第35話 命懸けで得た勝利の報酬
「ドクター、今すぐサミアさんたちの捕虜用の首輪と船の起動コードの凍結を解除してください!」
連邦艦のワープアウトという知らせを聞いて、歓喜の次に僕に押し寄せたのは捕虜であるサミアさんたちをどう逃がすかということだった。
「サミアさん、船の応急修理はどこまで終わっていますか?」
「え、あ、いや、戦闘システムの方は後回しにされているから、長距離ワープや戦闘機動以外なら一応航行に支障はないと思うが…」
「ドクター、サミアさんたちはさっきの敵部隊と一緒に撤退したということに記録を書き換えられますか?」
「過去ログの改ざんはバレると軍法会議ものなのですが、まあ仕方ないでしょうな。お任せください」
よし、これなら何とかなりそうだ。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん! 一体何するつもり!?」
「何って、サミアさんたちに逃げてもらうんだよ」
僕が早口で答えるとアリサちゃんがなぜか愕然とした顔をする。
「で、でももう連邦の船がきちゃうんだよ!?」
「うん、だから急がないとね」
「バレたらどうするのよ!」
そう言われてもこればかりは僕も譲れない。
「あのままだと討ち死にするしかなかった僕らを助けてくれたのは、捕虜で僕たちの自滅を待つだけでよかったサミアさんたちなんだよ」
僕の指摘にさすがにアリサちゃんも言いよどむ。
「そ、それはそうなん、だけど……」
「それに僕は軍人でも何でもないし、アリサちゃんだってまだ正式な軍人とは言えない女の子なんだからもしバレても何とかなるよ」
というか、連邦への加盟交渉前の今しかチャンスはなかった。正式に接触する前の段階ならちょっと苦しくても何とか言い訳が可能なはずだ。
電車が揺れて手が当たっただけとか、部屋に落ちてた下着を拾っただけだとか、綺麗に洗って乾かしたからもう汚くないよとか!
「まあまだ距離もありますし、ばらまいたミサイルの索敵妨害粒子も残留していて逃亡を何とか誤魔化せるかと」
ドクターの助け舟にとうとうアリサちゃんも音を上げた。
「ああもう分かったわよ! フンだ、好きにすればいいでしょ。
それに私は最初から一緒に撤退しろって言ってたもん。ややこしいことにしたのは未練がましくお兄ちゃんにつきまとうあの女が悪いんだからね」
アリサちゃんはそう怒ってみせるけど、これで何とかサミアさんたちを逃がす目途がついた。
「そういうわけですサミアさん。ゆっくりお礼も言えませんが、助けてくれて本当にありがとうございました」
そう言って僕は頭を下げた。
「い、いやまだ連邦との交渉がどうなるかは…」
「いえいえ、助けていただいたのはお互い様です。これはわたくしたちの艦を沈めず、手厚くもてなしてくれたお礼と考えてくだされば結構ですよ。それでは縁があったらまたお会いしましょうね」
「ラ、ラティファ!? 自分はまだ撤退するとは…」
「それじゃあラティファさんもお元気で」
あたふたと反論するサミアさんをよそに僕らは別れの挨拶を手早く交わす。
サミアさんたちと別れるのは寂しいけど、イデオロギー的に対立している連邦の捕虜になればどんな扱いを受けるか分からない。
それにここで別れれば、サミアさんも僕への勘違いな想いから目覚めてまっとうな道へ戻れるはずだ。
アリサちゃんも変に対抗して暴走することがなくなると思う。たぶん……。
つまり、僕らはやはりここで別れるべきなのだ。
ラティファさんに引きずられるようにしながら格納庫の連絡艇へと遠ざかっていくサミアさんを、僕は精一杯の笑顔で見送った。
サミアさんたちの船が月軌道を離れて遠ざかっていくのを確認した僕たちは、太陽系の辺縁部にワープアウトした4隻の連邦艦に向けて船を進めた。
やがて、連邦艦との直接通信が繋がった。
『帝国の2個小隊が早々に撤退するだなんて一体どうなっているの? 状況を報告なさい』
艦長席に偉そうに座る、きつめな美人の女性からいきなりそう命令された。
その目はとても冷ややかで、僕もアリサちゃんも母親からいきなり怒られた感じでとっさにどうしていいか分からない。
「状況を報告してもいいですかな、お嬢様」
ドクターからの提案に、ようやくアリサちゃんが「うん」と小さくうなずいた。
データ通信によってこっちの状況が送られていく。
それにつれて、なぜか向こうの顔がどんどん険しくなっていった。
