第四編 恋する乙女篇 第三章 広がる歪(2)
「海斗! あれ、あれが食べたいのじゃ」
「こら、あんまりはしゃぐな。ばれちゃうだろ」
今にも露店に向かって走り出していきそうなルーシーを抑えつける。
やはりというか何というか、今日の公式の予定に城下の視察など入っていなかった。
なので、俺たち二人はいわゆるお忍びという形で城下に来ていることになる。
そんなことを理由は一つ、俺とルーシーとの仲を少しでも進めるためにセバスさんがたくらみのためだ。
はぁ、もしもこんなことがサナにばれたら…。
いや、サナはメイドの中でも上位に位置するだけでなく、ルーシー直轄のメイドである彼女が何も知らな
いわけがない。
そのことを考えると、胃に穴が開くような感じがした。
そんな俺の気なんて知らないルーシーは、無邪気な笑顔を携えながら俺に呼びかけてくる。
「早くするのじゃ、海斗」
ぐいぐいと俺の手を掴んで引っ張る。
「わかった、わかったから…」
まったく、こんなことしている場合じゃないのに。
だがそんなことを思いつつも、その笑顔は少し俺の今の気持ちを軽くさせてくれた気がした。
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「ふはぁー」
俺はベンチに体を体重事預けて腰を下ろす。
「なんじゃ、もう疲れたのかの」
そんな俺の隣にひょいっと腰を乗せるルーシー。
手には先ほど近くで販売されているイチゴとクリームが乗ったクレープが握られている。ベンチに座ったルーシーは目を輝かせながら大きく口を開け、パクリと頬張りつく。
「んんー、美味なのじゃ!」
「ホント、元気だなお前」
俺はそんなルーシーの様子を微笑をうかべつつ、自分もクレープに舌鼓を打つ。
ちなみに、俺のクレープはチョコレートとバニラアイスが乗っている。
うん、うまい。
空に目を向けると太陽は既に西へ傾いており、東の空には黒い戸張が姿を現し、わずかながら星が一つ、二つ輝きを放っていた。
それもそのはずで、昼前から城下に足を運んでいた俺達だが、出店を回り、服屋、雑貨屋、レストランと様々な場所を一日中駆けまわっていたのだから、この時間は当然の事であった。
吐き出された白い息が空に消えていく。
「どうじゃ、すっきりしたかの」
空を眺めつつ、クレープの味を楽しんでいると不意にそう声をかけられて「えっ」と声を上げてしまう。
そして、ルーシーの方を向く。
その表情はいつもの幼さは感じさせない、どこか大人びた雰囲気を持った笑みを携えてこちらを見ていた。
「もしかして…、今日の視察は俺の為に?」
「お主、最近何やら悩んでいるようじゃったからの」
そういわれて今日の出来事を思い返す。
すぐに走ってどっかに行ってしまうので追いかけ、お忍びなのにフードをとろうとするからそれを抑え、お店に行ってもお金を持ってきてなかったので俺がすべて払い、お昼を食べた後、疲れたのか眠って
しまったのでしばらくおぶって運び…。
うん、ルーシーなりに励ましてくれていたのだろう。
俺からすると、そんな風には感じられなかったがその思いには感謝の気持ちがあった。
実際、よくわからない一日ではあったが一時的に悩みや不安からルーシーのおかげで解放されていたことは事実だった…。
そう思うと、俺は自然と左手をルーシーの頭に乗せていた。
すると、ルーシーも俺のこの行動は予想外だったらしく一瞬ビクッと驚いた反応を見せるが、何をされているかを理解すると静かにそれを受け入れ嬉しそうに笑った。
「ありがとな、ほんと」
「よいのじゃ、よいのじゃ…。隙ありじゃ!」
「なっ」
そんなルーシーの表情を見て癒されていると、その隙をついて、ものすごいスピードで俺のクレープにがぶりとかぶりつかれてしまった。
「ん~、こっちも美味なのじゃ」
「お、おい」
いきなりのことに驚きつつも、抗議の声を上げると子供のように笑いながら「奪われるほうが悪いのじ
ゃ」といって、自分のクレープを口に含む。
「なら…」
俺は、ルーシーが食べた直後を狙ってその手に持っているクレープにかぶりついた。
「んんっ!」
もちろん、ちょうど食べているところのルーシーが反応できるはずもなく、驚きと抗議の声をあげる。
「奪われるほうが悪いんだろ?」
「うぅ、儂としたことが…」
唸り声をあげながらこちらを睨むルーシーの視線を受け流しつつ、この穏やかなひと時に身を任せるのだった。




