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Dear My  作者:
【本章】 「最強」の帰還 篇
30/58

29,中心地区/中央政府正門前・昼

 

 じりじりと日射しの照り付ける、昼のシュダルト。

 中央政府の正門前で、ジェンが二人の門番に足止めを食らっている。


「君ぃ、そんな事言われたって困るぞ」

「証拠が無くちゃあどうにもならんだろ」

「確かに物証は無いですけど、呼ばれたって言うのも事実なんです。もしどうしても証拠が必要なら、どういったものが必要なのか教えて下さい。って、さっきから何回も言ってますよね、オレ?」


 同じような説明を繰り返し要求され、内心かなり苛立っているジェンだったが、政府の門前という事もあり、彼はどうにか笑顔を些か引き攣らせる程度まで感情を抑え込んでいた。しかしその努力を蔑ろにするかのように、門番達は迷子の子供へ向けるような目でジェンを見る。


「はあ。全く、正装も着て来れないヤツが何言ってんだ? そんなに会いたけりゃあ身なりをもっと整えてだな。俺達だって暇じゃねえんだ」


「…………」


 遂に苛立ちを面倒臭さが上回り、大きく溜息をついたジェンは、睨むようにして門番達の顔を見上げた。


「分かりました。今日通してもらうのは諦めます。出来る限りの証拠を集めて出直しますから、せめて何処に提出すれば良いのかだけでも教えてくれませんか。

 ……ったく。貧民街に住み込んでるような人間が唐突に中央政府になんて、用も無く行く訳無えだろうが」

「…………」

「…………」


 小さく呟かれたジェンの悪態に顔を見合わせた門番達が、突如、声を上げて笑い出す。その様子を目にしたジェンの眉が吊り上がった。


「はあ、今度は何です──……」

「アハハハ! こいつ、貧民街出身なんだってよ!!」

「そんなヤツがエンティルグ大佐に呼ばれたなんざよく言ったもんだ!!」


 腹を抱えて一頻り笑った門番の一人が、自身を見上げるジェンの頭を鷲掴みにする。


「いやあ、最高だぜ坊主! 俺達を騙すんなら、もっと上手く言うんだったな! ハハハハ!」

「…………」


 盛大に勘違いされた上に子供のように扱われ、怒り心頭になったジェンが門番の腕を掴もうとした、その時。


「喧しいですよ、貴方達。何か問題ですか?」


 中央政府を囲うように伸びる石畳の道から、一人の男が現れた。彼の姿を目にした途端、門番達の態度が一変する。


「あ、貴方は……!」

「そちらの方は?」


 男の目には、ジェンの姿が映っていた。


「ああ、聞いて下さいよ。こいつ、エンティルグ大佐に呼ばれたとか言ってるんすよ」

「そうそう。後、貧民街から来たとか言ってたんですけど、陸軍大佐ともあろう方がそんな奴を呼ぶなんて、する訳無いっすよねえ? よりによって、あの貧民街ですよ?」


 門番達の話を一通り聞いた男は、ジェンの方へ向き直る。


「彼等の言う事に何か異なる点はございますか?」

「いえ、まあ間違ってはないですけど、合ってる訳でもないって言うか……」

「……承知致しました。少々お待ち下さい」


 ふと門番達へ向き直った男は、つかつかと彼等に詰め寄った。


「これでもう三回目です。あれほど注意して尚無礼を働くとは、良い根性してますね。覚悟は出来ていますか?」

「!?」


 敬語ながら凄んだ男を前に門番達はおろか、彼の叱責とは関係無い筈のジェンまで畏縮する。


「え、そんな、だってこいつ──……」

「だってもへったくれもありません。今回の件については隊長に報告した上、然るべき処分を下していただきます。さあ、早急に立ち退いて下さい。貴方達の仕事はもうありませんので」


 門番達は大きな体を小さく窄めながら、そそくさと逃げるようにして何処かへと消えて行った。


「全く。いくら人員補強とは言え、辺境配属の治安維持部隊だけはやめろとあれ程言ったのに」

「はい?」

「いえ。こちらの話ですので、どうかお気になさらず」


 ジェンにぼやきを聞かれた男は、慌てて彼へと向き直る。すらりと伸びた長身、美しく整った顔立ち。それらを併せ持つ男の一挙手一投足にまで宿る礼節に、思わずジェンは背筋を伸ばした。


「さて。私は帝国陸軍第九師団、中心地区警護隊に所属しております、スズミ・ティノーチェと申す者です。先の者共の非礼は上官である私の不徳の致す所。どうか御容赦下さいませ」

