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第四編 恋する乙女篇 第三章 広がる歪(5)


 サナ、サナ…。


 心の中で彼女の名前を呼びながら廊下をかける。

 まったく、俺は何度同じ過ちを繰り返せばいいのか。自分の事ながら嫌になる。

 自分勝手な優しさを押し付けて、それが相手のためだと勝手に決めつけて。本当に、最低な男だな、俺は。


 許してもらえるかどうかはわからない。


けれど、一歩踏み出さなければ、何も変えることはできない。


 俺は、必ずサナと…。


 だが、そんなことを思いつつちょうど中庭の通路に出た時だった。


「っ…!」


 ちょうどこちら側に別の方向からきていたと思われるスフィアが角からいきなり出てきた。

 いや、こちらが走っているせいでそう見えるわけであって、スフィアが飛び出してきたわけではなかったのだが。

 って、そんなこと言ってる場合じゃない!


「やばっ!」


 だが、ほとんど全力で走っていた俺が急に止まれるわけもなく。


「きゃっ!」


 ものすごい勢いでぶつかった反動で、一瞬意識が飛ぶ。

 しかし、そこは魔王軍でも随一の強者である俺はすぐに意識を取り戻したのだが。


「…」


「…」


 お互いに何も言葉を発しなかった。いや、発せなかったといった方が正しいだろう。

 なぜなら。



「「んっ‼」」



 お互いの口と口がつながっていたからである。


 しかも、俺が押し倒したかのような格好で。

 意識は取り戻したものの、頭の情報処理が間に合わずに黙りこくってしまう二人。

 そして、数秒後慌ててお互いに顔を離す。


「ご、ごめんっ」


 俺は急いで謝る。

 だが、その相手のスフィアはというと。


「っ‼︎」


 ただ、一点を見つめて固まってしまっていた。


「おい、スフィア? 大丈夫か?」


 何回か声をかけるが全く正気に戻る気配がない。


「やばいな、もしもこんなところを誰かに見られたら…」


 そう、今、俺は放心しているスフィアに馬乗りになっている状態だ。こんなものを見られたら、誤解以外何ものも生じない。


「とりあえず、スフィアの上から退かないと」


 そう思い、顔を前に向けた時思わぬ人影が目に入り、俺は絶句する。

 なぜなら、その人影がは先ほどまで一刻も早く会いたくて探し求めていたが、今、絶対に会いたくない人であったからだ。


「サ、サナ…。違うんだ」


 俺はこの状況の弁明を図るべく、サナの登場に衝撃を受けながらもなんとか声を上げる。

 ただ、そのサナはというと。


「…‼︎」


 この世のもので無い物でも見たかのようにこちらを見据えていた。

 そして、何かを言おうと口もと震わせているが、その声は声になっていない。


 もしかして、サナはキスのところから見ていたのでは?

