第37話 実はあった卑劣な捕虜虐待
「そ、それで……、一体どうしてそんな話になるんですか?」
アリサちゃんをなだめがら僕はラティファさんの真意を確認しようとした。
「連邦が手を引き、帝国から当面の再侵攻がないとはいえ、地球の置かれた立場は非常に脆弱です。損傷艦の救助中に得た最新情報によると、どうやら戦線は膠着状態におちいる公算が高いとのことでした。もしそうなれば、帝国は遠からず再び地球に侵攻するでしょう。
もはやここは悠長な緩衝宙域ではなく、国境付近の紛争地帯となりつつあります」
どうやら今回の帝国と連邦の衝突で緩衝宙域というモラトリアム自体が消滅しつつあるみたいだ。
「地球は今や帝国寄りの場所に位置する上、少年兵による禁止兵器の使用という事実は世論を非常に気にする連邦が絶対に関わりたくない汚点でしょうから、連邦の邪魔はありえません」
あの政治将校の態度からするとそうだろうなあ。
「そこでです。遠からず帝国の支配を受けるのなら、ここは地球占領を姉さんの手柄ということにしてその領地となった方がよくはないですか?」
そう聞かれて、僕はその考えをすぐに否定することができなかった。
確かにこのまま徹底抗戦したあげくとんでもない領主による報復の圧政を受ける可能性を考えると、今ここでサミアさんに降伏してその支配下に入った方がものすごく安心できる。
「で、でも、そんなことが本当に可能なんですか?」
「そうだぞラティファ! 主流派にうとまれている自分が領主になど、そう簡単になれるはずがないではないか」
それでもラティファさんは動じなかった。
「いいえ、可能です。姉さんとわたくしが代わりに皇位継承権を返上すればよいのです」
「こ、皇位継承権をか!?」
驚くサミアさんをよそにラティファさんは説明を続ける。
「事故や病気に暗殺や戦争など、不測の事態によって思いもよらぬ者が皇位を継ぐことが歴史上なかったわけではありません。ましてや今は連邦との戦争中です。その大逆転の芽を事前に摘むと思えば、こんな辺境で連邦との紛争地帯に位置する未開の惑星など安いものです」
なるほど、事実上の島流しみたいなもんだろうか。
おまけに連邦の侵攻で死んでくれればなおありがたいという思惑すら成り立ちそうだった。
だけどそうすると…
「それでラティファさんたちはいいんですか? そちらには何もメリットが、ないと思うんですけど」
僕の疑問にラティファさんは穏やかに首を振った。
「わたくしは姉さんが幸せならそれでいいのです。帝国内での醜い政争を離れ、好きな男の子とたわむれる姉さんの姿は本当に幸せそうでした」
「ラティファさん……」
「それに、地球には素晴らしい文化があります。わたくしはそれらの書物や映像をそっと愛でるだけで十分楽しいですよ」
お姉さんの幸せのために自分も島流しに付き合い、静かに読書をして過ごすだけでいいだなんて、なんていう姉妹愛だろうか。
そういえばアリサちゃんの屋敷に引きこもってもらっていた時も、ラティファさんたちは僕らの蔵書をよく読みふけっていたっけ。
サミアさんのお相手が僕だという重大な欠点にさえ目をつむれば、それは感動を誘う話だった。
だけど、僕の感動はそこまでだった。
「そうしてこの地球の、いいえ秋葉原のマンガやアニメをちょっと帝国風に仕立て直せば、それだけで帝国中に一大ムーブメントを巻き起こすことが可能です。
しかも情報媒体なら全くかさばらないので宇宙貿易には最適の品です」
あれ、何だろうか。なんだか話がおかしくなってきたぞ。
「これはもの凄い巨大コンテンツになりますよ。帝国の停滞して様式に凝り固まった娯楽に慣れ切った臣民にとっては革命的なことです。まるで麻薬を求めるがごとく人々が群がることでしょう。それは当然、莫大な財力をわたくしたちにもたらすことになります」
ぜ、全然姉妹愛じゃなかった……。
「帝国で話題になれば、利にさとい連邦の商人たちも当然放っておきません。国境付近という位置関係も密貿易にもってこいです。帝国だけでなく、連邦相手にも大きな取引が可能となります。
