第四編 恋する乙女篇 第四章 転機(11)
――― メイドの任から解く ―――
冷たい声音で言い放たれたその言葉はまるで槍が付きたてられたかのような衝撃だった。
任を、解く?
誰の。
サナの?
「ど、どういうことだよ。任を解くって」
俺は声を荒げながらルーシーに詰め寄る。
その行動に、周りにいた兵士が反応したが、ルーシーはそれを制止した後に。
「その言葉の通りじゃ。これは決定事項じゃ」
「そんな…」
俺はサナの方を向き。
「サナはいいのか。急にこんなこと言われて」
「…はい。覚悟はしておりましたので」
予想とは裏腹に、サナはいたって冷静な声音でそう述べた。
「そういうことじゃ」
愕然とする俺を気にする様子はなく、ルーシーはもう話は終わりだというかのように周りの兵士に下がるように指示をする。
部屋からは先ほどまでの兵士たちは消え、部屋の冷たさが増した。
どうしようもない状況に奥歯をかみしめる。
そんな俺にルーシーは。
「まったく、お主は早とちりをしすぎじゃ」
「…え」
そういって、先ほどまでの凛とした表情を崩していた。
いきなりの態度の変わりように、俺は思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
そして、それはサナも同じのようで声を出しはしなかったもののその表情は驚きのものへと 変わっていた。
「先ほどまでは城の者たちにしっかりと処罰の姿勢を見せたじゃ。今回はそうせねばいけない程のもので
あったからな」
しかし、「ただ…」と続ける。
「サナの処分については本当の事じゃ」
そう言うと、ルーシーは席を立ちサナの目の前まで行く。
「申し訳、ありませんでした…」
するとサナは、目の前に来たルーシーに、深く頭を下げた。
そして、ルーシーはというとそんなサナの肩に軽く手を置き。
「頭を上げよ。儂こそ、お主を守れなかった。すまぬ」
主からの突然の謝辞に、驚き、顔を上げるサナ。そして、その顔からは涙が流れ落ちていた。
「や、やめてください。魔王様。私は一度魔王様に命を救われた身です。だから、魔王様が謝ることなど一つもないのです」
「いや、儂はお主の直属の上司じゃった。にもかかわらずお主の異変に気が付けんかった。すまない。そ
して、今までありがとう」
ルーシーはそう言うと、思いっきりサナへと抱き着く。
身長差のせいで、ルーシーの顔は胸に埋もれる形となってしまうが、そこからルーシーがすすり泣く声が聞こえた。
そして、サナも。
サナにとっては自分を救ってくれた恩人であり、友であり、主であるルーシー。その彼女をぎゅっと抱き返す。
そして、部屋には二人の鳴き声だけが響いていた。
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「すまぬ、少々取り乱してしまったな」
「いえ…」
しばらくそうしていた後、サナから離れたルーシーはぐしぐしと目元をぬぐいながらそういう。
そんな二人の間に水を差すのは気が引けたが、大事なことなので声をかけた。
「それで、ルーシー」
「なんじゃ」
「この後、サナはどうなっちまうんだ」
そう、俺が気になっていたのはこれからの事であった。
クビになったということは、この城にはいられなくなってしまうということだ。
それが一番の心配事であった。
だが。
「そのことか。それなら問題ない」
ルーシーは改めてサナの方へと向き直ると、衝撃の発言をするのであった。
「サナよ。お主は海斗の妻となり、城で海斗のことを支えるのじゃ」
「「…え?」」
驚きの表情で固まる二人。
一方、ルーシーの他スフィアや未久は既に知っていたのか、全く驚いた様子はなかった。
しかし、俺はそれどころではなかった。
「な、いきなりなんでそんなことになるんだよ」
「そこまで驚かなくともよかろう。それに、既にお主らのことは聞き及んである」
「マジか…」
そこでサナが驚きを抑えつつ声を上げる。
「魔王様、本当によろしいのですか…」
俺はその質問の意味が分からなかったが、ルーシーはそれがわかったようで。
「…あぁ。じゃが、あきらめたわけではないぞ」
そう言うと、二人して相貌を崩す。
「私たちも同じですよ」
そして、他のみんなもそれに続いた。
「分かりました。そういうことなら、魔王様の最後の命令、全うさせていただきます」
そういって、恭しく頭を下げるサナ。
その姿をみんな温かい目で眺めていた。
え、俺全然理解してないんだけど…。
最後までお読みいただきありがとうございました。




