第四編 恋する乙女編 第三章 広がる歪み(6)
「ドゴォォォ」
城が縦に、横に振動する。
「大丈夫?」
私は同僚のメイドを気にかけつつ、一刻も早く避難するべく走り出す。
「サラ先輩、一体何が起きているんでしょうか」
「さぁ、分からないわ。それよりも私たちは無駄死にならないように逃げることに集中しなさい」
私はそのメイドの少女を叱咤しつつ、為すべき事を為すように促す。
異変が起きたのは今からほんの数分前。
魔王様たちと廊下を歩いていたところ、突然の轟音と振動が体中を襲った。
「お主らは近くの者たちと避難するのじゃ」
振動が収まるときには、魔王様たちは既にそう言い残して走り出していた。
その様子から、これがただ事ではないのを感じていた。
そして、非難の途中。廊下の隅でびくびくと震え固まってへたり込んでいた、人間の新人メイドを見つけたのだ。
「まったく、この子はサナの管轄の子でしょ。あの子はこんな時に何をやっているのかしら」
私は横目で後ろをついてくる少女を見やる。
そうして、しばらく走り城の外の避難場所まで半分といったところで。
「サラさーん」
そう叫びながら一人の兵士がこちらへと駆けてくる。
この人は…、たしかちょうど魔王様の近くにいて一緒に音の方へ向かったはずの人。
ちなみに、私はメイドの中でも上の者であるので一兵卒よりは名が広がっている。
とりあえず、彼の様子からただ事じゃないのは察せたので、足を止める。
「あ、あのですね。魔王様がサラさんを呼んで来いと」
彼は息をきらしながら伝えるべきことを的確に伝える。
そして、その言葉から魔王様の意思を感じ取った私は
「わかりました」
そういってきた道を引き返す。
「リリエッタ、あなたはそのまま逃げなさい。あのお方に拾っていただいた命、無駄にするんじゃないわよ」
走りながらその場で立ち尽くしになっていた少女にそう叫ぶと、再び前を向いて速度を上げた。
魔王様が、わざわざ危険な戦場に私を呼ぶ理由。
それは、厄介で不可解な魔法を使うものが敵であるということだ。私の役目はそれを分析し、適切な対処方法を教えること。
しばらくすると、先ほどまで息を切らして膝に手をついていた兵士が追いついてきた。
「ハァハァ…」
私のところまで全力疾走できたためでしょう。速度を私に合わせているとはいえ、未だ息が苦しそうである。
ただ、状況から察して一刻を争う事態なのは感じ取っていた。
なので、私は悪いとは思いながらも背に腹は代えられないので彼にから少しでも情報を得ようと話しかける。
「じ、状況ですか…。えっと、簡単に言うと、サナさんが暴れていたということです」
「…え」
私はいつのまにか足が止まってしまっていた。
今、彼はなんていった?
サナが、暴れてるだって?
「サラさんっ」
大きな声で名前を呼ばれ「ハッ」となり、急いで私はまた足を前に出す。
「大丈夫ですか」
「はい。あの、サナがどうのって、本当なんですか」
私は、とても冷静でいられる状況ではなかったが、何とか平静を保って確認する。
「はい。海斗さんがおっしゃっていたことですので、確かかと」
「海斗様が…」
私はそれを聞いて、何とも言えない嫌な感じを覚えた。
最近、サナと海斗様がなにやら仲が悪くなっていたのは見るからに明らかだったからだ。
加えて、サナの様子が最近おかしかったのも知っていた。
だけど、こんなことになってしまうなんて…。
「危ないっ」
考え事によって、注意散漫となっていた私は飛んでくるがれきに気が付いていなかった。
「うっ」
だが、そのがれきは私に当たることはなかった。
「なっ、だ、大丈夫ですか」
「えぇ、これくらいへっちゃらです。これが私の仕事ですから」
私の前に兵士の人が立ちふさがり、がれきを受けてくれたのだ。
そして、そこでようやく戦場に到着していたことに気が付く。
まったく、私はなにをやっているの。
私は私自身にげきを飛ばす。
すると、先ほどの兵士の人が何か感じたのか。
「サラさん。俺はこの鎧があるから何ともないっす。あなたのことは俺が、っていうのは無理ですけど、魔王様たちには劣りますけど、俺達が守りますんで。だから、」
――― サラさんは自分の役割をはたして下さい ―――
「ぷっ」
それを聞いた私は、不謹慎ながらも吹き出してしまう。
「そこは俺が守るって言ってくださいな」
「い、いえ。そんな恐れ多くて言えませんよ」
「まぁ、正直な人は嫌いではありませんから」
そう言って軽くお互いに視線を交わして、戦場へと目を向ける。
そして、その光景に息を呑む。
建物の被害は、この戦いからしたらマシな方であろう。それでも、あちらこちらに下の階へと続く穴が開き、壁に至ってはほぼ全てが無傷ではなかった。
だが、私に衝撃を与えたのはやはり、暴れ回っている者であった。
「サナっ…」
大きさが変わり、何か黒い塊となっているが、それでも私にはそれがサナであると理解できた。
なぜなら、私とサラは幼い頃かずっと生活を共にしてきたのだから。
最後まで読んで頂きありがとうございました。