その巨額の密貿易が分かっても、連邦は地理的要因と政治的要因が重なって手出しができません」
そうして話はどんどん大きくなっていく。
「帝国と連邦の双方の商人が群がってくるということは、この地球に政治・経済を含むあらゆる情報が集まるということでもあります。それは更に膨大な経済効果を生み出すだけでなく、政治的にも双方の窓口になれる唯一の存在として両勢力のキャスティングボートを握れます。
流す情報を選んでいけば、こちらの思惑通りに双方を誘導することすら可能になるかもしれません」
うわあ、とても腹黒できな臭い話だった。
ヨーロッパとアラビアとの中継貿易で十字軍を経ながらのし上がったベネチアと、東西冷戦の中で熾烈なスパイ合戦の最前線になったベルリンの話を聞いてるみたいで、とても穏やかな隠居暮らしには聞こえない。
僕がそう引いていると、サミアさんがその考えに疑問を呈した。
「そううまく事が運ぶものかな? それに帝国とてバカではないのだ。それほどこの星の文化に魅力があるなら事前調査でそれに気付いて、領地にすることを認めてくれぬかもしれないではないか」
「帝国がこの星独特の文化の価値に気付くかという問題は、もうこの星の歴史が答えを出しています。大人たちが子供だましとあなどっていたマンガやアニメは、今や世界中の多くの大人やスターにも影響を与え、一大産業や文化事業になりつつあります。地球を未開の惑星とあなどる帝国がその莫大な価値に気付くのは恐らく手遅れになってからでしょう。
それに万一貿易がそこまでうまくいかなくてもこちらに損はありません。少なくとも領地運営の足しになるだけのお金は稼いでくれると思いますから」
「そ、それはそうかもしれぬが……。それでも自分がいきなり皇位継承権を返上してまでこの星を欲しがるのはちょっとおかしくないか? そこを勘繰られたらこちらの思惑を探られてやはり邪魔されるかもしれぬぞ」
その疑問にラティファさんがニコリと微笑んだ。
「そこで姉さんの出番です」
「自分がか?」
いぶかしげなサミアさんに澄ました顔でラティファさんが続ける。
「申し訳ありませんが、姉さんは捕虜となっている間に身も心もすっかり汚されていやらしく調教されたことになってもらいます」
うん?
僕、そんな酷いことしてないよね。ワイロとして差し出された下着を受け取って、その大きな胸の感触に鼻の下を伸ばしながら汚して返したくらいだよね?
それにその場でおかわりの脱ぎたて下着を渡そうとしてきたのはさすがに悪いと思って断腸の思いで断ったよ?
「そうして自らを調教した男の求めに応じて、危険で未開な辺境惑星の統治権などというシロモノを皇位継承権すら返上して求めるのです。全ては愛するその男と結婚して、男を共同統治者として事実上の国王にするためです」
うわあ。まるで結婚を餌にホストに騙されて、全財産を貢いでマンションや高級外車を買い与えるダメな女の人みたいだ。
さすがのサミアさんもそのあんまりな筋書きにショックを受けたようだった。
「そ、そのように愚かで屈辱的な真似をこの自分にしろというのか!?」
「ひたすら軍人として己を鍛え、自分を律してきた姉さんには難しい役回りだと思いますが、そうでもしないとこの策が成り立ちません。
ですがこれは、捕虜として命を救われ手厚くもてなしてもらった恩を返しと、苦境に立っている我が家の再興を図る絶好のチャンスなのです」
「いや、しかし……」
「分かります。これまでもわたくしの指示に従って女らしさを演じることに、姉さんが内心では非常に苦しんでいたことは理解しています」
「そ、それはそれなりに心ときめくものがあっていい経験だったような…」
「それでも! これからは更に女らしく迫ってください。所かまわずしなだれかかり、食事を手ずから食べさせ、隙あらば男を誘う仕草でその愛を求めるいやらしい女になりきるのです!」
「あ、愛を求める……」
サミアさんがなぜかちょっと嬉しそうな顔をした。
