24,敵勢ギルド拠点/医務室・午後
ハクアとシンが外出してから、暫く経った頃。
「なあああああああ! 痛い! 痛いッ!!」
右大腿部の銃創に張り付いた綿紗を剥がされ、レギンは悶絶の声を上げる。
「当たり前だろ。表皮消し飛んで真皮剥き出しなんだから」
しかしそんな彼に全く構う事無く、エーティは消毒液をたっぷりと含んだ綿で湿らせた傷口から、強固にへばりついた綿紗をべりべりと引き剥がしていった。
「待って待って、痛い痛い痛い痛いッ!! もっと手加減しろよバカ!! 肩の方がまだ痛くねえわ!!」
叫ぶレギンの目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「はいはい、そりゃ麻酔打って弾取るついでに縫ったからな。それとも何だ、麻酔無しでやった方が良かったか?」
「もしかしなくても俺死ぬよね、それ?」
「死にゃしねえだろうがメチャクチャ痛えぞ、多分。ま、弾残ってなかったら前の右腕みたく、いきなり縫っちゃおうかと思ってたんだけど」
「それもそれで地味に痛いヤツ……!!」
うう、とレギンが渋い顔をする傍らで、お、やっと取れた、とエーティが声を上げた。
「あちゃー、やっぱ膿がすげえな。こりゃ綿紗が張り付く訳だ。いっその事、縫っといた方が良かったか? うーん。
……まあ良いや。取り敢えず消毒しとくぞ」
「ああ、頼──……。あ待って痛い、めっちゃ沁みる!!」
「一々うるせえんだよ、あんた。ちったあ黙ってろ」
「はい、すいません」
大人しく黙るレギンだったが、痛みから来る悶絶の表情と声無き叫びは、やはり抑える事が出来ないのであった。
それから。
「……何かもう、どっと疲れたわ」
鉛のような溜息をついたレギンの精神は、既に疲労困憊である。
「……そう言や、ラルフも依頼中に怪我したんだってな」
「ああ」
レギンに問われ、エーティは怪我人の経過を記す手帳に筆を走らせながら答えた。
「火傷に裂傷っていう厄介な組み合わせでな。正直、怪我の内容だけだったらあんたより酷いぞ。何でも、飛んで来る火矢を素手で掴んで握り消したんだと」
「何でまたそんな無謀な事を……」
容易に想像の付く痛苦に眉を顰めたレギンを、エーティはじろりと見つめる。
「他人事みたいに言ってるけど、無謀さ加減ならあんたも人の事言えねえからな? ユーリアから話聞いたぞ? 剣士のクセに剣忘れた上に撃たれて帰って来るとかホント、何しに行ったんだ」
「うぐっ……」
エーティの言葉を受けたレギンの口から、小さく声が飛び出す。珍しく萎れている彼に違和感を覚えたのか、エーティは怪訝そうに眉を吊り上げた。
「何だよ、今日はやけに元気無えな。何時もなら適当な事言ってはぐらかす癖に」
「いやあ、だってねえ……」
はあ、と青い息を吐いてから、レギンはぼそぼそと話を始めた。
シュダルト南部/ギルド前・午後
それは遡る事、およそ二日。レギンとユーリアが「ギルド」の前で長椅子に腰掛け、休息を取っていた時である。
「……あ。やべ」
事の始まりは、剣士であるレギンが剣士としてあるまじき失態に気付いた事からだった。
「どうかしましたか?」
「剣忘れたわ」
レギンの口から平然と発せられた衝撃の事実に、ユーリアはぽかんと口を開く。文字通り、開いた口が塞がらないと言った具合である。
「えええええ!? どうするんですか!? いえ、どうするもこうするも、現地調達以外の方法は無い訳ですが!」
「俺、今日一銭も持って来てねえんだよ」
「…………」
明かされた更なる事実に、ユーリアは溜息をつく。
「分かりました。お金は私が出します。ですから──……」
「いや、いい。素手でやる」
「それはいけません。戦力が不明な相手に対して、慣れない方法で戦闘を行うのは自殺行為です。幾ら相手がチンピラだとは言え、舐めて掛かってはダメですよ」
真剣な面持ちのユーリアとばっちり目が合い、レギンは唐突に吹き出した。
「な、何がおかしいんですかー! レギンさんいっつも怪我するんですから、心配してるんですよ!」
声は出さず、しかし一頻り笑ったレギンは、顔を赤くするユーリアにふと笑いかける。
「別に、舐めてる訳じゃねえさ。それに剣って、一番安いヤツでも銀貨五枚は下らねえんだぜ?」
「そのくらい出します! ですから──……」
