第三編 勇者編 第三章 決着(いろんな意味で) (2)
俺はドアがノックされた音で目を覚ました。
「は、はい?」
俺は扉を開けに行かず、布団を隣で寝息を立てている彼女を隠すようにかけると中へ入るように促す。
「失礼します」
そういって入ってきたのはサエさんであった。
ただ、彼女の表情はいつもの事務的な無表情でありながら、少しいぶかしむような表情が隠れていた。
「ど、どうしたの」
俺が不思議に思いながらそう聞くと「はっ」となり口を開いた。
「いえ、部屋の中からサナの匂いがしましたので少し不思議に感じていただけです。が、そんなはずありませんよね」
俺はその言葉にビクッとなり体を硬直させるが、何とか平静を装う。
「あ、あぁ。それよりも他に何か用事が会ってここに来たんじゃないのか?」
「はい。実は先ほど、未久様が目を覚まされました」
「っ…!」
俺はそれを聞いた瞬間、今すぐにでも妹のところへ駆け付けたいという思いに駆られたのだが、裸であることを思い出し何とか思いとどまった。
「わかった、準備ができ次第すぐに行くよ」
冷静を装いながら俺がそう答えると、一礼してからサエさんは部屋を出ていった。
部屋のドアが「ガチャ」と閉まると、隣から人の気配を先ほどよりも強く感じ、そちらを向くとサナが目を覚まし、俺が覆うようにかぶせていた布団を首のところまで下げてこちらを見上げていた。
「おはよう」
「おはよう」
一言あいさつを交わす。ただ、今の俺たちにはそれで十分であった。
それだけ言うと俺は布団から体を出し、服を一枚ずつ少し急ぎ目に着ていく。
「じゃあ、俺は美久のところ行くけどサナはどうする」
「私は一旦部屋に戻って、少し整えてから行くわ」
「わかった」
それだけいって、部屋を出て行こうとすると「待って」と呼び止められる。そして、振り返るのと同時にサナがこちらに来る勢いのまま抱きしめてきた。
「サナ?」
俺が困惑していると…。
「何があっても、私がいるから。死ぬまで、ううん。死んでもずっと海斗のそばにいるから」
その瞬間、俺は思わず力が抜け膝から倒れそうになった。
その体をサナはしっかりと支えてくれて、立たせてくれた。
どうやら俺は、美久のことを聞いてから少なからず知らぬうちに気負ってしまっていたらしい。
俺はだらんと垂れていた腕をサナの背中に回す。
「ありがとう」
そう言って俺が抱擁を解くとサナも腕をおろした。
そして、お互いに視線をまじ合せた後、美久が隔離されている部屋へと向かったのだった。
部屋の前に行くと、見張りのための兵士に挨拶をし中に通してもらった。
中に入ると、目的の少女はベッドに横になっており、先に来ていたスフィアと話をしていた。
すると、ひとこちらの視線に気がつき振り向く。
「お兄ちゃん…」
「美久…」
俺の名前を呼ぶその声音は、どこか儚く、悲しく、今は顔を合わせづらいとでも言いたそうな、暗い表情をしていた。
俺はいつもよりも重たげな足を一歩、また一歩と美久がいるベッドへと近づいていく。
「旦那様、私はこれで」
そう言って一礼した後、部屋を出て行った。
おそらく兄妹で話したいこともあるだろうと気を使ってくれたあのだろう。
俺はベッドまで行くと近くにあった椅子に腰を下ろした。
「…」
「…」
お互いに顔を合わせず、床や壁ばかりに目がいってしまう。それもそうだ、一度は勇者という立場でありながらも、俺の妹ということで信頼されてここにいたのだ。
しかし、今回の騒動で少なくない犠牲が出てしまった。おそらく兵士の中には今すぐにでも美久を処刑しろと思っているものもいるかもしれない。
いわば、俺と美久の立場は死刑囚とその面会者、あるいわ被害者ということになる。
そう考えるとこのような雰囲気になることも当たり前だろう。
だが、俺は兄だ。兄はどんなことがあろうと妹を見捨てないし見放さない。世界中のすべてが敵に回ったとしても兄である俺だけは、妹の、美久の味方なのだから。
だから俺は、椅子から腰をあげると美久へと近づきそのまま美久の体を持ち上げるように抱きしめたい。
「へっ、おおお兄ちゃん!」
「美久は俺が守るから…」
抱きしめた途端何事かともにすごく狼狽していた美久だったが、俺がそういうと大人しくなる。
そして…。
「本当に?」
か細くそうこぼした。
「あぁ」
「でも、またお兄ちゃんを傷つけちゃう」
「いくらでも傷つけろ。お前の攻撃ならいくらでも耐えられる」
「それにお兄ちゃんだけじゃない。今回だってたくさんの人を傷つけた」
「知ってる」
「私のせいでみんなが不幸になっちゃう」
「そんなことには俺がさせない」
「本当に行ってるの?」
「あぁ、なんて言ったって俺は美久の兄だからな」
そこまでいうと、美久は俺の胸にしがみつくように嗚咽を漏らしながら泣きついた。
「う、お、おにいぢゃぁん」
それは物語に出てくる勇敢な勇者とは程遠い、ただ兄を慕い、兄が大好きな一人の少女の姿だった。
最後まで読んでいただきたいありがとうございます。




