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第31話 帰ってきた戦場

 今度はこちらが先に敵を各個撃破するか、それとも敵の集結や包囲網の完成を許して殲滅されるかのシビアな戦いになるので、悠長に退去勧告のやり取りをしている時間の余裕はなかった。

 月軌道を離れた僕らは、一方的な退去勧告をドクターから送信してもらいながら4隻編成の小隊の方に急いだ。

 サミアさんたちの1隻が欠けた3隻編成の方を後回しにしたのは、ユニゾンドライブによる奇襲効果を最大にするためだった。

 開戦劈頭かいせんへきとうで敵の最大戦力を潰し、その混乱から敵が立ち直らないうちに返す刀で残存勢力を討つ。これしか僕たちに勝ち目は無かった。

 これが逆だと、より強大で完全充足な4隻小隊を相手に手の内をさらし、消耗した状態で戦うことになってしまう。

 だからこの奇襲でいかに早く4隻小隊を撃破できるかが勝敗の分かれ目といえた。


「ドクター、敵艦の反応はどう。もしかして撤退してくれそう?」


 アリサちゃんの問いにドクターの返事はかんばしくなかった。


「ダメですな。こちらの退去勧告は完全に無視されたようです。敵は索敵のための幅広な横隊おうたいから、火力を集中させやすい密集陣形へと変化しつつあります。こちらが仕掛けたら鎧袖一触がいしゅういっしょくで蹴散らす構えなのでしょう」


「武田信玄に挑んだ家康みたいに?」


 僕の例えにドクターが賛同する。


「そういうことです。なにせこちらは一応ただの旧式艦ですからなあ」


「ならお兄ちゃんとの愛の力で、それがバカな勘違いだってことを思い知らせてやるんだから!」


「そ、そうだね。桶狭間だね。それとも長篠かなあ」


 ユニゾンドライブでやる気満々なアリサちゃんに、僕は浅いゲーム知識で適当な相槌あいづちを打つ。

 もう少し色んなことに冷静になって欲しい気がするものの、このアリサちゃんの積極性のおかげで士気が保たれているわけだからこれでいいのかもしれない。少なくとも今の僕にはアリサちゃんの存在がとても頼もしく思える。




