第四編 恋する乙女編 第一章 私、メイドになっちゃいました(2)
目を覚ますと、見知らぬ天井が目に入った。
「ここは…」
そこで気を失う前の記憶が蘇り慌てて上体を起こすと、周りを確認した。
部屋は、今自分が使っているベッドの他に机とクローゼットが置いてある手狭な部屋だった。
どうやら、この部屋は誰かが使っているらしく机からは生活感がうかがえる。
部屋の中を十分に見回した頃、部屋のドアがノックされる。
私は急いで布団にくるまり身を隠した。そして、わずかに開いた隙間から扉の様子を伺った。
「失礼します」
そう言って姿を現したのは、兎耳を持つメイド姿の女性であった。
メイド姿の女性は、くるまっている私の方を見ると兎耳をピンと伸ばした。
「起きているのは分かっていますので、出て来てください」
そう言われても出て行きたくなかったリリエッタだったが、ここにずっとこもっていても意味をなさないことはわかっていたので、渋々ベッドから這い出た。
と、そこで私はあることに気がついた。
私は下着以外何も身につけていなかったのだ。
「っ…」
ここには目の前の獣人の女性しかいないとわかっているのだが、思わず羞恥に頰が熱を帯びる。
そんな私を何でもないというように、頭から足まで眺めると、慣れた手つきでクローゼットを開き、一つの服を出してきた。
「これに着替えてください」
そう言って渡された服を受け取る。
「って、これメイド服じゃないですか?」
私は渡されたものが何か分かると、思わず声を上げてしまう。
すると、獣人の女性は悪びれる様子もなく答えた。
「私はメイドですので、このれが一番多く持っているのです。それに、捕虜であるあなたに自分の私服を貸したくはありません」
当然の意見が帰ってきて返す言葉がなかったが、それ以上に捕虜という言葉が私の頭の中を反芻していた。
そんな無言で佇む私に首を傾げていた獣人女性は、不快感を示しながら催促をしてきた。
「海斗様がお待ちです。お早く準備なさいますようお願いします」
そう言い終えると、獣人の女性は部屋の外に出てしまった。
私は、先程の捕虜という言葉に不安を隠しきれていなかったが。
「海斗、様」
そう、先程の女性はそう口にしたのだ。
自然とその名前を呼ぶ。すると、なぜだか自然と心が高ぶった。
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「ついてきてください」
着替えを終えて部屋を出ると、先ほどの女性が待っていた。そして、有無を言わせずにそれだけ言って歩き出す。
私は急いで女性の後ろについていく。
そして、一つの部屋の前で立ち止まるとノックをしてから部屋へと入っていった。遅れないように後に続く。
部屋に入ると、正面に机がありその向こう側に人が座り何やら書類に目を通していた。
―――あの時の人だ
あの時、私の意識はもうろうとしていたが直感的に目の前の人は、わたしを助けてくれた人だと理解した。
「海斗様、捕虜を連れてまいりました」
先ほどの女性は恭しく海斗と呼ばれる男性へと頭を下げる。
「お疲れ」
男性はそうメイドにねぎらいの言葉をかけると、おもむろに席を立ち私の目の前へとやってきた。そして、次の瞬間驚きに目を見開くことになる。
「すまなかった」
そういって、いきなり頭を下げたのだ。
私は見るからに狼狽した。
「な、い、いきなりどうされたんですか」
そういって、頭を上げるように促すがあげようとしない。
「あの戦いに、君たちのような者たちを巻き込んでしまったことだ。そして、君にはあんな辛い目を合わせてしまった。本当にすまない」
そんなことを言われ、私は困惑してしまう。
実際、村が襲われたことは事実である。そして、私たちの平穏な生活が奪われた。私は助けられたが、他の人の中には恥辱を味わい、殺されたものもいるかもしれない。
それに、私は両親とも離れ離れとなってしまった。
そのことを思うと、とても憤りを覚えずにいられなかった。
しかし…。
「頭をあげてください。私は、あなた達を許すことはできません。ただ、憎もうとも思いません」
その言葉に海斗は顔を上げて彼女を見る。
「今は戦争中です。ましてや私の村は危険地帯にありました。それでもそこから逃げなかった私達にも責はあります。なので、これだけは言わせていただきます」
――― 助けてくれてありがとうございました ―――
彼女はそう言って、深々と頭を下げた。それを見た海斗はしばらく困惑していたが、落ち着きを取り戻すと「こちらこそ」と頭を下げたのだった。
「さて、今後のことについて話をしようと思う」
感謝をいい述べた私は、その後ソファーに座るよう促されてそれに従うと、高さの低いテーブルを挟んだ反対側に座った海斗さんがそう口にした。
「今後ですか?」
「あぁ。今は一応俺の捕虜として扱われている。ただ、その立場だとここでの生活が苦しくなってしまうだろう」
私はそう言われても納得する。
―――たしかに、捕虜という立場では自由に動けませんね。それに、私の帰る場所は無くなってしまったのだからどこかに拾ってもらわないといけなくなるのよね。
「そうですね」
「そこで提案なんだが、ここで働かないか」
思いもよらぬ提案に、思わず固まってしまう。だが、なんとか口を動かす。
「ここで、ですか? 私は人間ですよ! そんな私が魔王国で働くなんて」
と、そこで私はあることが頭に浮かびます。
人間が魔王国で働けるものなんて、もしや私は慰みものにされてしまうのでは、と。
だが、その考えは間違っているとすぐに気がつかされた。なぜなら…。
「大丈夫だよ。俺だって人間だからな」
青年は笑みを浮かべながらそう言ったからだった。
「へっ、ニンゲン?」
「あぁ」
―――え、どういうこと。人間なのに魔王国に仕えてる? それに、メイドの態度からも上の人に違いない…。
私は考えることをやめた。「そういう人もいるよね」と。
そんな私のことは気にもとめず話を進めてくる海斗さん。
「とりあえず考えたんだけど、メイドなんてどうかな」
「メイドですか?」
私は思考が停止した頭で聞き返す。
「あぁ。実はちょっと今人手が不足していてね、それでちょうどいいと思ったんだ」
「はぁ」
「で、どうかな」
「どうと言われましても、私は選べる立場じゃないと思いますので」
「そうか?」
「はい」
「じゃあ、わかった。君は今日からこの城のメイドだ。よろしくな」
こうして、いつのまにか私はこの城のメイドになることになってしまいました。
「とりあえず、ごめん、そういえば名前聞いてなかったね」
「あ、はい。リリエッタと言います」
そう答えると「いい名前だね」と海斗さんは微笑みながらえしてくれたる。
「俺は海斗だ。立場的には結構上にいるからなんかあったら言ってくれ。それで、彼女はサナ。君の教育係だ」
そう言われて振り返ると、先程まで壁際で待機していた獣人の女性がこちらへと来ていた。
私は軽く会釈をするが、彼女は全く動かなかった。その態度に少し不快感を覚えたが、気にしないことにした。
前に向き直ると、海斗さんが手を伸ばしてきたのでこちらも伸ばしてを取る。
「じゃあ、これからよろしくな。リリエッタ」
「は、はい。よろしくお願いします」
その後、サナ先輩に「ついて来なさい」と言われ後に続いて部屋を後にしたのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
前作「居候彼女は泥棒猫」もよろしくお願いします。