「いや、そうじゃなくて。安物の剣一本、買ってもらうってのも何だかカッコが付かねえし。その代わりと言っちゃ何だけど、そこに掛けるお代分、援護多めって事で。ダメ?」
「いえ、別にダメではないですけど。でも、そのですね……」
口籠もるユーリアに満足気な反応を示したレギンは、良し、と立ち上がった。
「んじゃ、そういう事で。宜しく!」
「え!? あ、待って下さーい!」
一人「ギルド」へ向かおうとする彼の後を、ユーリアは慌てて追うのだった。
ギルド/集会所兼酒場・午後
「アンタが受付嬢さんの言ってたお兄さんかい! いやあ、頼もしいねえ! よっ、男前!」
「痛い、ねえ痛いって」
依頼人と会って早々、背中をばしばしと──割と容赦無しに──叩かれ、レギンは返事の一つも言えないまま呻く。
「あっはっは! まあ、取り敢えずそこに座って!」
その依頼人とは、黒く癖の強い髪に浅黒い肌をした、体格と気風の良い女だった。
女は手にしていた大杯を机へ置き、二人の方へと身を乗り出した。
「早速、依頼の話に入らせてもらうんだけど。始まりは一週間前。向かいの空き家に見ない連中が住み着いたから暫く近付くな、って旦那に言われたの。そんな事貧民街じゃあしょっちゅうだから、最初はどうって事無いって思ってたんだよ。そしたらまあ、その日の晩からそいつ等がもう、日が昇るまでずーっと騒いでて! おまけに銃声まで聞こえてくる始末でさ! うるさいったらありゃしない! そりゃロクでもない連中が山程居るのを承知で貧民街に住んでるけど、それでも毎晩繰り返されちゃあ堪ったモンじゃないって話でしょ!?
それにここ数日、急に近所の女の子が突然居なくなったとか、居なくなったと思ったら酷い有様で帰って来たとかって話が増えててさ。そしたら一昨日の朝、偶然一人、白い布に包まって泣いてる女の子を見つけたのよ。気の毒だったから介抱してやったんだけど、身体中痣だらけだった上に、布以外に何も着てなかった時点でもう、何をされたかなんて嫌でも察しが付くさね。一応、誰にやられたんだって聞いたら、そこの連中に、って」
「…………」
レギンの眼光が、急激に鋭くなっていく。
「だからもう、アタシも旦那も頭に来ちゃって!! 思い切ってその家に突っ込んでやったよ! でも、ダメだったんだ。アタシ、火の出るオモチャを悪戯するクソガキを懲らしめた事は何度もあるんだけど。相手はそう、大体お兄さんと同じくらいの男が五人。それでも旦那は体格良いし力も強いから、大した問題じゃなかったの。
お姉さん。ちょっとそれ、見せてくれないかい?」
「あ、これですか。別に構いませんが……」
「大丈夫、触らないよ。本当に、見せてくれるだけで良いんだ」
「分かりました」
ユーリアは一丁だけ拳銃嚢から銃を引き抜き、銃口を自らへ向けた状態で女に差し出した。
「そうそう、大体これくらいの大きさの鉄砲だったんだけど。でもそいつ等が持ってたのはもっとこう、箱が二つくっついたみたいな形でね。その、何て言えば良いんだろう……?」
「……もしかして、」
ユーリアは机の上の銃をしまい、代わりにもう片方の銃を女へと差し出す。
「こちらの事ではないですか?」
机の上に置かれたその銃は、先程の拳銃よりも目に見えて単純な──女の言う通り、確かに箱が二つくっついたような──形状をした銃だった。
「そう、これ! これがもう危ないのなんの! 何だか青白い光線みたいなのがバンバン出てくるし、中った床とか壁とか一発で穴開くし、何だったらそれのお陰で一階の天井が抜けたからね!? 何とかこの通り怪我も無く逃げられたけどさ、デタラメにも程があるでしょって話! だから『ギルド』へ依頼を出したってワケ! ホントもう!!」
憤慨する女が一気に酒を呷ると、黙っていたレギンが口を開いた。
「……成程。見た目俺と同年代の男集団が、空き家を勝手に占拠して好き勝手してる、と。しかも武装が妙に良いヤツと来た。そりゃまあ、手が付けられんわな」
溜息をつく彼の横で、真顔のユーリアが女を見る。
「これを持っていた人の人数を、教えていただけませんか?」
「ああ、確か……そうだね。正確には覚えてないけど、最低二人は居るよ。大丈夫かい、二人共。頼めそうかい?」
心配そうに二人を見つめる女へ、ユーリアは笑顔を向けた。
