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Dear My  作者:
【本章】 袖擦り合うも 篇
40/58

38,路地裏/ヨルト商店前・午後

 

「君も、宜しくね」


 そう言って俺の手を取った、この男。


 何処かで、見た事がある。

 根拠の無い、ただの直感。でも、何故か嫌に確信出来る。


 髪の色、瞳の色は違う気がするが。

 表情、雰囲気、立居振る舞い。記憶の奥底に沈むその姿に、どれもこれもが似ている。

 ただ、それが誰なのか。何処で出会ったのか。どんな関係だったのか。


 ────何時も通り。思い出せる気配が無い。


 苛立ちを通り越して自嘲さえ感じるが、そんな事より、今は。


 帝都シュダルト、路地裏。

 犯罪組織の巣窟、不正売買の温床。酷い時には真昼間から人攫いや殺し合いが起きる、ロクでもない、真正の掃き溜め。


 シュダルト警備隊の目が届きづらく、場所によっては貧民街と同等の劣悪さ、いや、「ギルド」による治安維持の恩恵が薄い分、(たち)の悪さなら路地裏(こちら)の方が上かもしれない。レギンがハクアに誰かを同行させたがっていたのも、まあ、これが理由だろう。


 俺一人なら問題無い。何時でもナイフは抜ける。

 問題は、ハクア(あいつ)だ。万が一あれが襲われた時、攫われた時はどうする?


 ────…………。


 ……──今考えても仕方が無い。


 周囲の警戒を怠らない。

 今の俺に出来る事は、それだけだ。




 路地裏/ヨルト商店前・午後




「それじゃあ、僕の紹介も終わった事だし、自慢の店員達にも自己紹介をしてもらおうかな」


 ヨルトの言葉に従い、店員と呼ばれた少年少女──明るい茶髪に新緑の瞳を持つ少女、焦げ茶の頭を面倒臭そうに掻く小柄な少年、何やらもじもじと恥ずかしそうにしている偉丈夫な少年──が、彼の隣へと並ぶ。

 そして三人が並び終わったのを確認してから、少女が、はい、と元気良く手を挙げた。


「私、リアって言います! この三人の中では一番年長だけど、一番新人です! 普通に、リア、って呼んでくれて良いんですけど、あだ名も大歓迎です! 宜しくお願いします!」

「あー。順番的に言ったら、次はオレか。名前はアランだ。どう呼んでくれたって構わねえよ」

「ヴァ、ヴァイムです。あだ名で呼ばれるのは……あんまり、得意じゃないですけど。もし呼びたければ……が、頑張ります」


 一通りの自己紹介を聞いたハクアは、次は私の番だね、と、ヨルトを含めた目の前の四人へ笑顔を向ける。一方ラルフは何やら考え込んでいるのか、これといった反応を見せないまま視線を落としていた。


「私、ハクアって言います! お店で働くのは初めてだけど、三日間、皆と楽しくお仕事が出来たら良いなって思ってます! 宜しくお願いします!

 ……ほら、ラルフ! 順番だよ!」

「…………」


 ハクアに声を掛けられたラルフが、顔を上げる。


「……ラルフだ。好きに呼べ」


 一言。そうとだけ呟いて、彼は自身の紹介を終えた。


「良し、これで全員終わったかな」


 彼等の様子を笑顔で眺めていたヨルトが、ラルフとハクアの前へ出る。


「それじゃあ、早速仕事に取り掛かってもらおうか。最初に君達にお願いするのは──……」


 言いながら、二人に付いて来るよう手で合図したヨルトは、店の脇に山積みにされた木箱に掛けられている布を取った。


「ここの木箱を全部、店の中へ搬入してもらう事だ」




 ヨルト商店/店の脇の路地・午後




「よい……しょっ!」


 ヨルトの指示通り、ハクアが木箱を持ち上げる。その様をアランは呆然と、リアは目を輝かせて見つめていた。

 それもその筈である。と言うのも彼女、自身の身の丈程の高さにまで積まれた木箱を易々と持ち上げたのだ、が。


「おっととと!?」


 高さのある重量物を持ち上げた所為か、後ろへ体勢を崩したハクアが覚束ない足取りで蹌踉めき、その勢いで上二つの木箱が後ろへと摺り下がる。しかしこの事を予期していたのか、彼女の後ろに立っていたラルフは彼女の身体を支え、それから彼女の頭の高さを超えて積まれている木箱──後ろへ摺り下がった二つ──を両手で取った。


