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第二話 『世界樹』

何も気付いていないあなたに 


ほんのちょっとだけ苛立ちを覚えたから 


教えてあげる 秘密のかけら


 この村に伝わる ひと夏の奇跡―――






――――――――――――――――――――――――





昼過ぎに目覚めた俺は、用意されていた昼食を腹にかき込むと、すぐさま身支度を整えて家を飛び出した。行く先は勿論、彼女の待つあの場所だ。

昨日と同じ様に川沿いの道を歩く。噴き出す汗も、炎天下の暑ささえも気にならないのは、『お気に入りの場所に行くから』だけではないはずだ。

大樹へ向かう道の途中にあるバスの停留所付近、昨日少女と出逢った場所に来た、その時だった。

「きょんいちーーーっ♪」

不意に前方から聞こえた声に顔を上げると、知り合ったばかりの少女が自転車に乗って近づいて来る。一瞬で胸が高鳴るのを感じた。

「良かったぁ~、向かってくれてたんだね。待ち切れずに来ちゃったよ♪」

俺の前で自転車を停めた彼女が、眩しい笑顔でそう言った。

「約束したからな。いや、アレは約束じゃねぇ、押しつけだ。あと『きょういち』だ」

「まぁまぁ、どうせこっちには友達も居なくて暇なんでしょ?さぁ、乗った乗った♪」

冗談っぽく嫌味を言う俺をあやすように彼女はそう言い放ち、俺に自転車を引き渡すと後ろの荷台に腰を下ろした。

「ごめん、俺…自転車にだけは乗るなって、医者に止められてるんだ」

「はぁ?何よその医者」

「……近所のヤブ医者」

「じゃ頑張れ、世界の西野♪」

「俺は別に競輪で世界を制してねぇよ!」

そんな馬鹿話を繰り広げながら、観念した俺はなまった体に鞭を打って、あの場所へと続く坂道を自転車で駆け上った。

そこから見える風景は去年と変わらず、壮大かつ幻想的だ。

そして、今度は身体いっぱいに心地よい風を受けながら、緩やかなスロープをゆっくりと下って行く。

小川をまたぐ橋を渡り、川原に自転車を停めて、草原の中を二人で進む。

やがて辿り着いたその場所は、悠久の刻を思わせる神々しさで、見上げる俺を包み込んだ。

「本当に変わってないな…、子供の頃から、何年経っても」

思わず呟いた。

「この場所は変わらないよ。ずっと…、これからも…」

「そうあって欲しいな…、この場所だけは」

「フフフ♪」

穏やかに微笑みながら、彼女が続けた。

「ねぇ知ってる?この『世界樹』の言い伝え」

怪訝な顔をしていたのか、俺を見て彼女は笑った。

「この『世界樹』の下で同じ夢を見続けるとね、その夢が叶うんだよ」

何そのギャルゲーにありそうな設定!とツッコミを入れそうになりながらもそれを止めたのは、彼女の顔が真剣そのものだったからだ。

「ただし条件があるの。一つは純粋な夢であること。欲深い夢や悪意のあるものはダメ。

二つ目は何度も何度も同じ夢を見続けること。 最後は…、その夢が叶うのは、僅かな夏の間だけ」

疑問に思った俺は尋ねた。

「何故に期間限定?」

「いつしか人が夢を掴む努力を怠るようになるから」

「あぁ…なるほど。でも夏じゃなくてもいいような…。で、その夢を樹の妖精さんか何かが都合よく叶えてくれると?」

「違う、神様」

「はぁ…」

思わず呆れて言ってしまったせいか、彼女は少しむくれた様子で答えた。

「この『世界樹』は、古くからこの地を護る御神木なの!だから神様!」

「御神木?しめ縄してないじゃん」

「しめ縄は形式よ!神様が宿る樹を御神木というの!」

「ふ~ん。でも夢が叶うってのは単なる伝承だろ?そんなものを信じてんの?」

そんな俺の言葉を優しく打ち消す様に、急に大人びた表情を浮かべた彼女が呟いた。

「本当だよ。だからあたしは……」

その言葉の続きを聞こうとすることよりも、目の前の少女の少し儚さを纏ったその横顔に、俺はただ瞳と心を奪われていた。


陽が傾くまで、『世界樹』の下で他愛もない話をした。

俺は根っこを枕に仰向けになり、葉と葉の隙間から覗く空を見ていた。

隣に座り込んだ彼女は、今日もせっせと日記を書く。

時折吹き抜ける風が、彼女の長く綺麗な髪をなびかせた。

ふと、さっきその少女から聞かされた伝承のことを考えた。

(夏の間だけ夢を叶えてくれる、『世界樹』か…)

もしそれが事実なら、俺はどんな夢を願うだろうか?

少女と過ごすこんな日々が、ずっと続けばいいと今は願うだろう。

夏の間だけでも、ずっと……。

「さてと」

俺の思考を遮る様に、不意に立ち上がった彼女が言う。

「きょん吉、明日も暇してる?」

「いや、超忙しい。てか誰よソレ」

「なぁんだ。じゃ、明日のあなたの予定を想像するだけにしてあげるね♪きょん太のお気楽な一日~☆」

「だから誰よソレ」

「昼の12時まで惰眠を貪る。12時2分、トイレに行く。12時4分、顔を洗う。12時9分、布団をあげる」

「分刻みのスケジュール?大統領バリじゃん」

「12時12分、金魚に餌をあげる。12時15分、昼食をとる。12時35分、金魚を眺める。そして餌をあげる」

「いやいや、金魚可愛がり過ぎじゃね!?」

「13時5分、怠惰に人生を生きる。13時15分、床にセロテープを貼ったり剥がしたりする。13時38分、金魚に話しかける。そして餌をあげる。13時46分、金魚しか友達がいない」

「根暗な子みたいになってんじゃん!?ってかもうほとんどスケジュールでも何でもねぇし!」

「18時32分、金魚に餌をあげる。19時28分、もう金魚しか愛せない。19時52分―――」

「分かったよ!もうやめてくれ!明日も明後日もずっと暇です!つーかウチ金魚飼ってねぇよ!」

「明日は海辺の広場で村のお祭りがあるの。一緒に行かない?」

なんて切り替えの速い女だ。コイツ…、出来る!

「村の祭りかぁ…」

きっと子供の頃に何度か連れて行ってもらったことがある、質素なあの祭りのことだろう。

「行くよ、久しぶりだしな。じゃあ、今日の所で待ち合わせするか?」

「そうね、時間は夜7時で!楽しみにしててね♪」

と、少しはしゃぎながらそう言った彼女の言葉に、僅かばかりの疑問を抱きながら、俺たちは自転車を停めている川原へと戻った。

俺の夏が始まった場所――――。小さなバス停の前で別れを告げ、それぞれの家路を歩く。

少し離れた所から、ふと声が聞こえた気がして振り返ると、大きく手を振る彼女の姿がそこにはあった。俺も片手を上げてそれに応え、再び家路を急いだ。

……昨日よりも惹かれてるんだと思う。

……気恥しくなって頭を振った。

(これって、ひと夏の恋?)

そんな考えが頭をよぎった瞬間、俺は何処か不安を感じ、振り払うかの様に川沿いの道を駆け抜けた。


今はまだ、この気持ちの答えを出す必要もないはずだから……。




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