第一章 動きだす世界(15)
俺は急いでルーシーのもとに駆け寄り、その小さな体を抱きよせる。
「ルーシー」
「なんじゃ、そんな顔しおって。儂は魔王じゃぞ」
そう言う彼女の息遣いは荒く、細い。誰がどう見ようと危ない状況であるとわかる。
(くそ、どうにか回復させないと)
そう思う俺であったが、そんな方法やまして魔法などは知るはずもない。そんな無知な自分に苛立ちを覚えるのであった。
「だ、いじょうぶ、じゃ」
「喋るな! 傷にさわる」
その言葉を聞き静かに笑みを作る。
「ほん、と。おも、し、ろい、やつじゃ」
そう言いながらゆっくりと瞼が降りていく。
「おい、ルーシー。しっかりしろ。おい」
「…」
だが、反応がない。
「おいっ」
俺の頰を涙がつたう。
理不尽な召喚を受け、いきなり戦争をさせられ、それでも魔王のルーシーとの日々は海斗にとってかけがえのないものと変わっていた。
「頼む…。だれか、神様でもなんでもいい、ルーシーを、こいつを助けてくれよ…」
俺は静かに、そしてルーシーを抱きかかえる力を込めながら呟いた。
「…」
その時、俺の肩を誰かに叩かれる。
ハッとなり後ろを振り向く。
そこには先ほどまで遠くにいた翼人族の女性が海斗の目の前にいた。
(なっ。こいつは敵の…)
だが気が付いた時にはもう遅かった。なんせ、すでに一秒もかからずに殺せる距離に相手が余裕でいるのだから。
それでも俺はルーシーを守るように身構える。
緊張が走る。
(最善策はなんだ。どうすればいい)
彼女は俺から一歩距離を取る。
そして…。
「新たなる魔王様、失礼ながら申し上げます。もし、よろしければ魔王様のお手伝いをさせていただきたく」
膝まづきながらそう口にした。
「へっ?」
俺はその行動に張り詰めていた緊張が一気に解放されたことにより変な声が出る。
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話を聞くに、弱肉強食の魔族の世界では魔王を他のものが討ち取った場合そのものが次代の魔王となるらしい。
そして、どうやら彼女「スフィア」は回復魔法が使えるらしいのでルーシーにかけてもらう。
魔法を行使してもらうとみるみるうちに傷が塞いで行き、いつもの綺麗な肌へと戻っていく。
「スー。スー」
どうやらルーシーは今は眠っているらしく寝息を立てている。俺にはその表情が少しやわらいでいた気がした。
「本当にありがとう。どう感謝していいか」
俺はスフィアに対し頭を下げる。
だが、彼女は慌ててそれを制止する。
「おやめください魔王様。そのようなことをなさらないでください。私はただあなた様の命令に従っただけにございます」
それに、と彼女は続ける。
「今回その御方がこのようなことになったのは私が魔法を行使したことによります。ですので、この責は私にありますので、どうか私の命一つでお沈めいただきたく」
そう言い終わると。両膝をつき、頭を下げて首をさらけ出す。
「お、おい。スフィア、さん? もういいから。これは戦争。それにあなたは上の命令に従っただけで
しょう。だから、そんなこと言わなくて大丈夫ですよ」
だが、未だ頭を上げないスフィア。
「いえ、それではけじめがつきません。どうか…」
俺は考えを巡らせながら言葉を選ぶ。
「もし、俺がここであなたの命を奪ってもそっちの統制を取ることはできず混乱するだけだ。そんなこと
になったら本末転倒でしょ? だから、あなたは生きてください。そして、責任を感じているなら行動で
示してください」
俺の言葉を聞いたスフィアは信じられないとでもいいそうな顔でこちらを見る。
「なんて寛大な心の持ち主なのでしょうか。部下のことだけでなく、このわたくしめの事まで気にかけていただけるとは。わたくしスフィアは、あなた様に救われたこの命、後世すべてをあなた様のために使い、この身も魂さえもあなた様に捧げさせていただきます」
そういい終わると再び首を垂れる。
「だから、そんなに重く受け止めなくていいから」
だが、今回はなかなか頭を上げようとしないスフィア。
「…」
「…」
「はぁ。分かった…。これから頼む、スフィア」
その言葉を聞くと、少し頬を赤く染め。
「不束者ですが、よろしくお願いいたします」
ようやく彼女は頭を上げた。
(とりあえず納得してくれてよかった。いくら敵といえ、ルーシーを助けてくれた人を殺すわけにはいか
んしな)
俺はふと、なにやら一人でぼそぼそと話しているスフィアを見る。
「わ、私にもついにだ、旦那様が…。そしたら、あんなことやこんなことも…。キャー!」
「…」
(うん。聞かなかったことにしよう)
最後まで読んでいただけるだけで感謝です。
前作「居候彼女は泥棒猫」もよろしくお願いします。