「ふう、危なかった。ありがとう!」


 嬉しそうにラルフへ礼を言うハクアを、正しく開いた口が塞がらないといった様子のアランが凝視する。


「……おい。オマエそれ、中身何だ?」

「? 何だろうね。箱に書いてあるのかな?」

「あ、それなら私、分かります!」


 リアが手元の出納帳をぱらぱらとめくる。


「えっと確か、上から小型ナイフと金属製の食器とランタンと……。あ、一番下の箱には金床が三つ入ってますね」

「…………」


 ナイフ、金属製の食器、ランタン、金床。特に金床に関してはとりわけ重量のある商品のうちの一つであり、それを十分に知っているアランは、信じられない、と言った目でハクアを見た。そして。


「へえ、そうなんだね。あ、まだ箱ある? あと二つくらいなら持てるよ?」

「さらっと片手に持ち替えるなァ!!!」

「あの! ハクアさん、もうお店の方に行ってもらって大丈夫ですから!」


 両手で持っていた木箱を当然のように片手で持つハクアに、アランは思わず声を荒らげる。リアもこれには流石に驚いたのか、店へ向かうよう慌てて彼女に身振り手振りで促した。


「そ、そっか。じゃあ、行ってくるね!」


 片手に持った木箱を再度両手に持ち替えたハクアが、店の方へと歩いて行く。


「リア。アイツ、女のクセにヴァイムより力あるな」

「うん。と言うか、普通の大人の男の人より何倍も力持ちだよ」

「……オレも運ぼ」

「行ってらっしゃい。商品、まだまだあるからね!」


 徐に木箱を一つ持ったアランが、ハクアの後を追うように店へと駆けて行った。




 ヨルト商店/店先・夕方




 日が落ち始め、空が朱色に淡く色付く大禍時。

 店の奥から出て来たヨルトが、笑みはそのままに、しかしやや驚いた様子で店先に並ぶ五人を見る。


「あら、もう終わったのかい?」

「はい。言われたもの、全部搬入して所定の位置に置いておきました。あと金属製の食器の陳列してる個数が減っていたので、その分も補充しておきました」

「そうかそうか。もう少し時間が掛かると思っていたんだけど、やはり人を雇うと違うね。さて、丁度日も暮れてきたし、今日の業務はこれで終了だ。皆、ご苦労様」

「はい、お疲れ様でした!」

「ボク達、今日も頑張ったね」

「ほとんど全部ハクアが運んだんだけどな……」


 三人が口々に労いの言葉を言い合う様を眺めてから、ヨルトはハクアとラルフの前に立った。


「二人共、今日はお疲れ様。僕と三人はこれから店の二階で夕食の支度をするんだが、君達はどうする?」


 ヨルトの言葉にハクアは顔を輝かせる。


「あ、あの! 私、今日お仕事した皆と一緒にご飯食べたいんですけど、良いですか!?」

「ああ、良いとも。大歓迎だ。こちらもその準備は出来ているからね」

「!! ありがとうございます! 良かったね、リアちゃん! 一緒にご飯食べて良いって!」

「やった! 私もハクアさんと一緒にご飯作って食べたいです!」


 きゃあきゃあと笑いながら仲良く抱き合うハクアとリアに目を細めたヨルトは、ラルフへと顔を向ける。


「で、君はどうする?」

「……ハクア(あれ)と同じで構わない」

「そうか。無論、君の席も用意してあるからね」


 そう笑顔で言ってから、ヨルトは踵を返して店へと入って行く。そしてラルフも後に続くように店に入る────事はせず、直角に向き直って夕刻の路地裏を歩き出した。


「! おいオマエ、何処行くんだ!」


 ヨルトに連れられるように店へと入りかけたアランが、ラルフの背に向かって声を上げる。


「放っておきなさい、アラン」

「ヨルさん。でも!」

「大丈夫だよ。彼、すぐに帰って来るから」