 サナの反応からして、その可能性は高い。

 俺は「どうにかして誤解を解かなければ」とサナに近づく。


 そして、サナまであと三メートルというところで異変に気がつく。


「な、なんだ?」


 まず最初に感じ取ったのは、戦場で感じるような圧迫感。

 まるで、強者を目の前にしたかのようなプレッシャーが押しかかってきたのだ。


 瞬時に自分の中の警戒が上がる。


 その直後だった。



「いやあぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼︎」



 大きな奇声。


 尋常じゃないプレッシャー。


 膨大な魔力。


 そして、真っ黒な霧。


 全てが一気にサナから溢れ出した。


「くっ…!」


 俺は反射的に大きく後ろに飛び去る。

 だが、着地と同時に危機を察知する。


「何か来る」


 そう思い、すぐにもう一回後ろへと跳躍する。


『ドシャン』


 刹那、先程までいたところに真っ黒な拳が突き刺さる。

 だが、その拳による風で霧が晴れる。


 なんとか未だ放心しているスフィアの隣まで後退した俺は、息を整えながら状況を確認する。


「サナはっ」


 徐々に晴れていく霧に目を凝らす。


「…」


 しかし、俺の目に映ったのは…。



 変わり果てたサナの姿であった。

 サナの身体全体を、黒いオーラのように見える霧が包み混んでいる。そして、その霧はサナの身体拡張した形を模っており、全体で三メートル以上の大きさとなっていた。

 霧は顔全体も覆っており、ただ赤い目と、鋭い牙があるのみであった。


 唖然とする俺。


 だが、そんなことなど構わずに新たに拳が振るわれる。


「やb…」


 反応が遅れた。

 俺は急いで回避行動に移るが。


 くっ、間に合わない。


 そう判断した俺は受け身の体制に移行する。

 だが、サナの力は想像を超えており、そのまま壁に打ち付けられる。


「ぐはっ」


 魔力で身体を強化したが、相当なダメージがあるのを感じる。


 だが、これで相手の状況は掴めた。


 さっきまでは避けるのに必死でわからなかったが、どうやらサナを包んでいる霧が拳になって襲いかかってきていた。


 俺は壁にめり込んだ身体を抜きつつ思案する。

 だが、そんな時間など与えるつもりはないサナであるはずの何かは、今度は未だ放心中のスフィアへと標的を変える。


「こんにゃろ」


 それに気がついた俺はすぐさま体制を立て直し、スフィアを抱き抱え退避する。

 そのあとすぐ、黒い霧の拳が大きな音を立てて地面にめり込んだ。


「なっ! 一体どうなっておるのじゃ」


 その時ちょうど、騒ぎを聞きつけてきたと思われるルーシー達が到着する。

 そのルーシー達はというと、各々驚愕の文字が顔に張り付いていた。

 先ほどまでの攻防と、初撃でのあの全方位への攻撃により中庭テラスの壁、上の階、床の至る所に穴や、衝撃による亀裂が生じていたのだから。


「わからない」


「わからないじゃと⁉︎」


「あぁ。ただ、言えることはあれがサナだということだ」


「なん、じゃと…」


 俺の衝撃の告白に、言葉を失う一同。

 そこで、ミクがあることに気がつく。


「でも、サナさんって魔法が使えないんじゃ」


 やはり勇者というべきか、すぐさま状況を確認して最善種を得るために考察する。

 すると、こちらの人数が増えたことに気がついたのか、苛立つような様子を見せるサナ。次の瞬間。

 ウサギとして跳躍力を利用し一気にこちらに迫る。


 その速さはまるで砲弾。


 そして勢いそのままに拳を振るう。


「避けろっ」


 だが、ここに居るのは魔王国でも随一の者たち。

 警戒を厳としている俺たちは瞬時にそれを交わす。

 俺達に攻撃をかわされたサナは勢いを止めることが出来ず、そのまま向かいの壁を突き破って止まる。


「確かに、あれは魔法としか言いようがないのう」


 実際に攻撃の威力を目撃し「うぅ」と困った唸り声を上げる。


「なら、あれが魔法だとするとなぜ使えているんだ」


「…これなら、サラを連れてくるんじゃったか」


 そういって、後悔するかのように歯ぎしりをする。

 ちなみにこの場で今対応をしているのは、俺、ルーシー、ミク、スフィア(放心中)の四人である。

 最初はほかにも兵士がいたのだが、この戦闘力だと逆に足手まといになってしまうので、避難誘導に行ってもらった。


 と、そこで避難が終わったのか一人の兵士が報告に来た。


「むっ、そうか」


 ルーシーはそのままその兵士を下がらせようとしたので慌てて其れを制す。


「なんじゃ」


「俺たちは今ここから離れられない。なら、だれかにサラをよんできてもらえばいいんだよ」


 俺の言葉を聞くと、全く頭にその考えはなかったのか「なるほど」となった苦の表情で頷き、兵士に指

示をとばした。

 その隙に、俺はスフィアを安全な場所に寝かせる。


「さて、それでは集中し直すとするかの」


 そのルーシーの言葉に意識を、ようやく体制を直したサナへと戻す。


「あぁ。サラが到着するまでに、サナを捕まえとかないとな」


「うん。このままじゃ、サナさんの体も心配だしね」


 各々が声を掛け合うと、視線を交わす。

 そして、一つ息を吐く。


「では、行くぞ」


「「了解」です」


 サナへと向かい地面を蹴った。


「サナ。今、助ける…」



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