第三編 勇者編 第三章 決着「いろんな意味で」(8)
目が覚める。そして感じるサナの鼻孔をくすぐるようなあまい香り。
昨夜は遅くまでともに語り明かしたせいか、はたまた別の理由か、今日の日差しはいつもよりも眩しく感じた。
俺はベッドから上体を起こし体を伸ばすと、その動きのせいでか「んん」と可愛げな声を漏らしながらサナが目を覚ました。
「ごめん、起こしちゃったか」
「ううん、大丈夫」
俺はそういう彼女の頭を軽くなでる。サナはそれを嬉しそうに受け入れる。頭にのせていた手をゆっくりと下の下ろしていき、頬に添える。
そして、俺たちはそっと見つめ合い、軽く口づけをかわす。
「なんか、久しぶりだね」
「うっ。ずっと、俺が避けてたからな…」
「別にそういう意味で言ったわけじゃないの。ただ、こういう風に二人でいつまでもこうしていたいかな
ぁって」
そう言って、少し恥ずかしそうに視線を逸らすサナ。
俺はそのサナの手を取る。
「そうだな。でも、そのためにはなすべきことをなさないとな」
「えぇ」
俺たちはベッドから出ると、朝の用意をする。
まぁ、俺たちといってもここは俺の部屋なので、サナが俺の用意を手伝ってくれただけなのだが。
その後、サナはどうやら昨夜の仕事を仮病でさぼっていたらしく、急いで自室に戻っていった。
かくいう俺は、サナが帰った後に朝の挨拶と身の回りの世話をしに来たメイドにご飯をルーシー達と食べることを伝えると、時間まで部屋でのんびりと過ごした。
「おはようなのじゃ。む、なんかあったのか海斗よ」
部屋に入ると、既にルーシーが席に着き食事をとっており、俺に気が付くとそう声をかけてきた。
「いや、ちょっと胸につっかえていたものが取れただけだよ」
「魚でも丸ごと食べたのか?」
首をかしげてそう問うてくるルーシーに癒されながら、俺も席について食欲を満たし始めた。
食後、俺はこの時までに考えていたこと、感じていたことをルーシーとスフィアに話した。
「なるほど、そのようなことを思っておったのか」
「あぁ」
「して、なぜお主自身で奴らの首を落としたいのじゃ」
そう。俺が二人にお願いしたのは、あの聖騎士二人の処刑を俺自身で行うというものだった。
「もし、本当にお主が命を背負いたくないというのであれば、汚れることを嫌うのであれば任せるべきであろう。それに、本来お主がやることではない。そんなに考えすぎることでもないと思うのじゃが」
「たしかに、これは俺のやるべきことではないのかもしれないし、俺が考えていることは偽善かもしれな
い。でも…、俺がこれまでやってきたことに正義があるとは思っていないし、自分が悪いことをしてきたとも思わない」
「俺は守りたいもののために戦い、命を奪ってきた。今回、あいつらを殺すのは未久のためだ。その責任を、他人に譲りたくないから、俺が奴らを殺す」
部屋に沈黙が流れる。すべてを言い終え、額を汗が流れるのを感じる。
ルーシーは、俺の中を覗き見るようにじっと俺の目を見て微動だにしない。
だが、そのくらいで俺の気持ちは、覚悟は揺らがない。だから、俺は目をそらさない。
「…」
「…」
「ふむ、本気のようじゃな」
「もちろんだ」
ルーシーはため息をつきながら、スフィアに視線を送る。
「承知しました。そのように手配しておきます」
「ごめん、無理を言って」
「いえ。ご主人様が望むのであれば、私はどんなことでもさせていただきます」
そういって、なぜか嬉しそうに微笑むスフィア。
「ま、まぁ。ほどほどに頼むよ」
俺が苦笑いしながらそう答えると、「ぱんっ」とルーシーが手を叩く。
「それじゃあ。サラ、頼んだぞ」
「はい、魔王様」
俺はその声に慌てて振り返る。すると、なぜかすぐ後ろにサラさんが満面の笑みで立っていた。いや、それだけでなく、俺にはその後ろに鬼が居るのが見えた。
「最近のお主はあんまり修練に気持ちが入ってなかったじゃろ。それをサラがしびれを切らして儂の方に言いに来たのじゃ。ただ、お主の事じゃ、何かあるのじゃろうと控えさせたのじゃ」
「えっと…。つ、つまり?」
「そういうことじゃ、海斗よ」
次の瞬間、俺の肩に誰かの手が置かれる。もちろんその正体はサラさんであり。
「楽しみですね」
そう、耳元でささやかれた。
この後、めっちゃシゴカレ、タ…。
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いつも、城下の賑やかな声が時折聞こえてくるが、今日はけたたましい雄叫びが城内に響き渡ってきていた。
その声は、俺が今いる地下にも届くほどであった。