「二人共、どうしたの?」


 会話を耳にしたハクアが、ふと後ろを振り返る。すると居た筈のラルフの姿が見当たらない事に気付き、あれ、と小さく呟いた。


「ラルフは? 何処行っちゃったんだろ」

「心配する必要は無い。恐らく二〇分もしないうちに帰って来るだろう」

「そっか。なら良かった」


 ほっと胸を撫で下ろすハクアを、ヨルトは再度目を細めて見つめる。


「よっぽど気に掛けられているんだね、君」

「? 何の事?」

「いいや。何でもないよ」

「……?」


 ヨルトの真意を汲み取れず、難しい顔をしたハクアは小さく首を傾げるのだった。




 ヨルト商店二階/リアの部屋・夜




 路地裏の一角に店を構えるヨルト商店、その二階。

 そこにはありとあらゆる品を揃え、時に物品の修理も引き受ける道具屋としての気配は無く、簡素な、しかし温もりのある居住空間が広がっている。


 その一隅。電灯の暖かく柔らかい橙色の光に照らされた部屋で、リアがベッドの上で鼻歌交じりにハクアの長い銀の髪を梳かしていた。


「おいしいシチューを皆で食べて、リアちゃんに頭も背中も洗ってもらって、ベッドまで貸してもらって、しかも髪の毛も梳かしてくれるなんて、何だか私、お姫様になったみたい。ごめんね、お部屋借りちゃって」

「大丈夫ですよ、私一人で使うには少し広過ぎる部屋ですし。それに、今日のハクアさんはいっぱい働いて下さったので、これくらいの事はされて当然なのです!」

「そ、そうなの?」

「そうなんです!」


 笑顔でハクアにそう告げたリアは、彼女の髪をうっとりと見つめる。


「すごいなあ。ハクアさんの髪、とっても綺麗。見とれちゃいます」

「そう?」

「はい! 知ってますか、髪って伸ばすの大変なんですよ。私なんて伸ばすとうねりがすごくて、肩くらいまでしか伸ばせないんです。でもハクアさんの髪ってお尻の下くらいまで伸びてるのに、真っ直ぐで、つやつやで、きらきらの銀色で、本当、憧れちゃいます」

「えへへ、そんなに言われたら恥ずかしいよ」


 こそばゆそうに頬を染めて笑うハクア。そんな彼女の背後でリアはベッド横の引き出しから小さな小瓶を取り出し、その蓋を外して瓶の口に掌を付け、その手ごと瓶をひっくり返す。

 手と瓶を戻してから瓶を棚の上へ置き、何やら手を擦り合わせたリアは、ハクアの髪を手に取った。


「あれ? 何かお花の良い匂いがする」


 何処からか漂う芳香に、ハクアは鼻をくんくんと動かす。


「はい! 毛先がちょっと傷んでたので、私特製の香油を塗っておきます!」

「え!? そんな、良いの!?」

「良いも何も、ハクアさんは、自分が可愛い、っていう自覚がちょっと無さ過ぎです! ちゃんと自分磨きしないと、ラルフさんなんてあんな料理も出来て格好良い人、あっという間に取られちゃいますよ!」

「……へ?」


 リアの発言に、ハクアが間の抜けた声を上げた。その反応を受けたリアもまた、え、と首を傾げる。


「ラルフさんって、ハクアさんの彼氏なんじゃないんですか?」

「違うよー!?!?」


 思いも寄らぬ誤解を受けたハクアが、頬を赤らめながらぶんぶんと頭を横に振った。


 数分後。

 ハクアから必死の弁明をされ、リアはつまらなそうに頬を膨らませた。


「なあんだ。恋人同士じゃないんですね。てっきりそういう関係かと思ってました」

「違うよ!? 違うからね!?」


 リアによる髪の手入れが終わり、ベッドの上で彼女と向き合うように座っていたハクアは、あわあわと忙しなく両手と首を振る。しかし、その姿に何か思う事があったのか、リアは悪戯っぽそうに、にやりと唇を吊り上げた。


