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Dear My  作者:
【本章】 「最強」の帰還 篇
28/58

27,中央政府/???・昼


 薄暗く、無機質な、色味の無い廊下。

 そこに面した牢には手枷の付いた鎖がぶら下がっており、石煉瓦の床や壁一面には悍ましい量の血が黒く乾いてこびり付いていた。


 それは、そこで何が起きたか容易に想像出来る、余りに惨い光景。


「ボーっとしてないでさっさと入りなさい。ほら」


 目の前の惨状に絶句している首長の背を、アレグリアは悪意を持って蹴り飛ばす。その弾みで床へ倒れ込んだ首長の髪を掴み、彼女は彼の顔を自身の方へと強引に向かせた。


「良いザマねえ、ふふっ。たかが異民族の分際が私の帝国に勝てるとでも思った? 本当、何処までも異民族らしい浅はかさだわあ。

 それにしても皇帝(アイツ)、まだまだ頭が小娘ねえ。憶えてる? 敗者に対して血も涙もないというのは些か狭量が過ぎると言うもの、ですって。アッハハハ!! 甘っちょろ過ぎて話にならないわあ! 笑いを堪えるのに必死だったのよ、私! 大劇場の主役並みの演技力だったと思わない!?」


 そう言うとアレグリアは首長を牢の中へ無造作に放り、その頭を踏み付けた。


「だって! 敗者は! こうやって! 踏み躙られるのが! 当たり前なんだから!!」


 恍惚と瞳を潤ませ、唇を吊り上げたアレグリアは、嗜虐心の赴くままに首長の頭へ幾度となく踵を蹴り込む。


「ああ、素敵! 惨めで哀れでとっても素敵!! これからどう甚振ってあげましょう!? ねえ貴方、一体どんな末路がお好みかしらあ!?」


 (はしゃ)ぐ子供のようにけらけらと笑ったアレグリアだったが、ふとその足を止めて牢から出で、鉄格子の鍵を掛け始めた。


「はあ。でも、牧場主に刃向う家畜共を皆殺しにするって話は特別に評価してあげても良いかしら。小娘のクセに私と同じ考えをするなんて、ちょっと生意気だけど。

 って事で。今から私、予定があるの。御機嫌取り係も楽じゃないのよお? だ、か、ら。貴方を虐めてあげるのはお預け。少なくとも皇帝(アイツ)に呼び出される間の命だけは保証してあげる。


 ……ああ、でもやっぱりダメね。私、とっても気まぐれなの。イライラしたら憂さ晴らしに殺しちゃうかもしれないけど、別に問題無いわよねえ? だって貴方は只の負け犬。生かすも殺すも私の自由なんだから。

 まあ、精々貝のように見窄(みすぼ)らしく生きなさいな。大人しくしてれば首輪を填めてあげる気が起きない事もなくってよ。

 ──────ふふ、うふふふふ。アッハハハハハハハハハハハハ!!」


 高笑いと共に去って行くアレグリアは、その後ろ姿ですら悪鬼のようだった。




 中央政府/メイラの自室・午後




 中央政府から少し離れた、一際大きな建物。

 象牙色の壁をしたそこは、帝国軍専用の居住施設である。


 さああ、と部屋の中の音が止んで暫くすると、その一角からメイラが頭にタオルを乗せて現れた。


 上下共に肌着のみ、そして裸足という何ともだらしない装いをしている彼女は、髪も拭かずにそのままベッドの上へ勢い良く倒れ込んだ。




 ・・・




 ああ、どうしたものか。

 陛下御自身に悪気は一切無いんだろうが、つい先刻、私は国家規模の厄ネタ、それも今回、東部国境警備軍の二割を薙ぎ倒してアレストリアに攻め込んで来た東方民族、ノリッチ以上の代物を相手取る破目になった。


 何が厄かって、まず手掛かりが無さ過ぎる。

 国内に居る「能力」保持者を一から調べ上げ、その中から中心地区の住人を殺したであろう個人または集団を洗い出し、その目的を突き止め、必要であれば殲滅する。候補として挙がる人間をこちらで絞れない以上、これしか目的を達成する方法は無いだろう、が。


 無理だ。絶対に無理だ。

 まず、前提として。中央政府がこの国の人口や建物の立地を正確に把握していない時点でほぼ詰みだ。それでも文人ならまだ希望が持てただろうが、私は軍人。面白い程どうにもならん。


 そうだ、「ギルド」に情報提供を要請してみるか?

