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第五篇 聖都決戦篇 第二章 獣の国(3)


「ふぅ。神様、私は今から罪を犯します」


 そして、意を決したようにエリスは顔をさらに海斗へと近づけた。


「バンッ」


「お姉ちゃんっ、何してるの⁉」


 突如、勢いよく扉が開かれる。

 そして、目の前に飛び込んできた光景にアリスは大きな声を上げた。

 扉が開いた瞬間、エリスは咄嗟に動きを止めて目だけを動かしはいいてきた人物を見る。

だが、それが自分の妹だと確認すると視線を海斗へと戻し再び目を閉じた。


「なっ」


 それを見たアリスは急いで海斗のもとへ駆け寄ろうとする。


 しかし…。


「んっ…」


 アリスが海斗のもとへとたどり着いた時には、エリスと海斗の距離はゼロになってしまっていた。

 数秒の後、エリスが顔を離す。


「…んで。なんでこんなことしたのっ」


 部屋に、怒号が響く。

 そして、アリスの足元には涙が零れ落ちた。


「海斗には、もう婚約している人がいるって言ったでしょ」


「あぁ、知ってる。知ってるからこそだよ」


 海斗を見つめたままエリスは応える。


「海斗に、相手がいるからこそ、もう、手を出せなくなってしまう。なれば、こうするしかなかったんだ

よ」


 そこでようやく上げた彼女の瞳からは、一筋の涙が零れ落ちた。


「だ、だけど。それは言い訳じゃない。お姉ちゃんの行いは、間違ってる」


 エリスのことを睨みつけるアリス。

 おそらく、今まで一度も姉に反抗したことのなかったアリスが、初めて反抗したときだろう。


「そう。私は間違ったことをした。けれど、アリスが怒っているのはそんなことじゃないでしょ」


「っ…」


 エリスの思わぬ返しに言葉が詰まる。


「アリス。あなたは海斗に惹かれている。だから、私がこんなことをしたことが許せない。なぜなら、自分が出来なかったことを私がしたから。違う?」


「…。なら、ならなおさらどうしてこんなことしたの! 私の想いを知ってて、どうして…」


 その声は怒気をまといながら、どんどんしりすぼみになっていく。そして、それに反比例するように涙があふれだしていた。



「だからこうしたんじゃない! あなたの想いを知っていたから、誰にも分らないように、ばれないよう

に、全て私の中にしまって墓までもっていくつもりだった。だけど、あなたが来た。それにあなたはいいじゃない。

定期的に海斗に会えて、海斗と話せて、機会があればデートも、結婚することもできた。けれど、私は城にこもってずっと仕事だった。そして、王女だから結婚も軽々しくできない。そんなことすれば、大国に国を売った売国奴と呼ばれるかもしれない。大国とは同盟関係であって、主従関係ではないから。だからっ、だから、こうするしかなかったの…」



 そこまで言って、まるでダムが決壊したかのように泣きじゃくるエリス。

 アリスは、そんな姉の姿を見るのは初めてであった。

 いつも冷静沈着で、その姿はいつも凛々しく、幼いころから背中を追い続けてきた憧れの存在。

 そんな姉の初めて見る子供のような姿。


 そこで、アリスは初めて気が付く。


お姉ちゃんは、今までずっと、我慢してきてたんだ…。


アリスはゆっくりと姉の方へと近づく。

床に膝まつき、顔を手で覆い、うずくまっている傍に行くと、アリスもそのすぐ横に膝をつく。

そして、そっとエリスを抱きしめた。


その行動に驚きを見せるエリス。

だが、それも一瞬のことでエリスもアリスのことも抱きしめ返す。

そして、どちらともなく泣き声が上がる。


もし、二人を知る人がこの光景を見たら目を疑うことだろう。

だが、ここには姉妹二人しかいない。(厳密にいえば、もう一人いるのだが)

しかし、この二人は今日、初めての姉妹ケンカをし、初めてお互いの心に触れあった、今までとは違った二人の姿であった。




 しばらくお互いを慰めあった後、ようやくお互いに体を離す。


「ごめんな、アリス」


「ううん、私こそごめん」


 ふとお互いに顔を見合わせる。


「「ぷっ」」


そして、なぜか吹き出してしまい、お互いに笑いが零れた。


「しかし、こんな状態でも全然起きないな」


「本当。変な奴だ」


 じっと海斗を見つめるエリス。すると、何かを思いついたようにいたずらに微笑む。


「アリスもしとけば?」


「えっ⁉ な、何言ってるのお姉ちゃん」


「いや、ここには私しかい。それに、私だけしたってうのは申し訳ないと思ってな」


 そう言われて、海斗を見るアリス。


「っ…」


 その迷った姿を見たエリスは、それを後押しするように場所をアリスと入れ替わる。


 だが…。


「やっぱり私はできないよ」


 アリスが大国に行っているということは、サナとも多く接しているということ。

 なので、どうしても頭に彼女の顔が浮かんでしまうのだ。

 しかし、エリスはそれを許さない。彼女は気づいているのだ。自分の妹の性格からして、今ここで一歩踏み出させないと、今後一生何もできずに終わると。


「アリス、本当いいの? 後悔しない?」


「お姉ちゃん…」


 そう言われたアリスは、もう一度海斗に視線を向ける。


 そして、今度は顔を海斗に近づけるところまでいく。


 アリスの心臓は脈打つ。飛んでもない速さで。


 眉唾を呑み、顔をさらに近づける。


 近づければ近づけるほど体は熱を持ち、緊張と、罪悪感から身体が思うように動かなくなっていく。

 そして、海斗とアリスの距離がもうなくなる直前に、またサナの顔が脳裏をよぎった。

 だが、アリスは思いっきり目を閉じ。


「ごめんなさい」


 そう遠くの友達に唱えると。


「…」


 口づけをした。



 してしまった。



 やってしまった。



 突如としてわいてくる後悔と、罪悪感。だが、同じくらいの幸福感があったのも事実だった。

 時間にして数秒経って、もう離れようとしたその時だった。


「っ…」


「っ!」


 突如、海斗が目を覚ましたのであった。



最後までお読みいただきありがとうございました。

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