第五篇 聖都決戦篇 第一章 異変(5)
ふぅ、やはりそういうことでしたか。
先ほどまで緩めていた気持ちを引き締め直すサナ。
「それで、詳しくはどういう話でしょう」
「率直にいうと、私はご旦那様が好きだ。そのことについてサナがどう思っているかを聞きたい」
「わ、我も同じじゃ」
意外とストレートすぎる物言いに少し驚きながらも、落ち着いて言葉を口にする。
「お二人の気持ちは前々から知っておりました。あの会議も本気で行っているということも」
二人の気持ちを知っていた。それ故の罪悪感からか、どこか声は暗いものとなる。
「正直、心の中ではわかっています。海斗は、私一人が独占していい人ではないと。でも、誰かと海斗が
仲良くしているのを見ると、ここがぎゅっと痛くなるんです」
そういって、胸に両手を当てる。
その手を包み込むように、スフィアは手を伸ばす。まるで、どこか安心させるような、諭すように。
「そうか…。しかし、私もそれは同じだ」
「へっ…」
「私も、サナが妊娠したと聞いたときは死にそうなくらいに心が痛かった。そして、それはルーシー様も同じ」
目を見つめたままスフィアは続ける。
「だから何だというかもしれない。こんなものは私たちの傲慢であり、わがままでサナが受け入れる理由
も言われもない。だから、これは私達からのお願いだ」
そう言い、席を立ったスフィア。そして、
――― どうか、私たちにチャンスをもらえないだろうか ―――
机に頭がぶつかるくらいに頭を下げた。
そして、横にいたルーシーも席を立つ。
「儂も今まで、この気持ちに気付いていながらも抑え込んできた。じゃが、儂も彼奴の隣に立ちたいのじ
ゃ。故に、儂からもお願じゃ」
そう言い終えると、ルーシーもスフィアと同じように頭を下げる。
その二人の姿を、複雑な表情で見つめるサナ。
正直、サナ自身もこのことはずっと考え続けていたのだ。
私は今でもあの気持ちがある。海斗が他の人にとられるのではないかという恐怖を。多分、この気持ちはいつまでたっても消えない。
もしかすると、この後もずっと消えないのかもしれない。
だとしたら、私はどうしたらいいのだろう。
いつまでたっても決断ができず、時間だけが過ぎていく。
その間、二人にはずっと頭を下げさせているわけで、サナは焦りを感じさらに考えがまとまらなくなっていく。
「わ、わたしは…」
その時だった。
「待ってください」
そう言って、彼女の肩を叩いたものがいた。
「ミク様?」
その声に、二人も下げていた頭を上げる。
「いつから起きてたのですか?」
「起きたのはさっき。でも、雰囲気がおかしかったから、しばらくベッドの中で聞いていました」
ミクはまず不安な表情を抱えたままのスフィアとルーシーを見る。その後、サナの方に向き直ったサナは、サラに一歩近づいてから、
「サナさん!」
「は、はい」
思いのほか覇気の強かったミク、思わずたじろぐサナ。
「さっき、サナさんが言おうとした言葉は本当にあなたの言葉ですか?」
「えっ…」
「お兄ちゃんが選んだのは、サナさん、あなたです。私でもなく、スフィアさんでもなく、ましてやルーシーさんでもない」
その言葉に、思わず苦虫を噛んだかのように表情を曇らせる二人。
それは、自分自身もであったが、すぐに切り替えて続けた。
「つまり、あなたはもうれっきとした妻なんです。頼まれたからとか、恩があるからとか、そんなことであなたの愛は揺らぐんですか!」
「っ…」
サナは、まるで身体に雷が落ちたかのような衝撃を感じた。だが、それでもまだ、しつこくくすぶる思いがあった。
「でも、でもそれでは…。もし、海斗が思っていることと違うことを言ったら。それに、私にとってルーシー様への恩は、海斗と同等の価値を持つんです」
そう反論するサナに、驚くミク。ミクは、今の言葉にまさか反論してくるとは思っていなかったのだ。
「もし、あの時、私はルーシー様に助けてもらえていなかったら、海斗もに会うことも、命すらもなかった。だから、たとえルーシー様の許しを得ても、私自身が許せないんです」
「…そうですね。確かに、サナさんのいうことはもっともです。理解もできます。ですが、私が言いたいのは、サナさん自身で決めてほしいということです。さっきのサナさんは、誰が見ても空気に流されていました。
もし、あそこで返事をしてしまっていたら、サナさんは絶対後悔していたと思いますよ」
そういうと、ミクはサナの両手を掴み。
「つまりですね、どっちを選ぶとしても、サナさん自身から選んで欲しいんです」
その言葉は、なぜかサナの心に落ち着き与えた。その理由は、おそらく言葉にはできないのだろう。それでも、未久の言葉によってサナは何かを得たのだ。
「はい…。ありがとうございます」
「はいっ。じゃあ、そういうことだから二人とも、返事は待ってあげてくださいね」
光景を見ていた二人に、そうくぎを刺すと「じゃあ、私はまた寝ます」そういってベッドへと戻っていった。
これによって、今後の各々の運命が変わったことは言うまでもない。
だが、決して悪いことにはならないだろう。
顔を見合わせる三人。
おそらく、今はみんな同じ顔をし、同じことを考えているだろう。
「…」
「…」
「…」
「「「ちょっと待ちなさい」」のじゃ」
翌朝、海斗が起きると、ベッドに重なり合いながら三人がいたそうな。
もちろん、海斗は床に落ちていたとさ。
めでたしめでたし。
「なぜ、俺がこんなめに…」
最後までお読みいただきありがとうございました。
更新がまた大分遅れてしまって申しわないです。来週の水曜日には今の仕事が片付くので、それ以降からは更新速度を上げれるようにしたいと思います。




