第36話 帰ってきた帝国
「……ら……ア、……よ。…ちら…ミア、…答せよ」
頼みの綱だった連邦から見捨てられ、宇宙の孤児となった僕らの船に呼びかける声があった。
でも、今更どうしようもない。僕らにできることなど、もはや何も残されてはいなかった。
どこか聞き覚えのある声をそうしてボーっと聞き流しながら、どれだけの時間が経っただろうか。不意に艦橋の入口が開いた。
「どうして応答しないのだ!」
それでようやくそちらに顔を向けると、なぜか既に撤退したはずのサミアさんたちが立っていた。
その凜とした姿を見て僕はにへらっと笑った。
「ああ、サミアさん。一体どうしたんです? 何か忘れ物ですか」
「ッ!」
それを聞いたサミアさんがなぜか怒った顔をする。
「どうしたもこうしたもあるか! 心配だから撤退したフリをして反対側の宙域に潜んでいたら連邦はそそくさと帰ってしまうし、それきり貴様たちは全く動こうとしない。気になって戻ってみれば誰も呼びかけに答えようとしないではないか!」
そうか、あれはサミアさんの声だったんだ。どうりで聞き覚えがあるはずだ。
「でも変だな。ドクターはどうしたのかなあ」
僕らがちょっとくらいボーっとしていても、ドクターなら適切に対処してくれるはずだ。
「そのドクターからとにかく直接会ってやってくれと頼まれたのだ!」
そっかあ、ドクターがそんなことを。人工知能のはずなのに本当によく気が回るなあ。
「事情は既にドクターから聞いている。だから落胆するなとは言わん。
だがこの有様はなんだ! もし我らが敵だったら一体どうするつもりだ!?」
それを聞いて僕はプッと噴き出した。
「やだなあ、サミアさんが敵なわけないじゃないですか。
それにもし敵だとしても、もう地球は終わってるんです。僕らが今更頑張ったって……いや、頑張っちゃったからだったかな。アハハハハ」
僕としてはちゃんと現状分析をしてみたつもりだけど、なぜかサミアさんがワナワナと震え始める。
「ふざけるな!! 絶望的な状況に立ち向かい、幾度もそれをひっくり返した貴様はどこにいったのだ!」
未だにそんな僕の虚像を追いかけるサミアさんが僕は妙におかしかった。
「それは全部たまたま上手くいっただけですよ。盗んだ下着をコソコソと汚す程度の能力しかない僕に、一体何を期待してるんですか?」
「くっ」とサミアさんの顔が歪む。
どうやらようやく自分の勘違いに気付いてくれたみたいだ。よかったよかった。
そうして安堵する僕の横で、ゆらりとアリサちゃんが立ち上がる。
「……そうよ。皇族のこいつらを人質にすれば、もし帝国が戻ってきても大丈夫なはず」
その思い詰めた声に僕はギョッとした。
「ダ、ダメだよアリサちゃん! サミアさんたちは皇帝を取り巻く主流派から嫌われてるから人質としての価値はないって言ってたじゃないか」
「お兄ちゃん離して、そいつ殺せない! この泥棒猫を殺して私も死ぬー!!」
もはや支離滅裂な叫びを上げるアリサちゃんを羽交い絞めにして僕は必死にその暴走を止める。
「サミアさんの交渉のおかげで僕たちは生き延びたんだから、殺すとか……言っちゃダメだよ。それに連邦に加盟できなくなっても……帝国もしばらくは戻ってこないんだから、死ぬにはまだ……早いんじゃないかな」
アリサちゃんをそう説得しながら、僕も少しずつ冷静になってきた。
「それにサミアさんたちも戻ってきてくれたんだから、これからどうするかみんなでゆっくり考えよう。ねっ、アリサちゃん」
僕の説得がうまくいったのか、それとも暴れ疲れただけなのか。ようやくジタバタするのをやめてくれたアリサちゃんを、僕は背後からそのままギュッと抱きしめた。
「いいなあ」というつぶやきが聞こえてきた気もするけど、サミアさんは正気に戻ったはずだからきっと気のせいに違いない。
だけどそこに思いがけない声が上がる。
「あら、それはいいことを聞きました。でしたらここは一つ、わたくしたちに全て任せてみませんか?」
不意のラティファさんの申し出に僕は驚いた。
「何かいい考えがあるんですか!?」
「ええ、この場の全員が満足する妙案があります」
そのニッコリとした笑みに、僕は女神の降臨を見た。
さすがは腹黒参謀のラティファさんだ。陰でお姉さんを焚きつけて僕を困らせてみたり、その巨乳と言葉責めで人を翻弄して楽しむだけの人間じゃなかった。ここぞという時にはやっぱり頼りになるなあ。
「というわけで、地球は姉さんが支配します」
あれ、変だな。僕の聞き間違いだろうか。
「え、えーと。今何て言ったんですか?」
僕の確認にラティファさんがきょとんと首をかしげてみせる。
「おかしいですね。よく聞こえませんでしたか? でしたらもう一度言いますから、よく聞いておいてくださいね」
そうしてラティファさんが再び口を開く。
「地球は今後、帝国の領地として姉さんが統治すると言ったんです」
艦橋に何とも言えない沈黙が落ちた。
「そ、それのどこが全員が満足する案なのよー!!」
アリサちゃんがガルルルッと噛みつこうとするのを、僕はまた必死に止めるハメになった。




