第三話 『夏祭り』
不意に繋いだその手は 不器用なまでの『意志』
握り返したこの手は 戸惑いとは裏腹な『答え』
それは 生まれて初めて味わう 甘酸っぱさ
林檎飴を片手に 浴衣姿ではしゃぐ
少女みたいな恋をした―――
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明け方まで眠れなかった。
今日も休むことなく、蝉たちは短い命を謡い続ける。
寝不足気味の身体を起こし、今夜の祭りのことを考えた。
「楽しみじゃない」と言えば嘘になる。というか眠れなかった程だ。
(遠足前夜の小学生か俺は!?あるいは恋する乙女か!?)
自虐的なツッコミを心の中で放ち、居間へと向かう。用意された昼食を平らげると、夜までの時間を、家でテレビでも見ながらのんびり過ごすことにした。
時刻は18時50分。一足先に待ち合わせの場所に着いた俺は、傾き始めた夕陽を眺めながら彼女の到着を待つ。
少しすると、いつもと同じ方向に人影が見えた。
小走りで駆け寄った俺は、今日の彼女の姿に思わず見惚れてしまっていた。
昨日の別れ際に言っていた「楽しみにしててね♪」との言葉の意味がようやく分かった。
鮮やかな青色の浴衣、結われた長い髪、少し恥ずかし気に笑う少女。
「浴衣って初めて着てみたんだけど、変じゃないかな……?」
アンタそんなキャラだったっけ!?と思う程、赤面した彼女が弱々しく尋ねる。
「大丈夫だ。これは10代の男子なら誰もが望むシチュエーショントップ5に入る程の感動的場面だ。まさかそれを体験できるなんて夢のようだよ。俺、生きてて良かったよ母さん!と思うくらい似合っているぞ」
「……ちょっとキモイな。少し離れて歩こうかな」
そう言って、汚い物でも見るかの様な彼女の視線から逃れる為に、俺は海辺へと続く道を歩き始めた。
「ウソウソ!待ってよ、ぴょん吉!そんなに早く歩けないって!」
「なんかもう名前の原型留めてねぇよ!」
例によって馬鹿話を繰り広げながら、二人並んで歩いていく。
「村の祭りなんて5、6年振りだな。ちょっと楽しみ」
「まぁ、お世辞にも立派なお祭りなんて言えないけど、大事なのは雰囲気よ!『夏と言えば祭り』的な!アハハ♪」
余程祭りが楽しみなのか、いつもより彼女の口数が多いような気がする。俺もそれにつられて笑った。
数年ぶりに訪れた村祭り。広場には出店が10軒程並び、中央に小さめの櫓が一つ建てられおり、記憶の中の祭りの風景とほぼ同じ、小ぢんまりとしたものだった。
それでもこの村では唯一の祭り。盆踊りを楽しむ年配者、綿菓子を片手に走り回る男の子、金魚すくいに夢中になる女の子、酒盛りを楽しむ大人たちで活気づいていた。
「いいもんだな…、こういうのも」
呟く俺の隣で彼女は微笑んだ。
とりあえず、出店を順番に歩いて見て回る。
「あっ、林檎飴だ!食べたい食べたい♪」
子供の様に彼女が言った。
「はいはい、買ってきなさい」
「財布を~忘れて~、陽気~な彩~夏さん♪」
「……なんか、腹黒い意図を感じるんだが…」
「えへへ~♪それって褒め言葉だよね?」
「どんだけ前向きなんだよ!?ったく…」
仕方ないと溜め息をついて、俺は目当ての物を買い与える。
「ありがとう♪マンモスうれぴー☆てゆーかマンモス超えたかもしらんね!」
「昭和のアイドルかキミは。……林檎飴、好きなのか?」
「別に好きじゃないけど、大事なのは雰囲気よ!『祭りと言えば林檎飴』的な!」
「俺の小遣いを返せ!今すぐに!」
すると、履き慣れていない下駄だからか、覚束ない足取りの彼女が、人混みの中でとっさに俺の腕を掴む。
「ごっ、ごめん…。こけるかと思った…」
俺は無言でそれを軽く解き、彼女の手をそっと握った。
鼓動が速まる。恥ずかしくて顔を見れない。
(手くらいで中学生男子か俺は!?あるいは恋する乙女か!?だけど青春よありがとう!)
いつもの様に心の中でツッコミを入れながら、そのまま歩く。
握り返したその手の温もりが心地良かった。
童心に帰ったかの様に、二人して夢中で遊んだ。
時が経つのも忘れて、ただ俺たちは笑った。
そして、ふと疑問に思った俺は、遠回しに尋ねてみた。
「そういや、友達と来なくてよかったのか?今更だけど」
さっきから一人も友達や知り合いに会っていないようだった。普通、こんな小さな村の祭りなら誰かしらに会うだろう。
一瞬俯いた彼女が急に明るい声で答えた。
「気にしないで。この歳になったらみんな村の祭りになんか来ないって!子供じみてるし」
「そーゆーもんかね」
「そうそう、16歳にもなったら少女は大人へと転生するのよ♪」
「じゃ、こんな祭りではしゃいでいるキミは、まだまだお子ちゃまでちゅね~」
「ムキーっ、コラーっ!」
そんな彼女の言葉に少しだけ違和感を憶えたが、俺はあまり気にせず祭りの夜を楽しんだ。
去年までとは比べ物にならない程の、この村での有意義な時間を噛みしめながら、心踊らせながら、俺はこの夏の出逢いに感謝した。
この光景を目に焼き付けておこう。
嬉しそうに笑う横顔を見詰めながら、そんなことを思っていたんだ…。
夜も更けると祭りは終わり、今日もバス停の前で別れを告げる。
「じゃあここで。今日はありがと♪また日記のネタが出来たよ♪」
「良かったな。俺も久々にスゲェー楽しかったよ」
「ほんと男の子はいくつになっても子どもなんだから~♪」
「オメーが言うな!」
「『やっぱ男は恋より冒険だぜ!ドラ○ンボールを探しに行くぜ!』的な!」
「いや、ソレもはや厨二病だから!」
「シェン○ンにギャルのパンティを貰いなよ♪」
「ワシはウー○ンかい」
「アハハハ♪」
「……………………」
「……………………」
別れを惜しむ様な、僅かな沈黙の時間が流れる。
「…じゃ、またな」
「うん、またね」
互いに手を振って家路を歩いた。
「あと4日か……」
溜め息と共に吐き出した言葉。
甘くて苦い夏の匂いが、切ない程この胸を締め付けた―――