やがて顔を上げた美人艦長、こっちにも送られてきた最低限の情報によると、この小隊の指揮官でこれまでも何度かサミアさんからその存在を聞いたことのある政治将校という立場の人らしい。
その政治将校のパトリツィア・コティヤール少佐がいまいましそうに確認してきた。
『つまりあなたたちは中立が建前の緩衝宙域において、連邦の船を勝手に使って領土戦争をしてきたというわけね』
「か、勝手にじゃなくて向こうが攻めてきたから仕方なくだもん」
だけどアリサちゃんの抗議はピシャリとはねのけられた。
『お黙りなさい! ひそかな哨戒が任務のピケット艦に下されている事前命令は速やかな撤退だったはずです。
それを無視したあげく、子供たちが戦場に立ってとっくの昔に禁止された禁断の技術まで実戦投入したという情報を帝国にみすみす持ち帰られるだなんて……』
コティヤール少佐が頭痛をこらえるように顔をしかめた。
「そ、それはやむを得ない状況から仕方なくですね…」
何とかフォローしようとした僕は、コティヤール少佐にとても冷たい目でにらまれて思わず口をつぐむ。
『これだから精神感応者は嫌いなのです!』
それは吐き捨てるような声だった。
『勝手に帝国を作って連邦に反旗をひるがえしたと思ったら、今度は少年兵と禁止兵器を中立地帯に連邦が投入したというプロパガンダですか。一体どこまで連邦を苦しめれば気が済むというの!』
「いえ、僕たちにそんなつもりは…」
『事実そうなのですよ! あなたたちの意図がどうだろうと、してきた行為は全て連邦をおとしめるためのものです!』
そんな風に言われるなんて全然思ってなかった僕たちはその断定に呆然とした。
『まったく、だから事前命令は速やかな撤退だったというのに。どうして精神感応者なんかが辺境で野放しになっていたのよ。長くて過酷な辺境任務を前任者たちが嫌がったのが原因ね。決して監視の目を緩めてはいけなかったというのに…』
そんな愚痴が誰に聞かせるともなしに垂れ流される。
それを聞きながら、だけど僕は途中で我に返った。そしてこれだけは確認しておきたいことを恐る恐る口にした。
「で、でも、地球は助けてもらえるんですよね……」
コティヤール少佐が心底うんざりとした目で僕らを見た。
『何を馬鹿なことを。ことは少年兵と禁止兵器の投入なのですよ。今更こんな辺境惑星を援助なんかしたら、それこそ連邦がその非人道的な作戦を主導したことになってしまうでしょ。
連邦市民の自由と人権を帝国の悪しき弾圧から守護するのが連邦軍の崇高な使命だというのに、そのような既成事実化を認めることなどありえません。いたずらに市民に動揺をもたらし、連邦内の精神感応者をつけあがらせるだけです』
つまりそれは、地球の連邦加盟がありえないという宣告だった。
「そ、そんな……」
僕たちが必死に戦った代償がそれとはあんまりだ。僕は目の前が真っ暗になった。
『そういうことですので、あなたがたは連邦とは今後一切関係ありません。
いいえ、最初から脱走兵がこの惑星に勝手に住み着いただけですからそのつもりで』
そう言うとコティヤール少佐は通信を切るよう部下に命令する。
すると操縦士席に座る人が不意に声を上げた。
『少佐、それはあんまりです。故郷のために勇敢に戦った子供達をこのまま見捨てるおつもりですか!?』
『黙りなさい! 精神感応者同士の気持ちの悪い馴れ合いなど戦場には不要です。これ以上利敵行為を主張するようなら帝国への内通者としてあなたを処理します。もちろん家族も一緒にです。
エネルギー革命を自分たちだけで成し遂げたというその不遜な思い上がりと傲慢を、発電所内の強制収容所で一生を掛けて家族仲良く反省したいのですか?』
そう言われて、僕らのために抗議してくれたその人は悔しそうにうつむく。そしてそれきり何も言おうとはしなかった。
その首には、捕虜を拘束するための首輪がなぜか付いていた。
それだけで僕は、連邦内で彼らの置かれる立場が分かった気がした。連邦の言う自由と人権とは、どうやら精神感応者には一切適用されないらしい。
だから帝国が生まれたんだろうか。それとも帝国が生まれたからああなっているんだろうか。
そうして連邦の小隊は慌ただしく太陽系から去っていく。
あとには孤立無援になった地球と、命懸けの努力が徒労どころか、逆に地球を追い詰める結果にしかならないと思い知らされた僕らの船だけがポツンと残った。




