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第四編 恋する乙女篇 第二章 変化(4)


 一息つき、仕事を再開してまもなく再び来訪者があった。俺はノックに答え部屋の中へと導く。


「お疲れ様でございます」


 そう言って、恭しく頭を下げるセバスさん。

 俺は少し身構える。なぜなら、普段からセバスさんとはあんまり話す仲でもなく、たまに話すとしてもそれは何かしら重要なことであるからだ。


 実際、今、目の前のセバスさんは難しい表情でこちらを見ている。

 それでも、彼の話を聞かないわけにはいかない。俺は徐に口を開く。


「お疲れ様です。早速ですけど今日はどんなようで」


 彼は「大変申し上げづらいですが」と前置きをしつつ続ける。


「最近、メイドのサナと仲が良いとか」


 その言葉に思わず眉がピクッと反応する。

 それを、俺が怒ったと判断したのか慌てて言葉を付け加える。


「いえ、勘違いして欲しくないので言わせていただきますが、決してお二人の仲を邪魔するつもりはありません。ただ、私はルーシー様に仕える身。私としてはは主人には幸せになって欲しいのです」


「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ、別に怒ったりしてませんから」


 そういうと、強張っていた表情を緩め安堵したように見える。


「そう言っていただけるとありがたいです」


「…」


「…」


 そして流れる沈黙。話の内容があれなだけに、どことなく気まずい雰囲気が漂う。

 だが、俺はそれを壊すように口を開いた。


「確かに、俺は今サナと恋仲にあります。ただ、だからといってルーシーが好きではないかと言われると即答できないのが正直なところです。まぁ、男としては最低な心持ちだと思いますが」


「いいえ、海斗様がいた世界ではそうかもしれませんが、この世界では色のある男は美徳とされておりま

す。力があるからこそのものだと」


 そう言って、否定の意を表してくれるのだが、俺はこの世界だからと片付けたくはなかった。結局、どの世界でも愛されたい、独占したい、離れたくないというような気持ちは男女問わず同じだと思っている。


 おそらくこれが漫画や小説のフィクションなら俺も容認していられるかもしれないが、今俺がいるこの場所、時は紛れもない現実である。

 相手には心があり、社会的に認められているとはいえ男の俺だけがそういうことおが許されていいのかと思ってしまう。


 そんな考えを巡らせて黙ってしまった俺を見て、何か察したのか「海斗様」と続ける。


「いくらこの世界に慣れたとはいえ、まだ一年も経っていません。故に、それほど急かす気もありません。ただ、失礼ですが貴方も一兵士である身。言いたいことを言えずに散ることもあるやも知れませぬ。そんなことがないよう、後悔のない決断をなさってください」


 そう言い終えると、セバスさんは「それでは」と部屋を後にした。


 俺は一体どうしたら良いのか、どうしたいのか…。その答えを見つけることができず、俺はしばらく立ち尽くしたままであった。



-----------------------------------



 悶々とした気持ちを抱えたまま翌日となった。

 憂鬱な気分に体が重く感じてしまうが、それに耐えて体をベッドから起き上がらせる。そんな気分を少しでもはらそうと窓を開けて外の空気に触れる。

 雪が積もっているせいで寒さが倍増された空気が一気に流れ込んでくる。

 だが、今の俺はそんなことを全く気にせずにその風を受け止める。



「…」




「なにしてるのっ!」


 その声に意識が戻る。そして、それと同時に感じる尋常でない寒気。次に気がついたのはものすごく慌てた様子のサナの姿だった。

 サナは急いで窓を閉めると、そのまま俺を椅子に座らせベッドから毛布を引っこ抜いて俺を包む。

 そのあと、走って外へ出て行き暖かい飲み物をとっててきてくれる。


「ふぅ、ふぅ。ほら、これ飲んで」


 寒さで震える俺は言われるがままそれに口をつける。

 そして、悴んだ手でコップを受け取り二口、三口と口に運んだ。



「ごめん…」


 体温が十分に戻り、手の凍えが溶けていくのを感じながら申し訳なさを含んだ声音でそう謝罪の言葉を述べる。


「本当、あんなに焦ったのは久々よ」


 本当に俺のことを心配してくれているからだろう、その声には微かな怒りが感じられた。

 下を向いたまま、寒さを寒さを和らげるために組んだ手を見つめたまま黙りこくる俺。


「…」


「…全く、何があったの? 貴方はすぐなんでも抱え込むんだから」


 サナはあんまり重くならないように軽い調子で話しかけてくる。おそらく、今悩んでいることが別のことだったらここで相談することができるだろう。


だが、今回はそうはいかなかった。確かに、前回の聖騎士事件ではサナが相談に乗ってくれたことで解決することができた。しかし、それは彼女が第三者であったからだ。一方、今回は完全に彼女は当事者だ。


 おそらくサナのことだから、相談にしたら快くとまでは言わないが支えになってくれるに違いない。

 けれど、それは彼女を、サナを傷つけることになるのではないだろうか。


 俺にはとてもそんなことはできない。サナを傷つけたくない。だから、おれは首を横に振る。


「ごめん、こればかりは話せない」


「っ! 海斗、話して」


 俺がそういうと一気にサナからのプレッシャーが上がる。そして「話して」という言葉にはとてつもない怒りが込められているようだった。先程の叱責とは違う怒りが。


「ダメなんだ、これは、このことだけは」


 俺がそういうと、感情が抑えられないとばかりに立ち上がるサナ。


「なんで、この前の話は忘れたの。私、言ったよ。相談してもらえないことは辛いんだって」


「それは…」


 そう言われて、聖騎士事件の時のことが頭に浮かぶ。ただ、それでもどうしようもなく顔を俯いてしまう。

 体感としては何分もの沈黙が部屋を満たしていた。そして「はぁ」というため息の後、サナは黙って部屋を出て行ってしまう。

 俺はその背中を見ることもなく、ずっと下を向いて動くことはなかった。



最後まで読んでいただきありがとうございました。

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