 敵艦の有効射程圏外から僕たちは発砲を開始した。

 ユニゾンドライブによる大パワーな射撃は、見事に敵艦の重要区画を撃ち抜いて大破させる。

 思わぬ砲撃よって敵の陣形が乱れた。でもまだもちろん撤退などしてくれない。

 僕は次の艦に照準を合わせる。


「よし! こっちも大破させた」


 だけど、そこまでが限界だった。

 身を隠す遮蔽物など無い宇宙空間で双方が膨大な相対速度で接近を続けているため、遂に敵の有効射程圏内に捉えられてしまう。

 2隻の残存艦がパニックのような射撃をしてくる。

 たちまち僕たちは集中砲火にさらされた。

 かろうじて防御フィールドが防ぐものの、さすがに2隻からの砲撃は厳しかった。


「お兄ちゃんマズイよ。これ、そんなに長くはもたない!」


 いくらユニゾンドライブといえども、所詮しょせんは旧世代艦の火事場の馬鹿力で無敵にはほど遠いということか。

 アリサちゃんの悲鳴で今更ながらそのことに気付かされた僕は、一気に余裕を失っていく。

 防御フィールドがジリジリと削られるのを目の前で見ながら、もはや細かい照準を付ける余裕などなく、僕は力任せに砲撃した。

 ビームの直撃を受けた敵艦が一瞬で火球に変わる。後には、何も残らなかった。

 それは、つまり……


「し、死ん……だ?」


 僕はこの手で、人を殺してしまったんだろうか。

 呆然とする僕をよそに、残る1隻が慌てて戦闘宙域から反転離脱していく。

 逃せば残存小隊に合流されて戦況が不利になると分かっていながら、僕は敵を背後から撃つことができなかった。


「お、お兄ちゃん。しっかりして!」


 自分のシートを立ったアリサちゃんが僕に抱き着いてくる。

 ヘッドギアを跳ね上げられた僕は、なぜか必死そうなアリサちゃんの顔を呆然と見た。


「ああ……、アリサちゃん。僕さ。さっき人を……、殺しちゃった、みたいなんだよ」


 そう言って僕は、にへらっと笑った。

 アリサちゃんの顔がクシャッと歪む。


「違う! お兄ちゃんは私を守ってくれたの!」


「……アリサちゃんを、守った?」


「そうよ。お兄ちゃんはアリサを守ったの!!」


「で、でも…」


「でもじゃない! それともお兄ちゃんは、私が死んでもいいって言うの!?」


 そう聞かれて、僕はようやくにぶい思考を働かせる。


「そ、それは……、よくない」


「でしょ。ならこれからも、ちゃんと私を守って」


「これからも!?」


「そう。これからも、お兄ちゃんが、私を守るの」


 それは僕に、また人を殺せということだった。


「で、できないよ。アリサちゃん」


 僕はもう、あの火球を二度と自分の手で産み出したくはなかった。


「ううん。お兄ちゃんなら……できるよ」


 アリサちゃんがゆっくりと僕の頬をなでる。


「だって、そうまでしたら私は、完全にお兄ちゃんのものになるしかないと思わない? もう偶然だとか、状況のせいだとか、そんな言い訳は許されない。

 お兄ちゃんは自分の意志で私を守って、私の全部を手に入れるの。これは……、血の契約だよ」


「血の……契約?」


「赤い血で結ばれた、契約。もちろん一緒に操縦してる私も、共犯だからね。お兄ちゃん」


 アリサちゃんが精一杯の笑顔で笑ってみせる。


「この手を血で汚した宇宙人の女の子なんて、もう誰も相手にしてくれない。私にはお兄ちゃんしかいないの。ずっとずっと、お兄ちゃんしかいないの。お願いだから、私を一人にしないでよ……」


 アリサちゃんの手が震えるのを感じながら、僕はギュッとその体を抱きしめた。

 アリサちゃんは、ずっと孤独だったんだ。

 容姿からして周りと違う。それどころか地球人ですらない。

 そして頼りになる両親も死んでしまった。


 だけど帝国は襲ってきて、それに一人で立ち向かわなければならない。

 それなのに幼馴染の僕まで及び腰じゃあ、アリサちゃんは誰を頼ればいいんだろうか。

 変態な僕じゃあアリサちゃんを幸せにはできないと、今までずっとそう思ってたけど。

 難しい事情を山ほど抱えたアリサちゃんにしてみればそれは都合の良い言い訳でしかない。逃げだと言われても、仕方ない。

 自分に自信の無い僕は、降ってわいたような幸運に怖気おじけづいていただけなんだ。


 だけどこんな冴えない僕でも構わないと、そうアリサちゃんが言うならそれでいいじゃないか。

 アリサちゃんが僕と結ばれても安心できると言うなら、もういいじゃないか。

 僕は自分じゃなくて、アリサちゃんを信じて彼女の手を取ろう。

 彼女の方から嫌だと言い出す、その日が来るまでは……。


「ごめんよ、アリサちゃん。僕もう、分かったから。これからは二人で、ずっと一緒にいようね」


「お兄ちゃん!!」


 アリサちゃんの体温と重みを感じながら、僕は戦況モニターを見た。


「あと、4隻か」


 これさえ退しりぞければ、まだ未来が見える。

 帝国の脅威は一時的に遠ざかり、その間に連邦を引き込むことができれば地球の平和は保たれる。アリサちゃんの望む未来が、手に入る。

 この艦の性能はもうバレちゃったけど、それが何だというんだろうか。

 それでもこっちはまだ無傷だし、相手は既に戦力の半数近くを失っている。

 部隊の3割を失えば組織的な戦闘が困難になって全滅だと判定されると聞いたことがある。ならもう、こっちは勝ってるじゃないか。あと一息で完全な勝利が手に入るんだ。


「やろう、アリサちゃん」


 僕はアリサちゃんを守るために、そしてアリサちゃんを手に入れるために。

 アリサちゃんと共に血塗られた道を歩む覚悟を、決めた……。







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