第五篇 聖都決戦篇 第二章 獣の国(8)
海斗が城を跡にして十日が経ったころ。一時的とはいえ海斗という存在理由を失ったサナは、他の者からひどい扱いを…、受けることはなく、変わらない生活を過ごしていた。
初日などは、海斗がいなくなってしまったことで時間を持て余してしまい、一日中ぼぉーと過ごしてしまった。
そして、ぼぉーとしてしまうとどうしても考えたくないことを考えてしまう。
ルーシーや、スフィア、アリス達のことである。
「はぁ…」
サナは自分の中で自問自答を繰り返す。
そんなことをしていると、どうしても気持ちは暗く、ふさぎ込んでいってしまうもので、だんだん気力も落ちていっているようであった。
おそらく、海斗がいればそこら辺のケアをするのだろうが、今はいない。
そんなサナを知ってか知らずか、二日程後にある者がドアを叩いた。
「どうぞ」
サナが答えると、ドアを開けて入ってきたのはミクであった。
「こんにちはサナさん」
「こんにちは。どうかしましたか?」
いきなりの訪問に少々とまどいつつも応じるサナ。
そんなサナを、ミクは心配そうに話しかける。
「いや、その、お兄ちゃんいなくなってからサナさんのこと見てなかったから、大丈夫かなと思っ
て…」
「えぇ、大丈夫ですよ。見ての通り、やることはやってますし」
なんでもないという風に答えるが、今までのサナを見てきているミクには、わずかにその表情が芳しくないのを読み取っていた。
刹那の間逡巡すると。
「そっか。あの、じゃあ私の戦いの練習に付き合ってもらえませんか?」
そういって、サナを部屋から連れ出したのだった。
最初は、サナもあんまり乗り気ではなかったが、だんだんとそれもなくなっていき、表情も生き生きとしたものになっていった。
そして練習だけでなく、食事やお風呂も共にするようになっていった。
実のところ、ミクもミーシャがいあなくなってしまったことで、寂しさを覚えており、サナが元気になるのと比例し、ミクもどんどん元気になっていたのであった。
そんな風に海斗のいない生活にも慣れたころ、サナはルーシーに呼ばれて部屋を訪れていた。
部屋の中にはルーシーとサナ、そしてスフィアがいた。
重たい空気が空間を支配する。
もちろん空気が重い理由は、海斗をめぐってである。
サナも、ここに何のために呼ばれたのか聞かされていないために、なにを言われるのかとびくびくとしてしまっている。
そんな姿を察して、ルーシーは口を開いた。
「そう身構えずともよい。お主をここに呼んだのは海斗のことではない」
それを聞き、肩の緊張が少し緩んだサナ。
それに伴い、空気も少し緩んだように感じる。
「今日お主をよんだのは、スレべニアで貴族を招いたパーティーを行うらしい。そして、お主には
それに出てもらう」
「パーティー、ですか?」
思いもよらない話に困惑するサナ。
それを予想していたというように、スフィアに目線を送る。
「今、儂が国とスレべニアとは友好を結んでいます。ただ、スレべニアの方では地方を収めている
豪族や貴族の間に、不安や不満が上がっているとのことでした。そこで、両国の友好が確かなものであるということを内外に示すため、パーティ―をするということです」
「なるほど。でも、なぜ私が?」
その質問に、ルーシーは少し口ごもりながら答えた。
「…お主が、海斗の妻であるからじゃ」
それを聞いて、再び気まずい雰囲気が流れてしまう。
だが、そのままルーシーは続ける。
「確かに、お主以外にも連れていける者はおる。ただ、これは国家間のことじゃ。相応の人物が行くべきであろう。そこで、我の次に力を持つ海斗の妻であるお主が選ばれたわけじゃ」
その言葉に、納得と頭を振りつつも、サナは恐怖感を覚えていた。
さっきは驚きがその感情を上回っていたが、今は頭が追いついてきたのだ。
サナは、人間に故郷を追われた身で、親の仇でもある。
今、サナが海斗たちやミクといった人間と関われているのは、心を許したからであり、決して人間を許したわけではないのだ。
そして、そんなサナの抱える恐怖とは、殺してしまう恐怖である。
抑え込もうとしても、なにかのきっかけに起きてしまう恐れがある衝動。
もし、パーティーでそんなことをしてしまえば、これまでの海斗や、ルーシー、エリスやアリスの努力を無駄にしてしまうということだ。
故に、サナは体を震わせながら、自分の元上司に進言した。
「魔王様。私は、いけません…。」
「なぜじゃ?」
間髪を入れず返される。
「それは、魔王様が一番わかってらっしゃると思います。私が、人間にどのような感情を抱いているのかを」
そう言うサナの顔は、怒りと狂気、そして哀しさが混ざったものになっていた。
その姿は、今にもあの事件のように暴れだしそうなほどに。
だが、ルーシーはそれに動じることなく続ける。
「これは魔王としての、儂の命令じゃ」
毅然とした態度のルーシー。それは、一人の女のこの姿はなく、国を治める一人の王の姿であった。
「っ…」
「サナよ。お主の心配は痛いほどわかる。じゃがな、これはお主のためでもあるのじゃ」
「私の、ため?」
首を縦を縦に振るルーシー。
「そうじゃ。もし、このまま人間との交流が増えれば、おのずとお主が接触する機会が多くなる。お主はそのたびにそやつらを葬る気かの。それに…、いや、これはよいじゃろう」
ルーシーはなにかを言おうとしたがそれやめ、頭を振る。
「とにかくじゃ、お主はパーティーに出てもらう。これは決定事項じゃ。スフィア!」
「はい。サナ、行きますよ」
名前をよばれたスフィアは、未だ納得がいかないという風なサナを部屋の外へ連れ出す。
「…はい」
サナも、渋々その指示に従いスフィアの後に続いた。
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