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第38話 更なる欲望の犠牲者

「黙って聞いてればさっきから何勝手なこと言ってるのよ!? あんたたちみたいな泥棒猫には地球もお兄ちゃんも絶対に渡さないんだからね!」


 泥棒猫呼ばわりをしたアリサちゃんの方が毛を逆立てた猫みたいになって怒っていた。


「ではあなたには、何か他に代替案があると言うのですか?」


「え!?」


 おっとりとしたラティファさんの切り返しに、怒っていたはずのアリサちゃんが言葉に詰まる。


「このままだといずれ帝国は地球に再度侵攻するでしょう。緩衝宙域が消滅しつつある現在、状況は当初の想定より悪化しています。帝国寄りの位置関係となる太陽系の存在を放置することは、将来の連邦の橋頭堡や帝国の横っ腹を脅かすクサビとなる危険すらあります」


「で、でも連邦は政治的に手出しできないって言ったのはあんたじゃない!」


 アリサちゃんの必死の反撃にもラティファさんは動じなかった。


「だからといって軍事的な不安要素を放置するほど帝国は甘くありません。他の戦線が落ち着けばいずれは艦隊を差し向けて占領に取り掛かります。それを防ぐ手立てが、あなたには他にあるというのですか?

 それとも故郷の星が帝国に蹂躙じゅうりんされて圧政に苦しむのをよそに、いとしのお兄ちゃんと逃避行でも試みますか?」


「うぐぐぐぐっ」


 歯を食いしばって悔しさをこらえるアリサちゃんにラティファさんがわざとらしく怯えてみせる。


「まあ、そんな怖い目でわたくしを睨まないでください。夜中に一人でトイレに行けなくなるではないですか」


「あ、あんたねえ…」


 そう言ってアリサちゃんが遂にラティファさんに飛びかかろうとしたその時、


「それにあなたには、第二夫人になってもらわねばなりません」


 その言葉で飛び出しかけたアリサちゃんが急に勢いを失う。


「第二夫人!? って何なのよ、それは……」


 聞きなれない言葉にアリサちゃんが戸惑っていた。

 そんなアリサちゃんにラティファさんがシレッと言ってのける。


「分かりやすく言えば正式な愛人、でしょうか」


「愛人!?」


 驚くアリサちゃんの横で僕は顔をしかめる。話がまた1つ悪化していた。


「連邦出身のあなたが第二夫人として存在していたなら連邦の商人たちも安心します。密貿易の呼び水として、あなたは格好の宣伝材料になるのですよ」


 そしてラティファさんはアリサちゃんもしっかり道具として使う気だった。


「それってただの客寄せパンダじゃない!」


 もっともな怒りに、だけどラティファさんは首を振ってそれを否定する。


「いいえ、あなたの役目はそれだけではありません。帝国と一戦交えて煮え湯を飲ませた連邦出身のあなたが第二夫人として取り立てられているのを見れば、あちらの政治家にも冷静な議論が成り立つ交渉相手だと気付く者が現れるでしょう。そうすれば連邦との政治的なパイプを持ちやすくなります」


「それもあまり変わってないわよ!」


 ラティファさんはそんなアリサちゃんをなだめるように語り掛ける。


「とはいえわたくしの案なら、2番目とはいえさとしさんの妻になれるのですよ? このまま妹どまりでいるよりはかなりマシな未来かと思いますが」


「そ、そんなことないもん! お兄ちゃんは普通に私と結婚してくれるもん!!」


 アリサちゃんの叫びにラティファさんがフッと失笑を漏らす。


「ですが、あなたは自分から押し倒そうとして既に拒絶されているのではないですか? あざとい妹アピールをやり過ぎたのが失敗でしたね。

 聡さんの中であなたはもはや守るべき家族として刷り込まれ過ぎていて、恋愛対象と見るには不適格です。あなたを恋人にすれば兄としてつきまとう罪悪感と責任感を前に激しい葛藤とプレッシャー、それと自己嫌悪から逃れられません。そのような関係では長続きせずにお互い傷付くばかりでしょう」


「そ、そんなあ……」

 