 あそこは治安維持部隊から一部犯罪者の拿捕を委託され、その中には凶悪なものもあると聞く。であれば、犯罪者と実際に接する人間との距離が近い分、その手の情報に関しては治安維持部隊のものより詳細である可能性が高い。しかもそれらは全て、開示請求をすれば一般市民でも入手が可能だった筈。捜査の足掛かりとするのには持って来いの情報源だ。


 ただ、帝国軍人である私に対して「ギルド」は真面に応対するか? もし陛下や私が考えた通り、彼等が本当に革命軍の残党なんだとしたら────……。


 まあ良い。考えるのはやめだ。今日は色々と疲れた。眠い。

 髪を乾かすのも面倒だ。まだ日は高い。濡れたままでも風邪をひくような事は無いだろう。




 中央政府/帝国陸軍専用居住施設・夕方




 美しく西の空を彩っている紫色が、硝子窓に映り込んでいる。


 青いドアが規則正しく並ぶ廊下を、一人の若い男が歩いている。そしてとあるドアの前へ立ち止まり、数回、戸を軽く叩いた。間も無く、寝ぼけ眼のメイラが扉の向こうから現れる。


「……何だ」

「!?」


 頭一つ分程背の高い男の顔を見上げ、メイラは目を擦った。


「あ、あの、大佐。その、服が……」


 自身から目を背ける男を前に、メイラは自らの身体を見下ろす。

 肩紐の細い黒の肌着に、少々股下のある下穿き。とてもではないが人前、それも異性の前で意図も無く晒すべき装いではない。


「……ああ、すまん」


 ぼそりと呟いて、メイラは暗い部屋の中へのそのそと戻って行った。


 数分後。


「何だ、用件は」


 軍から支給された、綿製の白い半袖にくすんだ緑色のズボンという、先程より随分と良識的な格好──女にしては少々色気が無さ過ぎるかもしれない──になったメイラは、再度男の顔を見上げる。


「大佐、今から飲みに行きませんか?」


 男の誘いに、メイラは渋い顔を見せた。


「悪いな。私は酒が苦手なんだ」

「気にしなくて良いんですよ、そんな事は。せっかくの凱旋パーティなんですし、大佐が居れば絶対に盛り上がりますって!」


 半ば無理矢理メイラの肩を押し、男はすたすたと来た方向へ廊下を進んで行く。


「何人くらい集まる予定なんだ」

「うーん、どうなんでしょう。でも多分、大方全員だと思いますよ?」

「元気だな、お前達……」


 肩を押されるがまま、メイラは部屋を後にした。




 シュダルト南東部/川港・宵




「あ、すみません! 乗せて下さい!」


 メイラを連れた男が、一人の船頭に声を掛ける。


「こいつは下り便だよ。間違い無えかい?」

「ええ、大丈夫です」

「軍人さん二人とは大層なお客様だ。銀貨四枚、頂きますぜ」

「はい、宜しくお願いします」

「おう、確かに頂いたよ」


 船頭が舵の方へ向かったのを見てから、男は甲板に設置された椅子へとメイラを手招いた。


「良いのか、自分の金くらい自分で払うぞ」

「いえいえ、たまには日頃のお礼をさせて下さい。それに大佐、お財布持ってないですよね?」

「!!」


 ここで初めて、メイラは今の自分が一文無しである事、そして──これは完全に彼女の失態だが──部屋の鍵を掛け忘れた事に気付く。


「……お前、分かってて連れ出したのか?」

「まさか。そんな事無いですよ」


 へらへらと笑う男の横顔が、メイラにはどうにも嘘臭く思えるのだった。


 出港して暫く経った頃。湿り気を帯びた風に吹かれながら、メイラは夜空を見上げた。


「……それにしても、水上交通はここまで発展しているのに地上交通は貧弱なままだな、この国は」


 ぽつりと呟いたメイラに、男は、そうですね、と返した。


「楽ですからね、水上交通。地上交通、例えば馬車を運用するのに必要な資金と比べたら、船一隻の値段なんて微々たるものです。

 まあそもそも、新しい道を敷くより軍備拡張を優先するべき、なんて御上が仰ってる時点で地上交通が貧弱になるのは当然だと思いますけどね」

「全く、中央政府の高官共は一体何を考えてるんだかな。あれだけの技術があれば交通手段の一つや二つ、新しく造れるだろうに。そもそもアレストリアの脅威になり得る程の強大な自治組織なぞ、アレストリア周辺には最早存在しない。にも関わらず軍事力の強化を推し進めるとは、いよいよ内乱でも始める気か?」