「随分楽しそうな声じゃないか」
ヒンヤリとした石に囲まれた空間に、その声の主は壁に寄りかかりながらこちらを睥睨していた。
「まぁな。せいぜい残りの時間を楽しむがいい」
その言葉を鼻で笑う彼、元勇者パーティにして教会の聖騎士レミーロ。
生意気な態度とは裏腹に、彼の体は拷問によりいくつもの傷が痛々しくついている。顔は衰弱し、初めて会った時の覇気はみじんも感じられることはなかった。
「よろしいですか」
「頼む」
俺の合図で兵士の一人が鉄でできた牢のかぎを開ける。その周りを、万が一死刑囚が野毛出さないように数人の兵士が臨戦態勢で取り囲む。
「おらっ、立て」
レミーロは腕につけられた手錠を無理やり引っ張られながら牢から出されていく。
そして、地上へと上がる階段を一段一段上がっていく。
俺はレミーロの一歩先を進む。
ふと、俺は横目で彼の方を見るがその表情に少し戸惑った。なぜなら、彼はただ階段の上一点を見つめたまま、笑みを浮かべていたからだ。
この時、彼が何を思いながら歩みを進めていたのかは今となっては知る由はなかった。
視線の先、その一点から光が差し込み眩しさを感じる。もしも、俺がこの景色を彼の立場で見ていたとしたならば、それは天国への入り口に見えたことだろう。
「うぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーー」
光を抜けると一気に視界がはける。いつもは穏やかな空気が流れている城の広間も今はその様相を変え、見渡す限りの魔族がその場所を埋め尽くしていた。
城から出ると、このために用意された高さ十メートルほどの処刑台を俺とレミーロ、レミーロに繋いだ鎖を持つものの計三人が上がる。
台の上に上がると、体と台を鎖で繋ぎ拘束する。そして、遅れて連れてこられたもう一人の聖騎士バジルも同様に繋がれる。
バジルの方も、拷問により沢山の傷跡が体に残されており、ほとんど虫の息でこの場に連れてこられていた。
処刑台の準備ができたのと同じ具合に、先ほどまでの喧騒が一気に静寂へと変わり、広場にいるものたちの視線はある一点へと注がれた。
「此度はよくぞ集まってくれた。今から、あの台の上におるものたちを処刑する。あやつらは、儂の命を
狙い、海斗の妹である勇者を操り、多数の同胞を屠った者たちじゃ。故に、海斗自身が、お主らの気持ちとともにあやつらの首を落としてくれよう」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
ルーシーの掛け声に広場に集まった民たちから大地を震わすほどの歓声が沸き起こる。
俺はその光景を処刑台から眺める。
日本で育ってきた俺にとって、この光景は初めての者であり一つの命を、いや、二つの命を奪おうというときに、このような反応をする者はまずいなかった。
だが、この時俺はあることに気が付いた。
俺たちがいた日本では確かに命が尊ばれていた。しかし、本当にそうだろうか。
ネット上では簡単に他人を陥れ、言葉がその人の命を奪うと散々騒がれているにもかかわらずやめようとしない。いじめだって後を絶たない。これは以前テレビで聞いたことだったが、世界でも日本は自殺者数第八位であった。
その一方で、何か重大事件が起きると人々は口をそろえてその犯人に対し死刑を求める。だが、俺は決して死刑廃止論者なわけではなかった。俺だって、昔なら同じことを考えていたことだったからだ。
それでも、今ならわかる。命とは、死というものはそんなに簡単なものではないと。この世界に来て、この手でたくさんの命を殺めて、初めて理解した。
――― 命はこんなにも重いのだと ―――
しかし、だからといって今更処刑を辞めるなどと言い出すつもりもない。俺はもう、覚悟を決めたのだから。
俺は手に持った刃に目を向ける。
そして、俺観衆にわかるようにそれを高く掲げながら構えをとる。太陽の光に照らされた刃先が光を放つ。
気が付けば周りの喧騒は消え失せ、緊張が広場全体を包み込んでいた。
そのまま、俺は目の前の二人の首に目を向ける。先ほどまでは憔悴しながら騒いでいたバジルはおとなしくなり覚悟を決めたような感じである。そして、レミーロはというとただ目を瞑りその時を待っていた。
俺は剣に魔力を流し込む。
「っ…」
そして、一気に剣を振り下ろした。
次の瞬間ぼとっと二つの頭が大を転がる。
その日、俺は二つの命を奪ったのであった…。
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