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第30話 古式ゆかしい戦勝祈願

「僕たちの船の信号が途絶えたら、この船の起動コードの凍結とその捕虜用の首輪は解除されるように設定していますから」


 月軌道に浮かぶ大破したサミアさんたちの宇宙船の格納庫で、僕たちはこれで最後になるかもしれない別れの挨拶をしていた。


「どうしても行くのか?」


 心配そうなサミアさんに僕は笑顔で頷いた。


「ええ、もう決めましたから」


「そうか。な、なら……、これを持って行くといい」


 なぜか恥ずかしそうにサミアさんが僕に何かを渡してくる。

 受け取ったそれは、有り合わせの布で手作りしたとおぼしき素朴な品だった。


「お守り?」


「に、日本では戦場いくさばにおもむく者に、そ、そういった物を渡すのだろう?」


 それはそうなんだけど、まさか外国人どころか宇宙人なサミアさんからお守りを渡されるとは思わなかった。

 そして手の指に絆創膏が巻かれているのは、恐らく生まれて初めての針仕事だったからだろう。


「中にはちゃんと、姉さんの下の方の毛も入っていますからね」


 妹のラティファさんの言葉に僕はブッと噴き出した。

 サミアさんが恥ずかしそうにうつむく。


「そ、そういう風習なら、仕方ない。じ、自分ので効果があるかは分からぬが、せめてもの気持ちだ」


 何この可愛い生き物!

 僕は思わずサミアさんを抱きしめそうになる。

 するとサミアさんがバッと顔を上げた。

 そこに浮かぶ真剣な表情に、僕は思い余って抱きしめなくて良かったと冷や汗をかく。


「生きて、帰ってこい。これ以上はどうにもならないと判断したら、迷わず撤退しろ」


「サミアさん……」


「帝国の人間である自分がこんなことを言うのは、本来ならまずいのだろうがな……。

 だが生きてさえいれば、雪辱せつじょくの機会はある。隣の我がまま暴走娘の手綱をしっかりと握って、引くべき時にはちゃんと引くのだぞ」


 武人として、指揮官としての心構えに僕は身が引き締まる思いがした。


「わ、分かりました」


 するとサミアさんの表情が優しくゆるむ。


「そうだ。心中めいた捨て身の抵抗など、もう考えるな。そなたには、待つ人間がいるのだからな」


 そう言うとなぜか顔を赤くした。


「い、生きて帰りさえすれば、自分が出迎えて、抱きしめてやる。そ、それでそなたの気力がわくなら……、こ、ここここの身を捧げることも、自分はやぶさかではない」


 僕はゴクリと唾を飲み込んだ。


「そ、それは、つまりどういう……」


「つ、つまりだな。その、じ、自分の初めてを…」


 だけどサミアさんは、肝心な言葉を最後まで言うことはできなかった。


「アウトー! アウトアウトアウト、アウトーー!!」


 いい感じの僕とサミアさんの間にアリサちゃんが強引に割って入ってくる。


「わ、別れの挨拶だからと思って大人しく聞いてれば、あんたは何で出征兵士を見送る新妻感を出してるのよ!」


 怒鳴られたサミアさんが上気した顔でつぶやく。


「じ、自分が、新妻……」


「嬉しそうにするなー!」


 アリサちゃんがキッと僕を睨んだ。


「お兄ちゃん、もう行こっ」


 僕はアリサちゃんに引きずられながら連絡艇のタラップを上がっていく。


「そ、それじゃあ、サミアさんもラティファさんもお元気で。短い間でしたが、楽しかったです」


 サミアさんは切なそうな顔をし、ラティファさんはいつもと変わらない笑顔で見送ってくれていた。

 うん、やっぱりラティファさんが隣に並んでいると安心だなあ。サミアさんも普段は格好良いんだけど、中身は意外と乙女でポンコツだったりするからなあ。

 それにしても、サミアさんが新妻かあ。

 もしかして、帰ってきたら裸エプロンで出迎えてくれたりするんだろうか。そうして僕は食事かお風呂か、それともサミアさんにするのか恥ずかしそうに聞かれるのである。

 ダメだ。その様子を陰から覗くラティファさんの微笑ほほえみがチラついて、本命の方はとても選べそうにない……。


 というか本当にサミアさんは、取り返しのつかない事態になる前に早く我に返った方がいいと思う。皇族で綺麗で格好良いサミアさんなら、わざわざこんな僕を選ばなくていいはずだった。

 まあそれは、アリサちゃんにも言えるんだけど……。

 僕は残念な子を見る思いで幼馴染のアリサちゃんを見た。


「どうしたの、お兄ちゃん?」


 キョトンと応じるアリサちゃんに僕はかぶりを振った。


「ううん。何でもないよ、アリサちゃん」


「あ、もしかして。あの女の卑怯な誘惑にムラムラしちゃった!? だ、大丈夫だよお兄ちゃん。私はお兄ちゃんのどんなエッチな要求にもちゃんとこたえてみせるから。む、胸はちょっと小さいかもしれないけど、何だって頑張るからね。

 な、なんなら、今ここで襲ってくれてもいいんだよ? それでそれをコクピットガラス越しに見せつけてやろうよお兄ちゃん!」


「うん、少し黙ろうかアリサちゃん」


 早く彼女たちの目を覚まさせたいところだけど、それにはまず目の前の戦いから生きて帰らなければならない。

 僕は今度もまた、アリサちゃんと地球を守ることができるだろうか。

 いや、よそう。僕はアリサちゃんやドクターを信じて付いていくだけだ。それでうまくいけば、何も問題ない。

 もしダメそうになったら、その時はアリサちゃんに恨まれてもいいから撤退の判断を誤らないようにしよう。

 そのことだけを心にめながら、ただの冴えない変態紳士に過ぎない僕は、似合いもしない戦場へと再び舞い戻っていく。







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