第33話 最後の賭け
「き、緊急入電です!」
ドクターの知らせに、だけどアリサちゃんの反応は素っ気なかった。
「即時降伏以外は相手にしないで。下手な時間稼ぎに付き合う余裕なんてもうないんだからね」
「違います。月軌道上のあの姉妹からです!」
そのことに僕は虚を突かれた。
「サミアさんたちから!?」
一応は捕虜の立場にあるサミアさんがこの局面で一体どうしたんだろうか。
「この期に及んでまだ私とお兄ちゃんとの恋の旅路を邪魔をしようだなんて、何て奴らなの。いいからさっさと通信を切っちゃってよドクター」
「ま、待ってください。通信を繋いでください!」
「分かりました」
ドクターはシレッとアリサちゃんの指示を無視して通信を繋いでくれた。
ウインドウが開いて、サミアさんとその後ろにラティファさんの姿が映し出される。
「今すぐ自分を帝国の部隊と通信させてくれ!」
サミアさんが切羽詰まった声でそう申し出る。
「そ、そんなことできるわけないでしょ! あんた自分が捕虜だって分かってるの!?」
サミアさんたちの船は僕らが接収した都合上、こっちが許可しないと自由な航行はおろか勝手な通信だって許されない。
「僕らはこれから、最後の戦闘にのぞむところです。どうして今更そんなことを言うんですか?」
それを聞いたサミアさんが顔をしかめる。
「玉砕覚悟の死守作戦ならば、それはもはやまともな軍事行動ではない。いいから自分に通信させろ。それで向こうを撤退させてみせる。このままでは双方共倒れだ」
「騙されないでお兄ちゃん! そんなこと言ってこいつは私たちを帝国に売るつもりだよ!」
アリサちゃんはそう言うけれど、あのサミアさんがそんなことをする人には思えない。
それにこれは、チャンスかもしれない。もしこの交渉がうまくいけば、アリサちゃんを助けることができる。
だけど、交渉が失敗すると僕らは今以上に消耗した状態で戦わなければいけなくなってしまう。
おそらく僕の意識の方が先にブラックアウトして、アリサちゃんだけがただの老朽艦に戻ったこの船で戦うハメになる。
そうなれば敵を即時撤退に追い込んで地球を守るという目的すら達成できないまま、アリサちゃんは一人さみしく最後の時を迎えることになりかねない。それくらいならこのまま戦った方がまだ地球を守れる可能性が高いし、アリサちゃんもさみしくないだろう。
僕は、覚悟を決めた。
「……分かりました。よろしくお願いします」
「お兄ちゃん!?」
不満そうな声を上げるアリサちゃんに、僕はなだめるように声を掛けた。
「ここは……、サミアさんに任せよう。たぶんそれが、一番いいと思うんだ」
潮時だと僕は感じた。
生きて帰ってこいというサミアさんや部長の言葉がよみがえる。娘を大切なペンダントと共に僕なんかに託したアリサママの顔が脳裏をよぎる。
敵をあと一歩で撤退に追い込むところまで僕たちは頑張った。だけど最後の最後で、僕たちは力尽きようとしている。
なら後は、信頼できる大人に託そう。交渉のテーブルにまでこぎつけたことで満足しよう。
それがアリサちゃんを守ることに繋がる、一番冴えた方法だと僕は信じた。
『自分はサミア・シャムーン大尉であります。少佐、応答願います』
『……戦死したわけではなかったのだな、大尉』
映し出された相手の指揮官はいかにも軍人然とした男の人だった。
それと同時に敵部隊の足が一時的に止まる。
『ハッ! 戦闘に敗れ、捕虜となっておりました』
『功を焦って抜け駆けで緩衝宙域の偵察任務に出たあげくがそれか。恥を知れ』
『面目次第もありません』
『それで、どうして今になって通信をしてきた。敵に脅されての命乞いか? ということは化物じみたあの敵艦もようやく万策尽きたということだな』
『いえ、そうではありません。自分は少佐に停戦と撤退を進言するために通信をしました』
『撤退だと?』
『そうです。このままぶつかっても互いに戦力をすりつぶす不毛な消耗戦になって意味がありません』
『敵艦を沈めれば連邦からこの宙域を奪えるではないか』
『それまでにこちらの艦がまた何隻か沈みます。下手をすれば相打ちで双方全滅です』
『……既に大きな損害が出ている。連邦の跳梁を許したまま今更手ぶらで撤退などできるわけがなかろう』
『ですが、少佐が相手にしておられるのは連邦軍ではありません』
『連邦ではない? では一体何だと言うのだ』
『あの船に乗るのは軍人ではありません。現地で生まれ育って身寄りを亡くした連邦出身の少女と、現地人の少年だけです』
『子供だと!?』
『そうです』
『その子供がどうして旧世代艦に偽装した連邦の強力な新鋭艦に乗っているというのだ』
『いえ、あれは新鋭艦などではありません。過酷なピケット任務の果てに半ば放置された、見た目通りの老朽艦です』
『馬鹿な! そんな老朽艦がたった1隻で1個小隊を撃破し、今また我が小隊と互角に対峙するなどあるはずがない』
『残念ながら、子供たちはユニゾンドライブに手を染めています』
『あ、あの禁断の悪魔の技術にか!?』
『そうです』
『なぜだ!?』
『もちろん、帝国から故郷の惑星を守るためです。連邦にもまだ未加盟であるのに、来るはずの無い救援を必死に待ちながら彼らは戦っています。その手元にある武器が老朽艦1隻では、他に時を稼ぐ手段がありません』