「いやそんな、大丈夫ですよ。気になんてしてませんから」


 平身低頭する男──スズミを前に、ジェンは頭を上げるよう促す。暫くしてから顔を上げたスズミは、にっこりと笑って見せた。


「ありがとうございます。して、御用件は何でしょう?」

「ああ、その事なんですけど。エンティルグ大佐から、昼に取り敢えず中央政府へ来てくれ、とだけ言われたんです」


 ジェンの発言を受け、スズミは、ふむ、と顎に手を添える。


「成程。場所の指定が無いという事は応接室でお待ちになっているという事でしょうか。分かりました、御一緒しましょう」

「! ありがとうございます!」

「いえいえ。これが私達、警護隊の役目ですから」


 笑みを浮かべたスズミは懐から鍵を取り出して錠前を開け、来客用の小さな門を開け放つ。


「さあ、どうぞお入り下さい」


 先に門へ通されたジェンは、話の通じる人間と巡り合えた喜びに打ち震えつつ、何処か緊張した足取りで、芝生の生え揃う中央政府の広場へと足を踏み入れるのだった。




 中央政府/応接室・昼




 暑い昼の日射しを適度に遮った応接室の中で、革張りのソファに腰を下ろす者が一人。帝国陸軍大佐、メイラ・エンティルグである。


「昼とは言ったが、場所を指定しなかったのがまずかったな。ちゃんとここへ来れるだろうか?」


 ぽつりと呟かれた言葉が、誰も居ない虚空へと消えていく。


「……暇だな」


 完全に手持ち無沙汰となったメイラが天井を仰いだ、その時。応接室にノックの音が響いた。


「失礼致します。中心地区警護隊のスズミ・ティノーチェと申す者です。来客を一人お連れして参りましたが、メイラ・エンティルグ大佐はいらっしゃいますでしょうか」

「ああ、入れ」


 持て余した暇を漸く手放す事の出来たメイラは、声の主を部屋へと招く。


「失礼しまーす……」


 応接室へ青年──ジェンが恐る恐る入っていったのを見届けてから、スズミは、では私はこれで、と一礼して去って行った。


「えっ、と。昨日ぶり、ですね。大佐」


 中央政府の厳かな雰囲気に気圧されているのか、やや不審な言動をとるジェン。その様にメイラは笑みを浮かべ、自身の向かい側にあるソファへ目を遣る。


「まあそう緊張するな。取り敢えずそこにでも座れ」

「は、はい」


 ジェンがソファへ腰掛けてから、メイラは予め机上に用意していた書類とペンを彼に差し出した。


「早速だが、これが帝国陸軍の志願書だ。必要な事項を出来るだけ正確に記入してくれ。不明な箇所は飛ばしてもらって構わない」

「分かりました」


 ペンを手に取ったジェンは、さらさらと志願書に筆を進める。


「思ったより達筆だな」

「そりゃあ、読み書きと一通りの勉学は殺される勢いで叩き込まれましたからね」

「ほう」


 一通り全ての空欄を埋めたジェンは、どうぞ、とメイラの方へ志願書を滑らせた。

 その志願書を手に取り、記された内容へ目を通すメイラは、ふと彼の出身地に目を留める。


「レーナンの出なのか。レーナンと言えばあれだろう、初代皇帝の没地とされている、西部国境に面した村。例の『禁足領域』が目と鼻の先という話だったな、確か」

「……!」


 思わずジェンは目を丸くした。シュダルトへ上って間もない頃、辺境の村の出身と言うだけで周囲から散々馬鹿にされた経験のある彼からしてみれば、メイラの言葉は余りに予想外なものだった。


「ご存知なんですね。結構な田舎なのに」

「何、これでも一部隊の隊長でな。地理や地名を覚えるのは得意なのさ」


 確認を終えたメイラは志願書を封筒へ入れ、ジェンと向き合った。


「さて、本題に入るとしよう。私が君を起用したのは、ある特殊部隊の一員となってもらう為だ。これから私の話す事は全て帝国軍の機密事項。原則、誰に対しても口外しない事を約束してもらいたい」

「はい、分かりました」


 緊張感の高まりを感じ、ジェンは生唾を飲み込む。


「現皇帝が即位してからと言うもの、この国の治安は加速度的に悪くなっている。国民が武力を結集し、国に仇なそうと蜂起する程度にはな。だが十八年前、帝国軍は治安維持という大義名分の下、国内の抵抗勢力を徹底的に殲滅した。その抵抗勢力とは無論、革命軍の事だ。中央政府はその革命軍を最後に反乱分子は存在しないとしているが、ここ最近、どうやらそうでもないらしいという事が明らかになりつつある。


 端を発したのはおよそ十日前。中心地区の住人が襲撃され、死亡したという事件からだ。目撃者は無く、治安維持部隊による捜査もほぼ進んでいない。しかも現場から発見された物品から、死亡した住人は『能力』を持っていたという事が判明した。この事から、犯人は『能力』保持者である可能性が高いとして事態を重く見た皇帝陛下は、『能力』を持つ敵対者または敵対勢力の鎮圧、無力化を私に勅命として下し、一つの特殊部隊を編成した。


