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第32話 繰り返される卑劣な手口

「敵部隊は極度の密集陣形を敷いています。どうやら各艦の防御フィールドを多重展開してこちらの攻撃を受け止めるつもりのようです。残念ながら、一番避けたかった展開です」


 ドクターの分析を聞きながら、僕は取り逃がした1隻が合流して4隻になった敵の残存小隊をモニター越しに睨む。

 僕のミスとはいえ、これは手痛い計算違いだった。これで僕らは戦術的な奇襲効果を失ったまま、完全編成になった敵とぶつからなければならない。


「どうしよう、お兄ちゃん」


 アリサちゃんの不安そうな声を聴きながら僕は思案した。

 こっちのユニゾンドライブには時間制限があるから、多少強引でも積極的にいくしか無い。元より数的劣勢を背負う以上、主導権を握り続けて敵を翻弄ほんろうする必要が僕らにはあった。


「行こう、アリサちゃん。僕に1つ考えがあるんだ」


「うん!」




 防御フィールドを全開にしながら猛スピードで距離を詰める。

 敵の有効射程圏外からの得意のアウトレンジ攻撃は一切しなかった。有り余るエネルギーをひたすら速度と防御に振って突進する。

 さっきの戦闘とは全く違う展開とこちらの異常な加速に戸惑ったのか、敵部隊からの砲撃はこっちを捉えきれずにいた。たまに直撃するビームは分厚く張った防御フィールドにはじき飛ばされる。


「間もなくミサイルの有効射程圏内です」


 通常ならここまでの接近戦になることは滅多にないはずだった。シミュレーションでも大抵はそれまでにビームの砲撃戦でケリがついた。


「ドクター、後部発射管のミサイルを全弾発射してください」


「しかしミサイルでは敵艦の防御フィールドをとても貫けませんぞ!」


 それは僕も知っていた。


「でも敵は、そう思わないかもしれません」


 僕の指摘にドクターがハッとしたように沈黙する。

 確かに普通ならミサイルなんかほとんど意味がない。せいぜい煙幕やデコイで敵の索敵をかく乱するだけだ。

 だけど、この艦は普通じゃない。通常ならあり得ないパワーで敵の有効射程圏外から相手を撃沈できた。

 それなのにその有利な遠距離砲戦をあっさりと放棄し、ミサイルが使える距離までわざわざ危険をおかしてガムシャラに接近してくる。

 そのことを敵はどう思うだろうか。ただの無謀な突撃だと単純に考えるだろうか。


「分かりました。すぐに発射しましょう」


 ドクターの緻密な制御によって、無数のミサイルがそれぞれ違う軌道パターンを描きながら敵艦に殺到していく。

 それは苦し紛れの攻撃とはとても思えない、必殺の秘密兵器のようだった。


「敵の陣形が乱れます!」


 思った通りだ。

 ミサイルの弾頭を通常にあらずと判断したのか、敵は回避行動をとっさに取ろうとしてその陣形を崩してしまう。


「アリサちゃん、あの端っこの船を狙うよ!」


 それはさっき撃ち漏らした敵艦だった。

 目の前で元の所属小隊がなすすべなく壊滅した恐怖からまだ立ち直っていないのか、回避行動が一番大きくて連携も甘かった。


「了解だよお兄ちゃん!」


 船がそっちに向けて加速した。

 僕は密集陣形から漏れていく敵艦を照準に捉え、そして至近距離からフルパワーで敵の防御フィールドにビームを叩きつけた。


「敵艦、爆散します!」


 ドクターの報告を聞くまでもなく、撃った瞬間に僕はそのことが分かっていた。全身を貫くゾワリとした悪寒おかんが、瞬時にそのことを僕に知らせてくれていた。


「急速離脱!」


 僕はその悪寒を強引に無視してアリサちゃんにそう指示する。

 敵部隊が混乱から立ち直る前に離脱しなければ、至近距離で取り囲まれてあっという間に撃沈されてしまう。ここまで距離を詰めたうえで集中砲火を喰らうと、強力な防御フィールドがあってもさすがにいくらも持ちこたえられない。




「敵部隊は再び密集陣形を組みなおしてそれを堅持しています」


 友軍の爆散とこっちの離脱につられてバラバラに追撃をかけてきてくれればこっちも先頭の船から順番に撃破できたんだけど、どうやらそううまくはいかないみたいだ。敵の指揮官はかなり手ごわい人のようだった。