「それ、大佐が言います?」


 小さく溜息をついたメイラに、男が笑い声を上げる。


「何だ、何かおかしいか?」

「いや、僕みたいな下っ端がボヤくならまだ分かるんですけど、大佐ともあろう方がそんな事言って怒られたりしないのかなあ、なんて思っただけです」


 男の言葉にメイラは再度、夜空を仰いだ。


「この程度の言葉で据えられる灸なんぞ、特に何とも思わんさ。それにお前、下っ端とは少し謙遜が過ぎるんじゃないか、ケイ・オミウ()()()?」

「ははは、こんなに良くしてくれるのなんて大佐だけですよ。普通、指揮官なんて絶対に任せてもらえませんって」


 名前を呼ばれた男──ケイは極まりが悪そうに頭を掻く。それと同時に、操舵していた船頭が二人の元へとやって来た。


「終点、イルビエラの港に到着しましたぜ。そこな軍人さん二人、降りてくんよ」

「あ、着いたみたいです。今回の会場はイルビエラ一の酒場ですよ!」


 こうして二人はアレストリア最南端の川港に栄える町、イルビエラに降り立ったのだった。




 川港の町イルビエラ/水平線の見える酒場・夜




「僕等が自慢のメイラ大佐、連れて来ましたー!」


 入って来たケイの言葉に、貸し切りとなった酒場が(どよ)めいた。


「おお! 良くやったな、ケイ坊!」

「大佐が来たならもっとお酒を頼まなくっちゃ! 店主(マスター)さん、もう二瓶、お願いします!」

「…………」


 下は二十代から上は五十代と見える、およそ百人前後の男女が酒を(あお)り騒いでいる様に、メイラは少々気圧される。


「大佐。どうぞ、こちらへ」

「あ、ああ」


 ケイに勧められるまま、メイラは飴色に磨かれた椅子へ座った。


「ささ、食べて下さい、大佐!」

「大佐、我々と国境警備軍の増援で敵方を袋叩きにする作戦、お見事でしたよ!」

「それに今回の鎮圧作戦も死者は無し! いやー、もう流石としか言えませんね!」


「…………」


 みるみる出て来る、香ばしい匂いのする料理が乗った大皿。大きな大杯(ジョッキ)に並々と注がれていく酒。そして惜しみ無き称賛の言葉。

 顔を真っ赤にしながら肩を震わせていたメイラは俯き加減のまま、突如として椅子から立ち上がる。酒場が水を打ったように静まり返った。


「そ、そのだな。気持ちは、とても嬉しい。ありがとう」


 照れ隠しなのか、顔を上げないまま、メイラは話を続ける。


「だが私は、知っての通り、酒があまり飲めないんだ。多分、お前達が注いでくれた酒だって、半分も飲めない内に酔い潰れるだろう。

 ……不甲斐無いものだな。本当にすまない」

「はい大佐。こっち向いて下さい」

「!!」


 唐突に横から声を掛けられてメイラが顔を向けた、直後。四十代程と見える女が、メイラの口に何やら料理を突き付けた。拒む訳にも行かず、メイラはそれを頬張る。


「この町、海が近いからお魚が美味しいんですって。白身魚を揚げて甘辛い餡に絡めたものらしいですよ。どうですか、お口に合いますか?」


 もぐもぐと口を動かし、やがて飲み込んだメイラは、ふう、と一息ついた。


「……美味いな、これ」


 メイラが呟いた瞬間、酒場がわっと盛り上がる。


「酒が飲めなくったって良いんですよ、大佐!」

「大佐は居てくれるだけで十分なんですから!」


 騒がしい酒場の賑わいは灯りの色と共に、暖かく夜空を照らし出していた。




 帝都シュダルト/大通り・夜半




 酒宴がお開きとなって、大分経った頃。

 ケイに負ぶわれたメイラが、顔面を蒼白にして呻いている。


「無理して飲む必要なんて無かったのに。大佐ってば結局、大杯(ジョッキ)二杯も飲んじゃったんですもん。吐きそうになったら言って下さいね」


 酔いの所為か、斯く言うケイの口調も幾らか砕けていた。


「うう、これ以上部下に迷惑を掛ける訳には……。降ろしてくれ……」

「何言ってるんですか。今の大佐、一人じゃ歩けないでしょう」

「すまんな……うっ……」


 他愛の無い会話を交わしつつ、ケイが色香漂う娼館の並び立つ大通りを中央政府へ向かって歩いていた、その時。


「すいませんお兄さん。ウチ、如何ですか? 良い子が揃ってますよ」


 つばの広い帽子を被った小太りの男が、手を擦り合わせてケイの元へ近付いて行く。


「いえ、結構です。興味無いですから」

「まあまあ、そう言わずに。今ならお兄さんだけ特別に、一回金貨三枚の所を一枚にして差し上げますよ。どうか、ウチの子を可愛がってやって下さい。お兄さんならきっと人気者になれますよお」


