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第四編 恋する乙女編 第二章 変化(5)


 サナが出て行ってからどれくらいの時間がたっただろうか。

 俺は窓の外に視線を向ける。そして、太陽が既に真ん中に差し掛かっていることからもうお昼近いことを、お腹の虫とともに知ることができた。


「食堂にでも行くか…」

 

 こんな時にもお腹がすいてしまうこの体に苛立ちを覚えながらも、それを満たすべく俺は食堂へと向かった。


「はぁ…」


 初めて見た顔だった。

 あそこまでサナを怒らせたのも初めてだった。

 傷つけないために、俺はサナを傷つけてしまった。


「…はぁ」


 とぼとぼとあれこれ考えながら廊下のを歩いていると。


「ぼふっ」


 いきなり進路を大きな壁に阻まれた。


「あ、すみません。旦那様」


 壁が俺から離れることにより視界が晴れ、何が起きたかを把握する。

 まず、目に入ったのは目の前で軽く頬を染めたスフィア。そして、曲がり角。

 どうやら、多方向から歩いてきたスフィアとこの廊下の門出下を見ていたがためにぶつかってしまったのだろう。


 そして、状況からするにさっき視界が暗くなってしまったのは…。


 うん、ごちそうさまでした。じゃなくて。


「いや、ぶつかったのは俺の方だ。すまない」


 そういって頭を下げる。


「いえ、全然大丈夫ですよ。むしろ嬉しかったっていうか、あ、なんでもないです。何も言ってないですよ」


「そ、そうか。大丈夫ならいいんだ」


 ワタワタとするスフィアをそのままに「それじゃあ」と歩き出そうすると。


「あ、待ってください。ご主人様、お昼はこれからですよね」

かわいく小首を傾げながら聞いてくるスフィア。そんな彼女に俺は「あぁ」と答えると。


「それじゃあ、その、今日は私とご一緒にどうですか」


「…わかった。そうしよう」


 本当は、今は誰かと一緒にご飯を食べたい気分ではなかったのだが、目を潤ませて、そんなあからさまに翼をしゅんと縮こまらされると、断りたいものも断れなくなってしまう。


「本当ですか! それでは、私の部屋でいただきましょう」


 そう言って、嬉しさを隠せずに俺の腕を半ば強引に引っ張りながら走り出す。


「ちょ、ま。うぉぉぉーーーーー」





 スフィアの部屋にて…。


「じゃあ、ここで座って待っていてください」


 そう言って俺を部屋に置かれた机につかせると、併設されているキッチンへと向かうスフィア。

 俺はその背中を一息つきながら見送る。


「全く、とんでもない目にあった」


 実はここに来るまでの途中、あまりにスフィアが引っ張る力が強いがために何度か壁にぶつけられながらたどり着いたのだ。


「それにしても、まさか手料理を振る舞われるとは思っても居なかった。てっきり、メイドに運んできてもらったものを一緒に食べるだけだと思ってたんだが…」


 各々の私室は仕事場も兼ねているため、キッチンは奥に入って右側の奥にもう一部屋小さく設けられており、そこに置かれているようだった。


 しかし、部屋は区切られているがドアは付けられていないがために何かを焼いている香ばしい香りと音が漂い、時折スフィアの楽しそうな鼻歌が聞こえてくる。

 しばらくは大人しく座って待っていた俺だったが、少々退屈になってきてしまった。

 なので、俺は席を立つとおもむろに部屋の中を視線を巡らす。


 そういえば、こうやってスフィアの部屋に入ってゆっくり見るのは初めてだな。なにか連絡ごととかでしか入った時がないからな。

 そうやって、表向きは真面目ながらもちょいちょい女の子らしさを醸し出している部屋を見ていると、ふと机のあるものに目がいった。


「なんだ?」


 本といっても過言ではないそれを手に取ってみる。裏返してみると表紙の部分には「二」とだけ書かれていた。

 それがなんなのか気になってしまった俺は、悪いと思いながらもそっと数ページを開けて読んで見ることにした。



「…」



「…」



 俺はそっと本を閉じた。


 な、なんなんだこれはぁぁぁーーー。


 キッチンの方を見て、まだスフィアが戻ってこないかを確認するともう一度本を手に取りパラパラとページをめくる。

 簡単に言うと。そこには、スフィアと俺の夢小説が書かれていた。内容的には、今に生活を題材に二人が恋仲になりイチャイチャする典型的なものなのだが。やはり、自分がこういうふうに書かれていると、なんとも言えない恥ずかしさに見舞われる。