 部隊の名は『対『能力』保持者部隊』。名前の通り、『能力』保持者のみで構成された部隊だ。君の実力は昨日の一件で十分に見させてもらっている。それを踏まえて私は君を評価しよう。どうか、その力を貸してはくれないか」


 向けられた真剣な眼差しを、ジェンは真っ直ぐに見つめ返す。


「はい、元からそのつもりでここへ座っています。オレだって『能力』保持者、こうなるだろうとは思っていました。

 ……そうは言ってもオレ、昨日まで『ギルド』の報酬を当てにして生きてきた一般市民なんですよ? それをわざわざ引き抜くなんて相当な人員不足だったんですね、その部隊」


 怪訝そうな表情をするジェン。彼の疑問に答えるべきか否か、メイラは少しだけ思い悩んでから口を開いた。


「……いや。寧ろ今言うべきだな、これは。すまんな、隠していた訳ではないんだが。君を起用した理由には、人員不足とそれ以外にもう一つ、理由があるんだ。

 実は中心地区の住人が襲撃された事件は、今回の前にも二件程起きていてな。(いず)れも文人を襲撃したものだが、目撃者が居ないという点では一致しているんだ。根拠の詳細は省くが、陛下と私はこの一連の事件に『ギルド』が一枚噛んでいると睨んでいる。何だったらその『ギルド』自身が革命軍の残党であるともな」

「!?」


 予想だにしない事実に、ジェンの双眸が見開かれた。


「そこで君には戦力としてだけでなく、情報を仕入れる役割も果たしてもらおうと考えている。君、『ギルド』と治安維持部隊が連携協定を結んでいる事は知っているか?」

「はい、知ってます」

「なら話は早い。知っての通り、治安維持部隊が『ギルド』へ協力要請を出すような犯罪は、貧民街で起こった一部を除けば大抵凶悪かつ大規模なものだ。そこで隊の方針として、それらの解決までの足取りや犯人の情報を手掛かりに、治安維持部隊の援護をしつつ、事件の犯人を絞り込む事を当面の目標とした。


 肝心の情報源について、最初は治安維持部隊に頼る事も考えたが、この国で起きる凶悪犯罪、特に貧民街で起きたものの解決は専ら『ギルド』の役割だ。犯罪者と直に接する人間との距離が近い分、そちらの方がより正確かつ詳細な情報を持っている可能性が高い。だがさっきも言ったように、もし本当に『ギルド』が革命軍の残党なのだとしたら、ほぼ確実に我々の開示請求を撥ね付けるだろう。自ら敵に尻尾を掴ませるようなものだからな。


 今、ここ十年で治安維持部隊が『ギルド』へ協力要請を出した犯罪を纏めている。十日後だ。間諜をしてまで情報を抜き取れとは言わん。あちらが一般に公開している範囲で十分に構わない。だから、君にはそれら犯罪に関する情報を『ギルド』から入手して来てほしい。

 無理を言っているのは自分でも分かっている。下手をすれば身の危険に晒されるかもしれん。だが、どうか。頼まれてはくれないだろうか」

「…………」


 上官である筈のメイラに深く頭を下げられ、ジェンは俯いて拳を握る。そして。


「分かりました。やります」


 きっぱりと、そう告げた。


「!? 良いのか?」


 信じられない、と言った具合で彼を見るメイラに、ジェンは笑いかける。


「身の危険なんて慣れっこですよ。貧民街どころか『ギルド』の中ですら、『能力』を持ってるってだけで好奇と嫉妬の的なんですから。今更首の一つや二つ狙われたところで、どうって事無いです」


 屈託無く笑うジェンに、メイラも思わず笑みを零した。


「君のその胆力には全く以て敵わんな。恩に着よう。

 ああ、直近の予定だが、明日、隊員同士で軽く顔合わせをした後に皇帝陛下への謁見がある。時刻は未定だが、取り敢えず朝から応接室(ここ)へ来てくれ」

「了解です」


「良し、これで君へ伝えるべき事は全て伝えた。帰ってくれて構わない、と言うか正式にはまだ、君は一般市民だからな。あまり長居をすると侵入者として捕縛されるぞ」

「え!? ここまでの道順、全然憶えてないんですけど!?」

「ハハ、まあそう焦るな。当然、私が正門まで送るとも。付いて来ると良い」

「そうしていただけると助かります……!」


 ほっと胸を撫で下ろしたジェンは、メイラと共に応接室を退出して行くのだった。


はい、これで今回分の更新を終了とさせて頂きます。最近輪をかけて遅筆になっておりますが、気長にお待ちいただければ幸いです。宜しければ評価感想等をお寄せ下さい。

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