第三篇:勇者篇 第二章 誰が妻でしょう(7)
「わかんない。この紋様自体はこっちの世界に来た時にはあったんだけど、気が付いたら光ってたの」
そういって、自分でも手を裏表に返して観察する未久。
(俺の召喚獣の刻印と同じようなものだろうか)
「教会の人はなんか言ってたか」
俺は何となくそう聞くと、しばし考えるような恰好をしてから「そういえば」と何かを思い出す。
「勇者の証見たなことを言っていたかも」
「勇者の証かぁ…。とりあえず、今日はもう夜だし明日サナさんにでも相談してみよう」
魔法系統ならサラさんかもしれないが、魔法かどうかも分からないのでまずは知識が豊富なサナに聞くのが妥当だろうと思いそういったのだが。
「むぅ。わかった」
なぜか急にご機嫌斜めにそう返事をした。
「ど、どうした」
俺が、その理由を尋ねると、くるっと背中を向けて「知らない」とすたすたとベッドの上に寝転がって
しまった。
(なんなんだよ、もう…)
その後、何とか機嫌を取ろうとしたのだがまったく効果がなく、明日には治っているだろうと思い俺も眠りについたのだった。
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誰もが寝静まった、闇夜の中。一人の少女が目を覚ました。
彼女は寝ていたベッドから体を起こし壁に立てかけてあった剣を手に取ると、最愛の人には目もくれず部屋の外へと出て行ってしまった。
そして、人気のない薄暗い廊下を何かに突き動かされるように淡々と歩いていく少女。
その彼女の行動に気が付く者は誰もいない。
しばらくすると「カシャカシャ」と音を立てながら前方から誰かが近づいて来る。その正体は、城の見張りをする鎧を着こんだ魔族であった。
その魔族は少女の存在に気が付くと、道を開けて首を垂れる。
もしもこの時、彼が少女の異常さに気が付いていればその後の悲劇をおされられた顔知れなかったが、
それを一見張りに過ぎない彼に求めるには酷というものだった。
そして、少女は通り過ぎる一瞬に彼を切りつけたのだ。
見張りの彼は、何が起きたかもわからず意識を刈り取られたのだった。
それは、少女が目的の部屋に到達するまで続けられた。
だが、夜更けなだけに誰も気が付くことがない。
少女が目的の部屋へとたどり着く。
音もたてずにドアを開け、中に入る。
そして、寝息を立てている小柄な少女の横まで行くと剣を振りかぶり、そのまま一気に振り下ろした。
その剣は、少女の首を切り飛ばす、はずだった。
「キンッ」
甲高い音を立て、首に到達する直前で止まる。
「まったく、殺気が出すぎで起きてしまったのじゃ」
そういって何でもないように、手から生み出した爪でその剣を受け止めていたのだ。
その状況に慌てて後ろに飛び去り距離をとる少女。
ルーシーはそれを確認してゆっくりとベッドの上に立つ。
「して、これはどういうことかの。未久…」
ルーシーはそう襲い掛かってきた少女に問う。
そう、襲ってきたのは未久だったのだ。しかし、その瞳に光はない。まるで、意識が存在しないかのように。
もちろん未久は何も答えない。いや、答えられないのだ。
ルーシーは未久を観察する。
(あの右手…。なるほど、そういうことじゃったか)
ルーシーは今の状況をみて、何が起きたかを把握する。
だが、考える時間も未久は与えてくれない。
「っ…」
未久は一瞬にして間合いを詰め、切りかかってくる。
ルーシーはそれを上に飛んでかわす。
そのまま天井を蹴って、未久の頭上から勢いをつけ一気に右こぶしを振り下ろす。
だが、それを予見していたかのように未久は剣でこぶしを受け流す。
「くっ、さすがじゃな」
地面に着地しながらそう悪態をつく。
(これだけ音を立てれば、もう少しで応援がくるじゃろ)
実際、今の攻防で部屋の中の物は風圧で散乱し、ベッドもぶつかり合った衝撃で真っ二つに折れていた。
(しかし、建物の中じゃとやりにくいの)
魔王であるルーシーが得意とするのは、多大な魔力を利用した大規模魔法だ。故に、魔王の部屋であるこの部屋でも狭すぎたのだ。
それに対し、未久は細かい軌道を主としたものだ。
地の利は未久にあるといえた。
「未久よ、主がここで暴れると海斗に被害が起こるかもしれぬぞ。いいのかのそれでも」
ルーシーは少しでも時間を稼ごうとする。
しかし、未久はそんなことお構いなしに剣を振るってくる。
「マルチプル」
感情のない声音で未久が魔法を唱える。
ルーシーは上から降りかかってくる剣を先ほど同様受け流そうとする。
が、しかし。
「なっ」
一本であるはずの剣が、三本になって襲い掛かってきたのだ。
ルーシーは慌ててもう一方の手で対応するが、肩口に傷を負ってしまう。
「くっ、聖剣か。回復ができぬ」
そう、普段なら回復魔法で瞬時に傷をふさぎぐのだが政権の力によりそれが阻害されていたのだ。
「さすがは未久。いや、勇者というべきかの」
そういって、傷を負った右の肩口を抑えていた手を離し構えをとる。
そう、この戦いは本当の魔王と勇者の戦いであったのだ。
勇者とは、魔王と戦うために作られるものであり、単なる戦闘プログラムなのだ。
故に、勇者に意識や感情は存在しない。
召喚者、つまりこの場合は未久は器に過ぎないのだ。
ただ、そのプログラムの適正に該当しなければならないため異世界から器を召喚しているのだ。
そして、器がある程度魔王に近づくとその戦闘力を発揮するためにプログラムが起動するのだ。
「なぁ、未久よ。お主の感情はその程度のものだったのかの」
ルーシーは未久に問いかける。そう、勇者ではなく未久に。
だが、その間にも攻撃は続く。
最後まで読んでいただけるだけで感謝です。
前作「居候彼女は泥棒猫」もよろしくお願いします。