 何やら身に覚えがあるのか、アリサちゃんがガーンとショックを受ける。


「その点姉さんならそのような懸念なく、思う存分、恋愛対象として見られます。庇護欲の対象であるあなたと違って戦乙女のように凛々しく年上の姉さんが相手なら、気兼ねなく頼ったり甘えたりすることができるのです。

 そして時にそんな姉さんが逆に甘えてくるギャップ萌えの破壊力。それはつまり、普段は厳しい女上司がベッドの中では可愛くおねだりしてくるようなプレイすら可能だということです!」


 あ、それはちょっといいかも。


さとしさんの流されやすく自分に自信のない優柔不断な性格からして、どちらの相手を選んだ方が幸せになれるかは自明のことでしょう」


 そ、その分析は僕も否定できない。

 そしてそれはアリサちゃんも同じだったみたいだ。もはや反論の言葉すらなくうなだれる。


「そこで、第二夫人です。あなたがたの関係を統治機構の中に組み込んでしまえば、そこには大義名分ができます。これは帝国の中で連邦出身のあなたの立場を守ることにもなりますし、それを利用して帝国による地球の統治にあなたが口を出すことだってできるでしょう。

 そうして第二夫人として外堀を固めてしまえば、流されやすい聡さんならきっとあなたとの夫婦関係を受け入れてくれますよ」


 その言葉にアリサちゃんがよろよろと顔を上げる。


「ほ、本当?」


 アリサちゃんの心細そうな問いに、ラティファさんは力強くうなずいた。


「ええ、約束します。これがあなたの立場と地球の平和を守ることに繋がるのだと、そう卑怯な言い訳をしながら罪悪感というかせを外し、思う存分あなたを汚してくれるはずです。これまで盗んだあなたのパンツにそうしてきた以上にです」


「わ、私がしぶるお兄ちゃんの上で勝手に動くんじゃなくて、お兄ちゃんから私を襲ってくれるの?」


「そうですよ。それどころかこれまで無理に欲望を抑えつけていた反動で、今までの妄想の全てをあなたにぶつけてその体をもてあそんでくれるはずです」


「…………嬉しい」


 ああ、交わされてる会話は最低なのに、なぜかアリサちゃんがほっこりとした笑顔を浮かべている。


「その代わりあなたは正妻である姉さんの立場を尊重して、普段は聞き分けのある妹として振舞うのですよ。子供じみた独占欲で姉さんを困らせたりなんかしたら、すぐにあなたを粛清して聡さんと永遠に別れ離れにしてしまいますからね」


 アリサちゃんはあせったようにブンブンと首を上下に振る。


「大丈夫! アリサ、お行儀よくお兄ちゃんが部屋に来るのを待ってる!」


「いい子ですね。常にそうしていてくれたら、わたくしが聡さんのお尻を蹴り飛ばしてでもあなたの部屋に行くようにしますからね」


「うん!!」


 それは、アリサちゃんが堕ちた瞬間だった。





 アリサちゃんを苦も無く陥落させたラティファさんがゆっくりと僕に振り返る。


「そういうことでよろしいですよね、聡さん」


「い、いいわけないじゃないですか!?」


 僕はここぞとばかりに叫んだ。


「僕、遊園地でちゃんと言いましたよね? お姉さんとアリサちゃんとのことが僕なんかには荷が重過ぎるって! 地球の命運を左右することだってそうです。なのになんで僕が王様になっちゃってるんですか!!」


