第三篇:勇者篇 第二章 誰が妻でしょう(5)
そう言って、魔王もいる中他の者たちに牽制をする。
(流石にこれを言われてしまったら、誰も動けないでしょう)
そう思い微笑をこぼしていたのだが、予想もしない反応をするものが二名いた。
「そ、それなら我も寝たぞ」
「私は小さい頃から寝てました」
ルーシーと美久であった。
(くっ、どうやらそういうことはしていないと見抜かれている様子。まぁ、妹さんはただ純粋なだけかもしれませんが)
そう思いつつ、一旦引く。
次に声をあげたのはルーシーであった。
「そうじゃな、我は海斗とお風呂に入ったぞ」
そう言って自信ありげに腕を組み、胸を張る。
だが、ここでも反応するものがいた。
「それならもちろん私も入ったことありますよ」
美久が当たり前のことのようにそう言う。実際、兄妹でお風呂に一緒に入ると言うのは当たり前のことだろう。ただ、小さい時に限ってだが。
だが、ここで異議を唱えるものもいた。スフィアだ。
「先ほどから聞いていれば、とてもどうでもいい意地の張り合いですね」
それに対しもちろんスフィアに敵意が向くが、それを全く気にせずに言葉を続ける。
「海斗様と夜を共にしたと言っていましたが、ただ寝ただけ。お風呂もルーシー様はその時、海斗様を犬
猫と同じ存在としか思っていなかったと調査で分かっています。そして、勇者殿も兄妹であれば共にしたことがあることは必然であり、何にも自慢にはなりませんね。えぇ」
そこまで言い切ると、反論があるならばもうしてみよとでも言いたげに他の者たちを見回す。
しかし、その態度も美久の一つの問いによって崩れることとなる。
「なら、あなたは何か自慢できるエピソードがあるんですか」
「そ、それは、えっと…」
「ないんですね。これだから負け犬は困ります。やはり、これまで長い間時間を共にしてきた妹である私
こそが妻にふさわしいのです」
やれやれと言った感じで両手を開き首を振る。
「私は負け犬ではない」
スフィアは苛立ちを募らせ机を叩きながら立ち上がる。
しかし、その怒りもあるところが視界に入ったことにより収まることになる。
「負け犬はそちらではないのか」
いきなり冷静さを取り戻したスフィアに美久は疑問を持つ。
「どう言うことです?」
「自分の胸にきて見てはどうです。おっと、失礼。胸があなたにはなかったのでしたね」
そう言って「ウフフフ」と勝ち誇った笑みを浮かべるスフィア。
ただ、それは同時にルーシーをも敵に回すことを意味していた。
「ほう、言うではないかスフィアよ」
ルーシーは魔王の持つその強大な魔力でスフィアを威圧する。
だが、スフィアはそれに耐える。胸を強調しながら。
「お兄ちゃんは胸に興味なんてないもん」
そして、美久は子供のように異議を唱える。
だが、その美久に追い打ちをかけたのはサナであった。
「あぁ、そういえば、海斗がこちらに来た時私の胸をチラチラ見ていましたね」
そういうと、サナも「ウフフ」と不敵に笑う。胸を強調しながら。
美久はそれを聞き顔面蒼白となっていた。「そんな、お兄ちゃんが、お兄ちゃんが」とか、「あんなの
脂肪のかたまり、そうただ重いだけだ」などずっとブツブツ言っていた。
その間にもルーシーとスフィアは魔力を当てあい今にも戦闘行為が行われそうな勢いであった。
そして、この会議はこの後もしばらく続くのだった。
「なにこれ…」
そのミーシャの呟きを聞いているものはいなかった。
スフィアは自室のベッドの上に横になりながら、自身を慰めていた。
「はぁ、旦那様ぁ、旦那様ぁ~!」
「…」
スフィアは枕に顔をうずめながら憂鬱な気分になる。
私だけ、なにもない…。
会議での討論の内容を思い出しながらそんなことを思う。
実際、ルーシーや未久にも何らかのエピソードがあり、サナに関していえば海斗の気持ちを着々と自分の方へと手繰り寄せていた。
身体を反転させ、天井を見る。
本当はこの態勢は、スフィアはほとんどしない。それは、彼女の背中にある翼があるせいでうまくまっすぐになることはできないし、違和感があって落ち着かないからだった。
しかし、今の彼女にはどうでもいいことだった…。
スフィアの目から一筋の光の粒が流れた。
最初はただ、主であった魔王が旦那様によって倒されたため忠誠が移っただけだった。
確かに彼のその強さに憧れや羨望を抱いたがそれだけだった。そう、最初はそれだけだったのだ。
もともと敵対視していたルーシーが、彼に好意を抱いていたのはすぐに気が付いた。なので、スフィアは単なる対抗意識で彼を旦那様と呼び、当てつけのように抱き着いたりもした。
だが、スフィアはある時を境に彼女の心に変化が生じた。
ある日、スフィアは調べ物をしに、城の書庫を訪れていた。
そして、彼女はある光景を目にする。
それは、楽しそうに会話をする海斗とサナの姿だった。
それを見た瞬間、胸に感じたことのない痛みを覚えたのだった。
そして、あふれ出す悶々とした気持ち。
その後、スフィアは数日間そのことについて悩み続けた。
(あれは何だったんだろう…)
しかし、結局その答えは最初から出ていたのだ。
その気持ちが、感情が恋だということに…。
だが、皮肉なことにその気持ちに気が付いてしまったがために、以前ほど大胆な行動ができなくなってしまった。
「こんな気持ち、気が付かなければ…」
思わずそんなことを思ってしまう。
「はぁ」
スフィアはため息を漏らし、立ち上がると窓から外をのぞき風邪を感じる。
そのまま、しばらく星を見つめていた…。
最後まで読んでいただけるだけで感謝です。
前作「居候彼女は泥棒猫」もよろしくお願いします。




