうって、何がだ」
とにかく訳がわからず聞き返す俺に、ゴミでも見るような蔑んだ目をしてきた。
「なにやらお主、村から少女を攫ってきたらしいのう」
「いやいや、そんなことする訳ないだろ」
俺は慌てて首を振りながら否定する。だが…。
「問答無用じゃ。歯をくいしばるのじゃ」
ルーシーは右拳を振り上げながら迫ってくる。
俺はなんとか話を聞いてもらおうと必死に声をあげたが。
「このへんたいがぁーーー!」
「ぐはっ」
そのまま俺は城外まで吹っ飛ばされた。
----------------------------------
その後、スフィアにも同じことをされたが何とか話を聞いてもらい誤解を解いた。
しかし、ミクの耳に入らなくてよかった。最悪、二人以上に仕打ちを受けるかもしれなかったからな。
そう思って一安心した俺だったが…。
「…」
「…」
今、俺は正座をしている。
そして、目の前には腕を組んで耳をピンと伸ばし、怒気を放つサナが立っている。だが、それとは全くといっていいほど対照的な表情をしていた。
笑顔だ。とてつもない笑顔だ。
いつもは可愛い笑顔が、この時は恐怖を倍増させた。
「これは、なに?」
そして、いつもやりもいくらかさわやかな、綺麗な声で語りかけてくるサナ。
「えっと…」
「なに?」
--------------------------------
俺は正直に全て話した。別に俺は悪いことした気がしないが、とりあえず謝った。
うん、これこそ夫婦円満の秘訣。
そして、お決まりのようにぶん殴られると思い身構えた俺だったが、なにもされなかった。話を聞き終えたサナは「はぁ」と一つため息をつくと、ずっと放ちっぱなしだった怒気
を抑え相貌を崩す。
「何もしないわよ。海斗がそういう人だってわっかているもの」
そんなサナの俺のことを全て分かっているような言い方に嬉しさを覚えたと同時に「ありがとう」と、自然に口から言葉が出ていた。
「だけど、勝手に人の部屋のベッドに見知らぬ女性を寝かせるのは良くないよね」
ただ、一気にプレッシャーをあげてそういうサナに、返す言葉はなかった。
うん。これは俺が悪いね。
実は、少女を城まで運んだまではよかったが、少女は人間なだけにどこに寝かしておくかに困ったのだ。俺とミクのお陰で、ある程度人間にも寛容になってきたがそれは俺たちだからかもしれない。それに、村を襲った奴らのような輩がこの城の中にいないとも限らないからだ。
そこで、困り果てた俺は、致し方なくサナの部屋のベッドに寝かしておいたのだろ。
いや、ちゃんと相談しようとしたよ? でも、その前にルーシーに捕まっちゃたんだもん。
まぁ、とりあえず。
「ごめんなさい」
額を床に押し付けた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「でも、どうするの? この子」
適当に理由をつけて、サナを連れて共にサナの部屋で昼食をとっていると唐突にそう質問してきた。
「どうするって」
「いつまでここにこの子をいさせるのってこと」
「どういうこと」
俺が本当に何もわからないという表情をすると、ため息をつきながら額を抑える。
「あのね、海斗。今は捕虜って言う建前だけど、いつまでもそれはできないでしょってこと。つまり、早く養子か、どこかに嫁がせるか、奴隷商にでも売り渡すかしなさいってことは」
そこまで言われてようやく理解する。
「なるほど。でも、奴隷はちょっと…」
せっかく助けたのに奴隷にするって言うのも目覚めが悪い。それに嫁がせるのもここは魔王国、人間を嫁にしようなんて奴はごく稀だ。養子も…。そこまで幼くない気がする。
と、言われてなかったので見落としていたものがあった。
「なら、ここで働いてもらえばいいんじゃないか?」
うん、なんてナイスアイデア。
だが、それを聞いた瞬間なぜかサナが固まった。
「あ、あれ。さな?」
「…あ、うん。いいんじゃない」
どことなくぎこちないながらも肯定してくれる。
「そうか。それで、働く場所なんだけどメイドでいいんじゃないかな」
瞬間、サナが口に運び入れようとしていたお肉がフォークから落ちる。
「うん? どうした」
俺はそのお肉を自分のフォークで刺してサナの口元に運ぶ。すると、何かハッとした顔になり、ふてくされ気味にそのお肉を頬張った。
「なんでもない」
「なんだよー」
「なんでもないから」
頑ななサナに、俺はそれ以上何も言うことができず微妙な雰囲気で昼食を終えたのだった。
その日の夜、夕食を食べ終えて一仕事こなした俺はベッドの片方によって寝ころんでいた。
しばらくすると、仕事を終えたサナが寝間着姿でノックをせずに入ってくる。
「あれ、まだ起きてたの」
「あぁ」
サナは「そう」と言って俺が寝いているベッドの右側に体を滑り込ませてくる。
サナの部屋のベッドにはあの少女がいまだ寝息を立てているので、俺が一緒に寝ようとっ誘ったのだ。
ただ、いつもならこういう時にサナから積極的にくるはずなのだが、今日はそんな気配が全くない。というか、機嫌が悪いのがひしひしと伝わってくる。
それを裏付けるように、サナはベッドに入るとすぐに俺に対し背中を向けてしまった。
どうしたものかなぁ。
俺はサナの機嫌を取ろうとどうすればよいか必死に頭を巡らすが、大した案も浮かばなかった。
なので…。
「なぁ、なんで怒ってるの」
俺は彼女を後ろからそっと抱きしめながらそう囁く。
「…」
だが、サナは頑ならしい。
と、俺は少しイタズラ心が芽生えてしまう。
俺はそぉと、顔を近ずけサナの耳をぺろっと舐める。すると「きゃっ!」と可愛らしい声が漏れた。
そして、耳を手でかばいながらこちらを睨んでくる。
イタズラが成功した俺は意地悪な笑みを浮かべる。が、サナがちょっと本気で怒ってるのを察して、すぐに謝罪の言葉を述べた。
「はぁ」
俺はベッドで正座して頭を下げていたが、サナのため息で顔を上げる。
「なんで私が怒っているかわかる?」
「…いいえ」
「じゃあ、いきなり私が知らんない男を連れてきて、身寄りがないからうちで働かせるなんていったらど
う?」
「…いや、かも」
「私は嫌なのっ」
俺が最後に余計な言葉をつけたためか、食い気味にそう宣言してくる。
「お、おう。つまり、その、嫉妬…、してくれてたわけか」
「…」
俺のとぎれとぎれな問いかけに、先ほどの勢いは消え失せ頬を紅く染めながら顔をそらす。そして、縦に顔を動かす。
「っ…」
それを見た瞬間、思わずサナのことを抱きしめてしまっていた。
「俺が愛しているのはサナだけだよ」
俺がそうサナの耳元に囁くとぴくっと体を震わせるが、すぐに体を体重ごと俺の方へと預けてくる。
そのまま、俺は力を抜いてベッドへと倒れこむ。
顔を上げるサナ。
交わる視線。
どちらともなく顔を近づけ…。
俺達は、仲直りをしたのだった。(意味深)
前作「居候彼女は泥棒猫」もよろしくお願いします。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