 うん、これは見なかったことにしよう。


 そう思い、その本を元の位置に戻した時だった。


「旦那様ぁ、もうすぐでk…」


 俺の様子を見にきたのか、こちらに戻ってきてしまったスフィア。

 そして、その視線は俺がまさに今置こうとして、俺の手の中にあるあの夢小説へと注がれていた。


「ち、違うんだ! こ、これは…」


 固まるスフィアに対し何かしら言おうとしたのだが、次の瞬間。


「いやぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 突然奇声を上げながら、いつもは使わない翼人族の翼を狭い部屋の中で羽ばたかせて、空をかけて俺へと一直線に突っ込んでくる。


 そして、俺が持っていた本を奪い取ると。

 休息に方向を変え、部屋にあったベッドに頭から突っ込んだ。

 そのまま、器用に布団を自分の上からかぶせ…。


 そのまま動かなくなった。


「…」


 一瞬の出来事に固まってしまう俺。視界に映るのは、スフィアが飛び回ったせいで散乱した本や書類の数々。そして、ベッドにできた布団の山。

 その山からは、耳を澄ますとスフィアのすすり泣く声が聞こえてきていた。

 俺はゆっくりスフィアの方に近づく。


「…その、ごめんな。悪気はなかったんだ」


「ひっぐ、うぅ」


「それに、お前の書いたやつなかなかの出来だったじゃないか。俺はすごいと思ったよ。だからさ、全然恥ずかしくないと思うんだよ。な、だからでてきてくれよ」


「うわぁーーーん」


 先程よりも鳴き声が大きくなってしまった。


 なぜだ…。

 てっきり、自作の小説を見られて恥ずかしくなっているもんだと思ったんだけど。ソースは俺。


「…」


 というか、まじでどうしよう。




五分後…。


「うぅ、ひっ、うー」


「そろそろ出てきてくれよ。俺はどうしてお前が泣いているかもわからないんだよぉ」


 先程よりも落ち着いたのか、泣き声は先程よりも小さくなったが未だ出てきてくれる様子がない。





さらに五分後…。


「…」


「スフィア?」


 先程から今までのような泣き声は聞こえなくなり、ただ布団が山をなしている。


「おーい」


「…」


 その後も何度か声をかけてみるが返事はない。それどころか、その山は全くといっていいほど動かない。

 もしや、気を失ってたりしないだろうか。

 俺はそう心配になり恐る恐る布団をめくる。すると、なんとそこではスフィアが蹲った体勢で…。

 

 寝息を立てていた。


 「寝てるんかーい」と思わず突っ込みたくなってしまったのだが、本当に何もなくてよかったので安堵する。

 恐らくずっと泣いていたため、疲れてしまったのだろう。

 俺はそっと布団をどかすと、寝ているスフィアを普通の寝る体勢に直してやろううとしたのだが。


「あれ、これ翼ってどうするんだ」


 スフィアの背中から生えている、よく人族の象徴ともいえる白く綺麗な羽を持った大きな翼。


 このまま寝かせたら絶対ダメだよな。


 というわけで、横をむかせて寝かせ上から布団をかける。

 時折、可愛く「んん」と吐息を漏らすスフィアの寝顔を見て少し癒されると、少々心が落ち着いた気がした。


 さてと、どうしようかな。


 スフィアを寝かした後、仕方がないのでキッチンへ向かい様子を見る。そこにはいくつか完成した料理が盛られた皿と、火にかけられた鍋が置かれていた。

 鍋の方は、ずっと見ていなかったがために水分が飛び底の方は焦げていた。


 これは…、ダメだな。


 俺はざっと残りの食料などを確認する。



「うし、やるか」


 俺はそう気合いをいれて腕まくりをすると、キッチンに立った。

 

 


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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