『しかしあれは確か発動条件が非常に厳しかったはずだ。マッチングテストによるペアリングや同調訓練も経ていない素人の子供が簡単に扱えるシロモノではない』
『2人は幼馴染で兄妹同然に育っています。そして大変遺憾ながら、互いの全てを許してしまえるほどの関係性を未だに維持しています。精神同調へのハードルは非常に低く、意識障害すらも苦にしていません』
『……つまりはこういうことか。我らはもはや連邦とも言えず、家族や故郷を守るために死を覚悟した子供たちが乗り込む老朽艦を、正規軍が2個小隊がかりで必死に追い回して叩き潰そうとしていると、そう言いたいわけだな』
『そのとおりであります』
『なんたることだ! そんな情けない戦いで我らはここまでの損害をこうむったというのか』
『このまま続ければ更にその損害は広がります。子供たちはその純真さゆえに、たとえ絶望的な状況でも降伏することなく、最後まで敵を撃退しようと死力を尽くして戦うことでしょう』
『もういい、現状は分かった』
『最悪は部隊の壊滅までありえます』
『分かったと言っている!』
『ハッ。失礼しました』
『……それで、貴様は結局この私にどうしろと言うのだ』
『撤退であります。今ならまだ、少佐の小隊は戦力を保持したままの撤退が可能です。周辺宙域の状況把握と威力偵察という目的も既に達成できています』
『敵が損傷艦の救助活動を邪魔せず大人しく撤退を許すという保証がどこにある。それに彼らが自分たちに不利な情報を持ち帰る敵をみすみす逃すとも考えにくい』
『御冗談を。もしこの情報を持ち帰って撤退したなら、帝国がすぐにこの辺境惑星に再度侵攻する必要性を見出すはずがないことは少佐もよくご存じでしょう。
むしろ1隻も戻らなかった時こそ、帝国はその不可解な情勢確認のために今度は大隊規模の艦隊派遣すら検討せざるを得なくなります。もっとも、主戦線に穴が開くのを許容できればの話ですが』
『それは、子供たちがそういった軍事的な初歩を理解できていればこその話だ』
『彼なら大丈夫です。一度は戦った我ら姉妹を捕虜らしからぬ待遇で手厚くもてなし、今また通信の許可をくれ、未だ打ち切りにも合っておりません。それくらいの信用を自分は得ております』
『分かった分かった。ひとまずその子供たちと通信をしよう。話はそれからだ』
『いえ、自分が彼らの代理人です。ですので今ここでお約束ください。損傷艦の救助と撤退を邪魔しないという条件で即時停戦と速やかな撤退に応じると』
『ええい、貴様は一体どちらの味方なのだ!』
『自分は恩のある双方に無用な損害が生じないよう動いております。少佐、速やかな停戦と撤退をお約束ください』
『……やむを得ん。約束しよう』
『ハッ。ありがたく思います』
『ただし! あの艦が少しでも敵対行動を取ればこの約束は反故にするからな』
『結構です。皇族の一員たるシャムーン家の者として、確かにお約束を頂戴しました。武人の誇りにかけて約束の履行を願います』
そうして僕らの船と、敵部隊の指揮官である少佐とやらとの通信が繋がった。
ドクターも今回はこちらの艦橋の映像と音声を向こうにそのまま渡す。
『本当に子供だな……』
相手の第一声はそれだった。
アリサちゃんは確かに妖精のような可憐さを残しているし、東洋人の僕は実年齢より若く見られがちというのもあるだろうか。
そして、そこまでが僕の限界だった。
一応停戦交渉がまとまったということで、僕の緊張は急速に解けていく。あのサミアさんが上官と対立してまでまとめてくれたんだから、滅多なことで破られることはないだろう。
「アリサちゃん……、ごめん。もう限界みたいだ。あとは、ドクターとサミアさんの言うことをよく聞いてね」
そう言うと僕はまたしても意識を失っていく。
『た、大尉、これは一体どういうことだ!? 敵パイロットがいきなり意識を失ってしまったぞ!』
『どうやら、ユニゾンドライブの稼働限界がきたようです。これでこの船はただの老朽艦に戻りました。有効な敵対行動など到底取れる状況ではありませんので、安心して救助と撤退行動を開始してください』
『これでは撤退を約束をした意味がないではないか! さては謀ったのか大尉!?』
『それは心外です。これはあくまで交渉による時間経過と交渉成立による精神的な安堵によるものです。あのまま軍事的衝突に任せていたなら少なくとも数度の砲撃が交わされ、熾烈な消耗戦になっていたことでしょう。
その結果少佐の艦が沈んだとしても、自分はそれを全く不思議とは思いません』
『だが、交渉で時間を稼ぐだけで相手が自滅する可能性があることを少なくとも貴様は認識していたはずだ。それなのに代理人を買って出たあげく家名まで持ち出して約束させるなど、それは立派な利敵行為ではないのか!?』
『自分は捕虜として命を救われた身です。人として、大人として、己や彼らに恥じぬ行動を取ったまでです。それを利敵行為と言われるのであれば、自分は甘んじてその汚名を受けましょう』
『ええい、もういい。こうなったら貴様もさっさと戻ってこい。撤退だ!』
『そうはいきません。自分の存在はこの合意の履行を担保するものです。それに捕虜の解放が交渉条件に入っていない以上、自分は勝手に戻るわけにいきません』
「私が許可するからさっさと帰っていいわよ……」
アリサちゃんのつぶやきは、サミアさんによって丁重に黙殺されたという。