 そしてそれは、ミサイルで混乱状況を作って敵を各個撃破に持ち込むという僕のプランの破綻を意味していた。


「それでお兄ちゃん、次はどうするの!?」


 アリサちゃんの問い掛けに僕は困った。

 僕を過大評価してスキを見せた相手のふところに忍び込んでは大切な下着を盗んで汚す、変態紳士な僕にできるのはそれだけだ。

 でもその手口はもうバレてしまい、相手はカンカンに怒っている。アリサちゃんやサミアさんのように、同じ手段を何度も喜んで許してくれるような気配はまるでない。

 それどころか厳重に用心して、卑劣な犯人を今度こそ叩きのめそうと手ぐすね引いていた。


「ごめん、アリサちゃん。もうネタ切れなんだ。これ以上は、正面から撃ち合うことしか僕には思いつかない」


 だけどもう絶対に油断しない3倍の敵を相手に正面から策も無くぶつかるということは、どう考えても1つの結論しか出てこない。

 あとは敵を何隻道連れにできるかしかなかった。運が良ければ相打ちでお互い全滅にできるだろうか。

 考えがあると大口を叩いておきながら、ちょっと用心深くなった敵を相手にそんな情けないことしか言えない僕に、それでもアリサちゃんは文句を言わなかった。


「ううん。ここまで付き合ってくれてありがとうね、お兄ちゃん。お兄ちゃんは本当に私の王子様だったよ」


 どうやら僕は、アリサちゃんの期待を何とか裏切らずに済んだみたいだ。おざなりな睡眠学習しか受けていない、変態でニセモノな王子様にしては上出来かもしれない。

 だけど、それはそれでラティファさんからの慰めを受けられなくて残念なような気もする。

 それに、僕らの帰りを待ってくれているサミアさんや部長を悲しませるだろうか。

 母さんにはサミアさんたちから上手く言っておいてくれるかなあ。


 そんな感傷にひたる僕をよそに、敵部隊がゆっくりと前進を始める。

 その密集陣形にはもはや少しの乱れもなく、今度こそ確実に仕留めるというそんな不退転の覚悟が感じられた。

 そしてもう打つ手が無くなった状況での敵からのプレッシャーは、僕が戦闘の高揚感の中で強引に忘れようとしていたある感覚を強く思い出させた。


「それとね、アリサちゃん。実はさっきから、僕ちょっと眠いんだよ」


 この感覚は初戦の最後で気を失った時とよく似ていた。どうやらユニゾンドライブの限界が近いみたいだ。

 通常以上の出力で面倒な制御を余儀なくされる中での連戦はやっぱり負担が大きいらしい。

 でも二度目だからか、何とかまだあと少しだけは耐えられそうだ。


「え、お兄ちゃんも? 実はね、私もなんだよ。ちょっと頭が重い気がするの」


 僕より操縦に慣れているとはいえ、操船と防御フィールドを受け持つアリサちゃんの負担は僕より重い。


「そっか。だけどあとはあの3隻だけだし、もう少しだけ頑張ろうか。アリサちゃん」


「そうだね、お兄ちゃん。早く終わらせて一緒にベッドで寝よう。それで起きたら私もお兄ちゃんのかわいい主砲で思う存分撃ち抜いてくれていいからね」


「それは楽しみだなあ。でも僕だって、少しは昔より成長してたくましくなってるんだよ」


「それはそれでご褒美だよ? 今まで一人でコソコソと私の下着に射撃訓練してきた成果をたっぷりアリサに教えてよね、お兄ちゃん」


 そんな軽口を叩きながら、僕たちは近づいてくる敵艦をジッと待ち受ける。

 僕もアリサちゃんも、無傷であの3隻を撃沈できるとはもう少しも思っていない。

 それどころかいつ戦闘の最中に行動不能におちいるかも分からない有様だ。余計な戦闘機動を行うような余裕が、僕らにはもう残されていなかった。


 それでもせめてあと1隻行動不能にできれば、敵は遂に残存小隊の戦力すら半減して継戦けいせん能力をほぼ喪失する。

 2個小隊でのまともな残存艦がたった2隻ではもはや部隊行動は取れず、万一連邦の救援や別動隊が現れた場合に全く対処できない。

 だからもしそうなれば即時撤退しての再編成を余儀なくされる、というのがドクターの現段階の戦況分析だった。


 そうして一旦撤退に追い込みさえすれば、こんな辺境宙域に帝国がすぐにまた有力な部隊を差し向けてくる可能性はかなり低い。

 たった1隻の敵艦を相手に半個中隊がほぼ全滅状態にまで追い込まれるのだ。同等の性能を有する連邦艦がもし複数この宙域に配備されたらと考えると、帝国はもう生半可な戦力では再度侵攻を試みることができない。

 たかが辺境宙域の1つにこれ以上の戦力の逐次ちくじ投入とそれを喪失するような事態は、さすがにシャレにならないはずだった。下手をすれば関ケ原の合戦への秀忠軍の遅参のようなことにもなりかねない。

 だからここでもう1撃できさえすれば、地球の安全は当分確保できる。そうして戦力の空白地帯になれば、あとは地球への連邦の進出を待てばいい。

 つまり、僕たちの勝ちだ。

 そう、たとえ僕たちの船が、ここで沈んだとしても……。







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