「ええ、ご心配無く。きっちり遂行させていただきます!」
「ああ、良かったよ。さて、それじゃ、例の場所へ案内しようかね」
「はい! 宜しくお願いします!」
「……あ、そうだ。ちょっと良いか」
女とユーリアに続いて席から立ったレギンが、扉へ向かおうとする女を呼び止める。
「ん? 何だい、お兄さん?」
「一個だけ、頼みたい事があるんだ。別に大した用じゃねえんだがな──……」
シュダルト南部/貧民街・午後
貧民街の細い路地を、二人は女の後ろを付いて歩いて行く。
「なあ、ユーリア」
レギンの声色が、普段よりも低くなっていた。
「はい」
「霊力砲って、そこいらのチンピラでも手に入れられるようなモンなのか?」
「いいえ、そんな筈はありません。同じ種類の実弾銃と霊力砲でも、その価値は一番安くて銀貨三百枚分、霊力砲の方が上です。それにそもそも、霊力砲は中央政府の霊力研究開発局が軍事用に開発したもの。製造は国営の工場でのみ、しかも帝国軍へ納める分しかされていません。
……気になってはいました。彼等はどうやって、誰から霊力砲を手に入れたんでしょう?」
答えが出ないまま、二人の間に沈黙が流れる。
「ま、何処から何を手に入れようが、身の丈に合わん銃を噴かして喜ぶ連中は大抵、性根の腐ったクソ野郎共だって相場は決まってる。これで頭の得物が大口径の連発拳銃とかだったら正直、霊力砲より最悪だぜ?」
「……!」
ふとレギンの顔を見上げたユーリアが、その表情に目を瞠った。
「レギンさん、凄い剣幕ですよ。腹が立つのは分かりますが、今は依頼人さんの前なんですから」
「……ああ、そうだな。悪い」
レギンは自らの顔を両手で何度か擦り、ふう、と空を仰ぐのだった。
貧民街/向かいの空き家・午後
「よーし、上がり!」
「お前またドベになってんじゃねーか、ザッコ!!」
薄暗がりの部屋で男が数人、床に座り込んで骨牌に興じている。どうやらたった今、勝敗が決したようだ。
「おいテメー、笑ってんじゃねえぞコラァ!!」
「ああ? やんのかオラァ!!」
負けた男が自らを指して笑った男へ掴みかかり、そのまま床を転がるようにして殴り合いを始める。
そんな彼等を見下ろすように椅子へ座り、笑みを浮かべる男が居た。
机へ置いてある剣を抜き、彼は徐に立ち上がる。
そして。
悪罵を飛ばす二人の横ぎりぎりの場所へ、一切の躊躇い無く剣を突き立てた。
「!?」
「!?」
お互いを殴っていた手を止め、二人は蒼褪めた顔で男を見上げる。
「うるせえんだよ、お前等。黙れ」
にこにこと笑っていた彼の顔が、瞬く間に豹変した。
「あーあ。どうすんの? 折角あのデカブツとクソババアの顔を忘れてさ? あいつ等をどういう風にブッ殺してやろうかとか、今夜は誰とヤろうかとか考えてさ? やっとイイ感じに仕上がってきた所だったってのに。……特にお前だよ!!」
「がっ!!?」
二人のうち、男は馬乗りになっていた男──負けた男を笑った男──の顔面を蹴り飛ばす。そして吹き飛んでいった男の髪を掴み、自らの眼前へと引き寄せた。
「お前さあ。最近、調子乗ってない? 霊力砲使えるからってイキってんの?
……なあ? お前等もムカつくだろ?」
「そ、そうだな」
「オレ達も、そう、思ってた所だよ。な?」
「ああ、確かに」
黙って事を見ていた男達が口々に同意を示し、大きく頷いた。
「だって。ほら、皆言ってるよ? 責任取れよ、皆と俺をイラつかせた責任」
男はへらへらと笑いながら腰の拳銃嚢から銃を抜き、その引き金に指を入れて器用に回してみせる。
「選択肢をやるよ。目玉一つか金玉一つ、今すぐ選べ」
「そんな! い、嫌だ!」
「ああ? 何、俺に口答えしちゃうの? 自分の立場、本当に分かってる? それともまず、その足りない頭からイってみよっか?」
「ヒィッ……!!」
銃口を蟀谷へぐりぐりと突き付けられ、怯えきった男が涙を浮かべた、その時。
「テメエの機嫌を人に取ってもらうクセして、気に入らなかったら殺すのな。とことんまで見下げ果てた野郎だ」
男達へ、知らない誰かの声が掛かる。
戸口に立っていたのは、黒髪の男が一人と、白髪の女が一人。
「諸々の事情により、貴方がたを捕縛させていただきます。投降を強くお勧めしますが、どうされますか?」
二人が彼等に向ける視線は揃って、研がれた刃のようだった。