「その姿を貴族連中に見せつければ、あの凛々しかったサミアが哀れなものよと嘲笑われることは間違いありません。それならと、憐れみの笑みを浮かべながら地球の統治権を認めてくれるはずです。
姉さんはその嘲笑と陰口を2人の仲の良さをうらやむ嫉妬と勘違いして喜び、更にイチャイチャとし始めるバカ女になってください。そうして真の目的から連中の目をそらし続けるのです」
「そ、そこまでか……」
あ、サミアさんが引いてる。
普段の凛々しさに反して中身は意外と純情で乙女チックなサミアさんだけに、そんなキャバクラ嬢みたいな女の人を演じることにはやっぱり抵抗があるみたいだ。
これまで築いてきた軍人としてのイメージやプライドもあるだろうしなあ。
「姉さんが抵抗を覚える気持ちはよく分かります。ですが今は、それに耐えてもらわねばなりません。全ては恩返しとお家再興のためなのですよ!」
それはサミアさんにとって殺し文句だった。
ラティファさんの言葉にサミアさんは、「お、恩返し……お家再興……」と何やらブツブツつぶやいている。
「さあそのためにも、聡さんにはこれから徹底的に姉さんを自分の女として調教してもらいます」
「え、僕が!?」
突然の指名に僕は驚いた。
するとラティファさんがあきれた顔をする。
「当たり前です。わたくしたちを捕虜にしたあなた以外に姉さんのお相手をできる人がどこにいると言うのですか」
いや確かにそれはそうなんですけど、話が帝国と連邦の貿易や政治に飛んだあたりからもう僕とは関係ないかなと、そう勝手に思い込んでました。
だってスケールが大き過ぎて僕の手には余りまくるんだもの!
「分かったらこれからは口移しで姉さんに飲み物を飲ませたり、際どい衣装やコスプレ姿で連れ歩く羞恥プレイでもてあそんだり、人前で姉さんを抱き寄せながらその胸やお尻をいやらしくまさぐれるようになってください」
僕はブッと噴き出した。
「む、無理無理無理無理!! そんなの、絶対にできるわけないじゃないですか!?」
「無理でもなんでもしてもらいます。そうでないと地球は他の貴族に支配されて帝国の圧政に苦しむことになるかもしれないのですよ」
それを言われると僕も弱い。
「分かったらこれからは毎晩姉さんのことを可愛がってもらいます。幸い姉さんにも男女の経験は無いと思いますのでじっくりと愛を持って姉さんのことを繰り返し可愛がってくれれば、年下で初めてのあなたでも姉さんを恋と女性の幸せの中で溺れさせることが可能でしょう」
その前に僕があまりのプレッシャーと場違い感で溺れ死にそうだった。
「じ、自分のお姉さんをそんな風に扱ってラティファさんは平気なんですか!」
僕の必死の反論にも、だけどラティファさんは全く動じなかった。
「姉さんは傍流で絶賛没落中とはいえ皇帝に連なる皇族の一員です。普通の貴族よりも自由恋愛は難しいですし、時には家のために好きでもない相手と結婚しなければなりません。
それに比べれば今回のことは好きな男の子が相手なのですからはるかにマシです。いえ、幸運と言ってもいいでしょう」
その厳しいお家事情は庶民の僕の想像を超えていた。
「それでも姉さんが絶対に嫌ならわたくしも無理強いはいたしませんが…」
そこでラティファさんがチラリとサミアさんの方を見る。
「じ、自分に口移しで……。おまけに人前で抱き寄せられて自らの女だといやらしく主張されるというのか!?
ああ、その時自分はどんな恥ずかしい衣装を着せられているのだろうか……」
サミアさんは顔を赤くしながら身もだえていた。
「とても喜んでいるようなので大丈夫です」
「いや、どう見ても強いショックを受けてますよね? 嫌がっていますよね!?」
「本気で嫌なら相手を切って捨てる覚悟で怒りますのでアレは照れているだけです。何も問題ありません」
そう言われて、元からちょっと我を忘れて暴走気味だったサミアさんという援軍を失った僕はどうしていいか分からなくなった。
だけど、その時だった。
「問題ないわけないでしょーーーーーーーーーーー!!
そんなアリサちゃんの声が勢いよく響いた。