 下心を隠す気の無い、媚びるような男の態度にケイが片眉を寄せた、直後。ケイの背後から素早く伸びた腕が、彼に触れんとする男の手首を掴んだ。


「……私の部下に、気安く触るんじゃない」


 ゆっくりと起き上がったメイラはケイの背から降り、掴んだ手首はそのままに、つかつかと男の方へ歩いて行く。


「ん? 何だ、女の分際で。放せ!」


 男は手を振り解こうと腕を振ったものの、メイラの手が離れる事は無く。それどころか、男の全身から漂う甘ったるく強烈な臭いに、彼女は拘束の手に力を籠めていく。


「この臭い、さては大麻だな。ケイ分隊長、警備隊を連れて来い!」

「了解です!」


 先程までの酔いどれとは打って変わり、ケイが真剣な面持ちで走り去って行く。その様を呆然と見てから、ふと再度メイラを目にした男は驚きの表情を浮かべた。


「!! そのズボンの紋章、帝国軍人か!? き、貴様、横暴だぞ!! 一般市民に武力を振りかざしおって!!」

「ああ、確かに横暴だ。文句は言えん。貴殿の潔白が証明された暁には、菓子折りと共に謝罪へ赴く事を約束しよう。何、心配する事は無い。何もしていなければ何も出てこない筈だからな」

「……ッ!!」


 メイラを見上げる男の顔面からは、玉のような汗が流れていた。


「連れて来ました!」


 ケイの声に、メイラは後ろを振り向いた。駆け付ける彼の背後には、警備隊が二人程続いている。


「随分と早かったな」

「はい、丁度向こうの曲がり角の先に居ましたから。運が良かったです」


 ケイに遅れてメイラの元に到着した警備隊の面々は少々驚いたような表情を見せた後、彼女の前で揃って敬礼をした。


「事情は一通り聞きました。ご協力、感謝申し上げます。エンティルグ大佐」

「恐らく下っ端の買い手だろうが、事実を突き止めるのは諸君等の役割だ。徹底的に調べてやれ」

「は、了解致しました」

「頼んだぞ」


 漸く男から手を放したメイラは、警備隊が男を拘束しつつ店の中に入って行く様を見届け、ケイの元へふらふらと歩いて行く。


「ありがとうございました、大佐。また一つ、借りが増えてしまいましたね」


 安堵の笑みを浮かべるケイを他所に、メイラは倒れるように彼の両腕を掴んだ。


「? どうされました、大佐」

「……し、死ぬ……!!」


 うう、と今にも嘔吐(えず)きそうになるのを必死で堪えるメイラに、ケイの血相が変わる。


「あ! ちょっと、吐いても良いですから、どこか物陰に行きましょう! こんな大通りのど真ん中で陸軍大佐が、それも女性が吐いちゃうのは、流石に色々とマズいですから!!」




 中央政府/帝国陸軍専用居住施設・夜更け




 青いドアの並ぶ廊下の電灯が、二つ置きに付いている。


「大佐、着きましたよ」


 自身の背で微睡むメイラを、ケイが揺り起こした。


「うう……こんな所まで……。本当にすまない…………」

「いえいえ。ゆっくり休んで下さいよ、大佐。あ、ちゃんと鍵は閉めて下さいね」

「分かっている……。今日はゆっくり休んでくれ……」


 ドアが閉まった後、かちり、と鍵の閉まる音を聞き届けたケイは、ふと目を細める。


「はい。おやすみなさい、大佐」


 そう小さく呟いて、ケイはその場から去って行くのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言]  最初のところの邪悪な感じと次の平和なノリとのギャップがすげー。  邪悪なところで出できた奴はヤベェ邪悪さを感じる奴がいた。なんだろう、この全ての邪悪を詰め込みましたって感じがしました。
2022/11/15 02:49 退会済み
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