第四編 恋する乙女篇 第四章 転機(2)
「知らない天井だ」
目が覚めて初めて発する言葉は、どこかで聞いたことのあるようなセリフを吐く。
上体を起こして周りを見渡すと、どうやら医務室のようだった。
そこで、意識を失う前のことがフラッシュバックする。
「そうだ、サナはっ⁉︎」
俺はベッドから出ようとすると。
「っ…」
全身に痺れるような強烈な痛みが走った。
それによってそのままベッドにもう一度倒れ込んでしまう。
「あ、ダメですよ! 動いたら」
その声に、俺は痛みに耐えながら顔を上げると一人のメイドがいた。
「リ、リリエッタか」
「はい、そうです」
「ちょっと手を貸してくれ」
俺はそう言ってまた無理やり体を起こそうとすると。
「な、何やってるんですか、動かないようにって言ったじゃないですか」
そう言って俺をベッドに押し戻す。
それに対して俺も抵抗を示すが、身体がいうことを聞かずにすぐ力まけしてしまった。
俺が大人しくなったのを確認すると、リリエッタは掛け布団を丁寧にかけな押してくれた。
なにで、仕方がなく彼女に聞くことにした。あの後のことを…。
「これは私も聞いただけの話なのですが、とりあえずサナ先輩は無事です」
俺はそれを聞いてホッとする。
よかった、本当によかった。そう思ったのだが…。
「ただ…。今、サナ先輩は地下にいます」
「地下? なんでそんなことに」
「サナ先輩は魔力暴走を起こされたのですよね」
「あぁ。けれど、それはもう大丈夫になったんじゃないのか」
「はい、それはそうなんですけど」
どうも歯切れが悪いリリエッタに、俺は本当のことを全部話すように促す。
「またいつ暴走が起こるかもわからないということと、暴走していたとはいえ、多くの人を危険に晒した
ためだということです」
「…そうか」
俺は窓に目を向ける。
「少し、一人にさせてくれ」
「あ。はい…」
ドアが閉められる。
リリエッタの先程の話しから、おそらくサナは地下に幽閉されているのだろう。彼女はここに来て日が浅いから知らないのだろうけど、地下にあるのは牢屋だ。
そこにいるとなると、そういうことだろう。
ただ、ルーシーが進んでこんなことをするわけがない。なら何故か。
ルーシーは一度ミクのことで、城の者に無理を言っている。それから一年もしないうちに今回の事件が起きた。
それでもし再び、故意ではないにしてもことを起こした者を処罰しなければ組織の内側に不満がたまりかねない。
そうなった時、一番責任を感じてしまうのはサナ自身だろう。
だから、これが最善手といえるのだろうけれど。
あんなことがあって、起きたら地下にいて、さぞ不安であるに違いない。
会いたい。
会って抱きしめて「大丈夫だよ」と言ってやりたい。
そう思うと、やはりいてもたってもいられなくなった俺は、痛みに耐えながら体を動かす。
「ぐはっ」
だが、そんな状態で立ち上がれるわけもなく、無理くり立とうとしてそのまま地面に倒れこんだ。
「もういい」
俺は歩くことを諦め、地面を這いつくばりながらなんとかドアのところまでたどり着く。
そして、やっとのことでドアを開け廊下へとにじり出ると。
「いて」
部屋から上半身が出たところで頭に何かがあたり、上を向くとそこはスカートの中であった。
「にゃーーーーーーーーーーー! な、なにしてるんですかにゃ」
「ぐはっ」
叫び声と同時に俺の頭を足で踏みつけられる。
「す、すまん」
新たにケガが増えてしまった…。
「そ、それでサエさんはなぜここに」
さらに増した痛みに耐えながら尋ねる。
もちろん今はサエさんが離れているため、スカートの中は見えないし、頭がスカートへと 潜り込むこともない。
「それはサラさんに連れてくるよう頼まれたからですにゃ」
「えっ」
それを聞いて、驚きの声が漏れる。
てっきり、リリエッタの様子から俺の監視にサラさんをよこしたと思ったからだ。
だが、今はそんなことはどうでもいいことだった。
「とりあえず、ありがとうございます。でも、俺見ての通り体言うこと聞かないんだ」
そう言うと、なぜかサエさんは得意げに鼻をふふんと鳴らすと。
「あれを見てくださいにゃ」
「あ、あれは」
サエさんが指をさした先にあった物は、車いすだった。
こっちの世界にもあるんだな。
まぁ、さすがに鉄製ではなく木製だが。
俺は、サエさんに手を貸してもらい車いすに乗る。
「それじゃあ、行きますにゃ!」
そう叫ぶと、サエさんはものすごいスピードで車いすを押し始める。
「っ…」
俺はこれ以上ケガを増やす前にサナのところへたどり着けるのだろうか。
そう、俺は車いすにしがみつきながら思うのであった。
階段ではスピードをさらに上げて、勢いそのまま突っ込み踊場まで落ちて空中で方向転換を行い、曲がり角も車いすをほとんど地面と水平に傾けることで曲がった。
結果。
「し、死ぬかと思った…」
「あっというまだったにゃ」
俺は虫の息で、サエさんはとても愉快そうである。
「それで、サナはどこなんだ」
今の場所は地下への階段をちょうど降りたところ。
ここからしばらくいったところに牢屋が並んでいるが、入っている者は多くない。
魔王国の場合、捕虜はほとんどとらずにその場で殺害することが多いためだ。なので、ここに居るのは国内の犯罪者がほとんどだ。
「もう一個下の方ですにゃ」
「そうか」
もう一個下。そこは、普通の囚人とは違う者。強大な力を持つものや、政治的価値のある捕虜を入れておくための場所だ。
それ故に、設備や、セキュリティもいくつも上である。そして、サエさんは一個下といったが、実際には二・三階分下に位置している。
だが、今懸念しなければいけないのは…。
「じゃあ、いっきますにゃ~」
この人力ジェットコースターをどう乗り切るかであった。
最後までお読みいただきありがとうございました。