「まあ、お二方が恋仲じゃない、っていうのは分かりました。で、も。彼に何か思ってる事、あるんじゃないんですかぁ?」

「へぇ!?」

「ほらほらー、白状しちゃって下さいよー。ここには私とハクアさんしか居ないんですからぁ」

「ひえぇえ……」


 リアに頬をむにむにと(つつ)かれているハクアが、困ったように眉を下げる。暫くして、何も言い出す様子の無いハクアに観念したのか、リアは彼女の頬から手を離した。


「んもう。付き添いって事以外、本当に何の関係も無いんですね。勿体な──……」

「思ってる事、かあ。……うん、あるよ」

「!!」


 小さく呟かれたハクアの言葉に、リアの目が輝く。


「何々、何ですか! 勿体ぶらずに教えて下さい! さあさあ!」


 餌に食い付く獣の如く迫り来るリアに、ハクアは、あはは、と笑顔を見せた。


「別にそんな、好きだ、とか、そういう事じゃないんだけどね。

 ……ラルフって、何となくもう分かってると思うけど、自分の気持ちを表に出すのがちょっと苦手なんだ」

「あは、そうですよね。今日も実は酔っ払いのお客さんが一人来たんですけど、お前に売るものは無い、帰れ、って、眉一つ動かさないまま突っ撥ねてましたもん。

 でも、確かに気持ちを表に出す事が苦手な人って居ますけど、あそこまで出さないっていうのは、正直、ちょっと怖いです。ラルフさんが悪い人じゃないって事は分かるんですけど、ほら、ヴァイムとか、自分の思ってる事とかあんまり言いませんけど、あそこまで酷くはないって言うか、何と言うか。

 ……ごめんなさい、悪く言うような事言っちゃって」


「ううん、大丈夫だよ。

 ……うん。まあそれで、ラルフは自分の気持ちを表に出すのが苦手なんだけど」


 少しの間を置いてから、ハクアはゆっくりと、重い口を開く。


「実はね、ラルフって、小さい頃の記憶が無いの」

「!!」


 ハクアの言葉に、リアは目を見開いた。


「今までは記憶が無くてもずっと平気っぽかったんだけど、最近、ちょっとずつ思い出そうと頑張ってるみたいなんだ。

 ……でも、あんまりうまく行ってないみたいで、ここ一ヶ月くらい、ずっとイライラしてるの。今日は大丈夫だったみたいなんだけど、一人で居る時、ちょっと気になって見てみたりするとさ。いっつも下向いて、しかめっ面してるんだ」


 抱えた膝に、ハクアは顔を(うず)める。


「……本当は、すごく心配。だって、ずーっとイライラしてるのを全部自分の中に溜め込んでたら、何時か絶対はち切れちゃうよ。でも、あれはどう、これはどう、なんて色々訊いたりしたら、きっとラルフを困らせちゃう。

 だからね、すぐ傍に、はちょっとやり過ぎだから、すぐ近くくらいの場所に何時も居よう、って決めたんだ。そうすれば、もしラルフが自分の気持ちを言う準備が出来て、誰かに何かを言いたいって思った時、すぐに話し相手になれるかもしれないでしょ?

 へへ、何だかちょっと照れちゃうな。でも、今のラルフには、そんな事を思ってるよ」


 体勢はそのままに、頭だけリアの方へと向けたハクアは、えへへ、と彼女に笑いかけた。すると、彼女の新緑の瞳から大粒の涙がぽろりと零れ落ちる。


「え!? 何で泣いてるの!?」

「うええ、だって、とっても素敵な話じゃないですかぁ……。私、ハクアさんみたいに強くて素敵な女の人になりたいです……うぅ……」

「へ!? う、うん、ありがとね!?」


 思いがけない言葉に、ハクアはまたも慌てふためく。やがて、ぐすぐすと鼻を啜ったリアは袖で涙を拭うと、ベッドから降りて卓上の電灯を消した。


「本当はもうちょっと喋っていたいですけど、今日はもう寝ましょう。明日は確か、丸一日だった筈ですから」

「うん、そうだね。もう寝よっか」


 お互いにそう言い合って、二人は布団の下へと潜り込む。


「おやすみなさい」

「うん、おやすみ」


 暗く、静かな夜の帳。

 光は無く、しかし暖かな暗闇の中で、ハクアは双眸を閉じた。


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