第四話 『華火』
あなたの気持ちが嬉しすぎたから 運命を憎んだ
夜空を彩る花火
二人を照らし出す光
そして 大切な言葉
全てがドラマのワンシーンみたいで
あたしは ひと夏の夢に溺れてしまったんだ
理由は言えなかったけれど
本当に嬉しくて 悲しかったよ
ごめんね……
――――――――――――――――――――――――
「明日は花火大会に行こう♪」
いつもの様に『世界樹』の下で過ごしていると、何の脈絡もなく唐突に彼女が言い出した。
間の抜けた表情をしていたであろう俺を見て、再び話を始める。
「明日はなんと、隣町で花火大会が開催されます♪」
この村にはスーパーマーケットなんてものも存在しないので、車で隣町まで買い出しに行くことが多い。俺も何度となく家族で行ったことがあった。
「隣町って、車でも30分はかかるんですけど?」
「大丈夫、自転車があります♪」
「ウチ、自転車ねぇんだわ。じいさんばあさんは危なくて乗らないし…」
「あたしの自転車があります♪」
…………………………………………………。
「えっ、隣町って、車でも30分はかかるんですけど?」
「大丈夫、あ・た・し・の・自転車があります♪」
………………………………………………………………。
しばらくの沈黙の後、観念した俺が口を開いた。
「漕ぐのはやっぱり……?」
「頑張れ、世界の西野♪」
あらやだ素敵な笑顔☆
いっそ世界を目指してみるかコンチクショー!
次の日。ここに来て5日目の夕暮れ時。いつもの場所で彼女を待つ俺。
すると向こうから、自転車を押しながらトテトテと浴衣姿の少女がやって来る。
「うんちゃ♪」
「いつの時代のあいさつだよ!?」
「じゃ、宜しくね♪」
そう言って自転車を俺に押し付け、後ろの荷台に腰を下ろした。
「アイタタター、持病の生理が!これじゃ漕げないや」
「………………」
「…はい、スイマセン……」
ジトッとした視線に射抜かれて、諦めた俺はペダルを漕ぎ始め、半ばヤケクソ気味におよそ1時間ちょいのレースに挑んだ。
「くそーっ!女子との自転車二人乗りは10代の男子なら誰もが望むシチュエーショントップ10に入る程の感動的場面だから体験できるなんて夢のようだよ!生んでくれてありがとうね母さん!」
おかしくなったテンションと思春期の衝動はもう誰にも止められやしない!
「……かなりキモイな。引くわ」
後ろから割とガチな小言が聞こえてきたけどロマンティックが止まらない!
潮風が吹き抜ける海沿いの国道を、結構なスピードで飛ばしていく自転車。
これは1時間持たないなと思い、少しペースを落とすと同時に、後ろから罵声が飛んだ。
「コラっ、手を抜くんじゃないの!そんなんじゃ『世界の中野』は超えられなくてよ!」
「何そのキャラ!?ってか、しっかり掴まってろよ!」
「はーい!……風が気持ちいいね♪」
俺の腰に手を回して、彼女は笑った。
再び加速する自転車。水平線に沈みゆく太陽。傍には好きな女の子。
全てが、鮮やかに彩られた青春の1ページ。
1時間後に到着したその場所は、隣町でも俺の知らない、割と大きなグラウンドだった。
村の祭りとは規模が違い、出店の数も人の多さも桁違いだ。
人込みをすり抜け、近くの屋台でジュースを買って、俺は渇き切った喉を潤しながら、花火が打ち上げられる時間まで少し休むことに。
すると、彼女が唐突にコントをし始めた。
「放送席~放送席~、ヒーローインタビュー。本日は、『ママチャリ二人乗り1時間全力疾走』という快挙を成し遂げました、西野選手にお越し頂きましたー。いや~西野さん、やりましたね~」
俺は仕方なくそれに応じることに。
「ありがとうございます」
「どうですか?今の心境は」
「いやー、体はボロボロですけど、達成出来てよかったです。もう、クララが立った時のハイジくらい嬉しいですね。つーかハイジ超えたかもしらんね」
「レースに臨む時は、どんな気持ちでしたか?」
「ほぼ強制的ではありましたが、もうやるしかない!って感じでした。こんなのは3年前のあの時以来ですね……。いやーあの時は本当に大変でした。まさか『あんなこと』が起こるとは思ってもみなかったからね」
「そーですか。それでは最後に―――」
「スルーですか」
「今後の決意を熱く語ってスベっていただきたいと思います。宜しくお願いします!」
「スベるの確定かよ!?もうえ~わ」
「アハハハハハハっ♪」
爆笑の後、一息ついて石のベンチに腰を下ろした彼女は、今か今かと待ち侘びた様子で空を見上げ始めた。
そんな姿が愛らしく思えた。
突如、空に大きな光の花が咲いた。
「ぴょんちゃん、ぴょんちゃん!始まったよ!」
俺の服を引っ張りながら、嬉しそうに彼女が言った。
「見てるよ。ってかもう何でもいいわ、名前」
そこから次々と咲き誇る色とりどりの花たちは、目まぐるしく色彩を変えながら、夜空に鮮やかな夢を描く。
「きれい……」
無意識にそう呟いていた彼女の横顔を、七色の光が彩った。
俺はその情景に魅入ってしまった。
『目が釘付けになる』というのは、こういうことを言うのだろう。
思えば、初めて出逢ったあの日から、自分でも不思議なくらい、この胸に彼女を想い描いている。今までのどんな恋よりも、夢中になっている自分がいた。
純粋さを宿した大きな瞳も、薄紅色の艶やかな唇も、長いまつ毛も、か細い肩も、小さな手のひらも…。
その全てが、ただこの心を奪う。
その全てが、ただこの心を締め付ける。
本当にもうどうしようもないくらい彼女に惹かれていた俺は、抑え切れない言葉を口にしていた。
「キミが好きだ、彩夏」
「えっ……?」
夜空から俺に視線を向けた彼女は、キョトンとした表情をしていた。
伝えられずにいられなかった想いは、キミと出逢ったこの夏に咲いた。
俺はもうすぐ自分の街へ帰る。後悔だけはしたくなかった。
それでもこの胸は、悲鳴をあげた様に鼓動を速める。
永遠にも感じる数秒の中で、幾つもの花たちが夜空に咲いては消える。
無言のまま見詰め合う二人。
すると彼女は急に視線を逸らし、切なげな表情を見せた。
「……ごめん、京一の気持ちには応えられないの……」
俺は言葉を失った。
勿論、その可能性だってあるはずだった。
……俺はただ、一人で浮かれていたんだと思う。
淡い期待は打ち上げられた華火と共に、真夏の夜空に散っていった……。