 それを聞いたラティファさんが「はて?」と首をかしげる。


「王様はあくまで姉さんですよ? あなたはその夫というだけです」


「僕にとってはどちらも大して変わりません! しかもアリサちゃんが第二夫人って、それは一体どういうことですか!?」


 するとラティファさんが苦笑した。


「本当にそうですね。女王のヒモのくせに第二夫人まで持つだなんて、身の程をわきまえろという話ですよね」


 その他人事のようなセリフに僕は切れそうになる。


「そう思ってるなら何とかしてください!!」


 するとラティファさんが不意に真顔になった。


「ではあなたならどうできるというのですか。わたくしの案以外に、この状況をうまく切り抜けられますか?」


 それを言われると僕はアリサちゃんと同じく何も反論できない。だって僕は、ただの役立たずの変態紳士に過ぎないのだから。


「わたくしの案なら地球の平和は維持できますし、姉さんやアリサさんの幸せだって守れます」


「で、でも僕の心の平穏は守れてませんよね!?」


 僕の魂の叫びに、だけどラティファさんはまるでゴミクズを見るような冷たい目をした。


「まさかあなたは、姉さんと結婚することが不幸だとでも言うつもりですか?」


 その声に、一足早く妄想の世界の住人になっていたサミアさんまで我に返って僕に注目し始める。


「どうなんです?」


 ラティファさんからの最後通牒とサミアさんからの不安そうな視線に、流されるまま生きてきた庶民の僕はこう答えるしかなかった。


「い、いえ。とても、光栄です……」


 すると2人は途端に笑顔になった。

 サミアさんのホッとした笑顔の横にラティファさんの感情を感じさせない笑みが並ぶ。


「まあ、よかったです。もし姉さんを悲しませるようなら、わたくしはあなたをとことんまで『説得』しなければいけなくなるところでした」


 その説得の中身が何なのかは怖くてとても聞けなかった。


「ですが安心してください。あなたに政治的な手腕や貴族的な振舞いなど、わたくしはまったく期待していませんから。姉さんを大切にしていてくれさえすれば、あとはその頼りない笑顔で手を振っているだけで結構です」


 つまりは、僕なんかの限界はとっくに見切られているということだった。


「圧倒的に不利な状況の中、たった1隻で5隻もの敵艦を大破撃沈してのけた撃墜王の笑顔なら、それだけで人々は勝手に畏怖いふすることでしょう」


 そしてそのフォローが僕には一番重い。

 作られた英雄ってとてもピエロだなあ。でもその方がハッタリが効いてラティファさんの策には色々と都合がいいんだろうなあ。

 僕は遠い目でそんなことを考え始める。

 もうこうなったら、あとはどうにでもなあれと最後まで流されるしかなかった。





「ところで、あなたと親しい地球人の独身女性にどなたか心当たりはありませんか?」


 ラティファさんの問いに僕は死んだ魚の目で答えた。


「どうしてですか?」


「首脳陣が精神感応者ばかりでは連邦にも地球にもウケが悪いので、あなたの非公式な愛人ということにしてどなたか一般人が身近に存在していたらと思ったものですから。

 できれば政治工作的なことを将来になえそうな人材が望ましいですね」


 僕はブッと噴き出した。


「なんで更に僕の愛人を増やそうとするんですか!?」


 そして無茶ぶりもいいところだった。ただの変態紳士な学生に過ぎない僕の交友関係を一体何だと思ってるんだろうか。


「なぜって、もちろんそれが一番手っ取り早いからです。わたくしたち姉妹を毒牙に掛け、アリサさんとユニゾンドライブができる撃墜王のあなたを中心にこの策は回ります。特に連邦への工作を考えると、純粋な地球人のあなたの愛人というのが連邦側は最も接触しやすいはずです」


 ラティファさんはそこで軽くため息を付く。


「アリサさんも確かに使えるのですが、彼女には軍事的な側面しか才能を期待できませんし。精神感応者なので警戒や反感も同時に持たれてしまう可能性がありますから」


 僕はその飽くなき野望への布石に唖然とした。

 そして女性閣僚を世論の支持狙いで入閣させる感覚で僕の愛人を増やさないで欲しい。


「まあまだ学生で、アリサさんだけで手一杯だったあなたにそのような人材の心当たりがあるはずありませんよね。それに下手な人を採用して姉さんを悲しませるようなことになっても問題です。

 いいです、この件はまた落ち着いてからどのような方策を取るか検討することにいたしましょう」


 そう苦笑するラティファさんを眺めながら、僕は不意に部長の顔を思いだしていた。

 精神感応者ではない普通の地球の女性で、僕とまあまあ親しくて、国の防衛組織というか諜報機関みたいな部署に所属していて裏工作とかも得意そうだ。

 おまけに最近婚活まで考えている絶賛恋人募集中の人だった。そしてその大人な色気はまさに愛人にぴった…り……


「ってなんで僕の顔を覗き込んでるんですか、ラティファさん?」


「その顔は、どなたか心当たりがありますね?」


 ラティファさんのニコリとした笑みに僕はブンブンと首を横に振って否定した。


「分かりました。あとで調べておきます」


 部長、今すぐどこかに逃げて~~~~!!







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