第29話 ギャップ萌え
「明日からの土日は良かったら天文観測の合宿をしたいと思うけんだけど、どうかな?」
ひょっとしたらこれが最後になるかもしれないなと思いながら天文部の部室に行くと、セーラー服姿が相変わらず妙に色っぽい部長からいきなりそんな提案を受けた。
「が、合宿ですか。どうして急にそんなことを」
「んー、何でも太陽系の外延部でまた不審な光が観測されたみたいなんだよ。それでこの土日あたり、またまた宇宙戦争らしきものが観測できるんじゃないかと思ってね」
いたずらっぽくウインクして見せる部長の魅惑的な笑顔に僕は思わず見とれる。
だけどそれに気を取られて、「ええ、多分できると思いますよ」などとは決して言えない。
「そ、そうなんですか……」
僕はあいまいにそう誤魔化すしかなかった。
だけどそこに突然アリサちゃんが割って入る。
「その日はお兄ちゃんと温泉旅行に行くからダメですー」
一応、そういうことで母さんには説明している。また無断で抜け出して余計な心配を掛けるわけにはいかなかった。
それがたとえ、二度と還ってくることのない旅になるかもしれないとしてもだ。
「じゃあ、ホームステイ中のあの女性たちも一緒なのかな?」
部長の問い掛けはすごく自然だった。
だから僕も今度は油断してしまう。温泉旅行というウソを取り繕いたいという焦りも、もしかしたらあったかもしれない。
「ええそうですよ。彼女たちに温泉を案内するということに…」
って、ちょっと待て! どうして部長があの2人のことを知ってるんだ!?
「それで、無事に帰ってこれそうかい」
そしてたかが温泉旅行くらいで、なんでそんな心配をされるのだろうか。
僕が動揺した目で部長を見ると、部長は皮肉そうな笑みを口元に浮かべていた。
僕は乾いた声で部長にたずねた。
「た、ただの温泉旅行ですよ。どうしてそんなことを、聞くんですか」」
「いやなに。子供達だけに危険を押し付けて、いざとなれば知らぬ存ぜぬを決め込もうとするこの国の政府や。同じ穴の狢の大人たちに少し腹が立っているだけだよ」
それは絶対に温泉旅行に関することではなかった。
アリサちゃんがこっそり「ドクター」とペンダントに声をかける。
「ああ、いくら宇宙人のオーバーテクノロジーで電子データをハッキングしても無駄だと思うよ。電子データどころか文書の記録すら一切残さない、そんな回りくどい監視任務というのが諜報機関にはあるんだよ。
いつか役に立つかもしれないし、一生役に立たないかもしれない。そんな気の長い秘密の任務がね」
突然の部長の告白に、僕らはとっさにどうしていいか分からない。
「だから桜井吉野というのは潜入用の偽名なんだ。本当の名前は朝霞千波という。こっちなら何か出てくるんじゃないかな」
しばらくして、アリサちゃんがこっそり僕に耳打ちしてくれた。
「ドクターが自衛隊のデータベースに記録があったって。朝霞千波1等陸尉。年は……27歳」
「27歳!?」
僕はマジマジと部長を見た。
部長がフフンと笑う。
「見えないだろ」
「そんなわけないじゃない、このおばはん!」
「お、おばはんとは何だ、この金髪ロリが!」
アリサちゃんと部長が一触即発の勢いで睨み合う。そんな二人を見比べながら僕は思った。
そうかあ、どうりでセーラー服が浮いて見えるはずだ。
「27なんてもう立派なババアじゃない! なに若作りしてコスプレなんかしてるのよ」
「若作りじゃありませんー。まだ全然いけますー」
部長がババァッと僕を見る。
「君はどう思う!?」
まずい、こっちに火の粉が降ってきた。
「お、お似合いですよ。部長」
僕がダラダラと冷や汗を流しながら答えると部長は得意そうに頷いた。
「そうだろうそうだろう」
「でもなんで……、女教師じゃダメだったんですか?」
「き、君までそんなことを言うのか!?」
部長がなぜかガーンとショックを受けていた。そしてクルリと後ろを向いてしゃがむといじけ始めた。
「いいもんいいもん。どうせ最初はアリサ君と同じ1年生で入学するって言ったら上司に反対されましたよ。イメクラかって言われましたよ。女教師じゃ対象に接近したり打ち解けにくいと思って私が体を張ってるのに、みんな文句ばかり言ってさ。
そんなこと言うならもっと若くてピチピチとした諜報員をスカウトしてくればいいじゃない。もっとも? うちの部署にそんな予算があったらですけどね」
イ、イメクラってなんだろうか。そこはかとなくセクハラ発言でキャバクラよりもいやらしい響きがする。
「ふんだ。どうせ私はババアですよ。ここにいる女の子たちに比べれば年増ですよーだ。
あーあ、もうこんな会社やめちゃおっかなあ。実家のお母さんも女の子の働く職場じゃないって心配してたし。田舎に帰っていっそ婚活でもしようかなあ」
部長がとめどなくいじけ続ける。
うわあ、この人も結構めんどくさい人だったんだな。
「だ、大丈夫です部長! 僕、部長のセーラー服姿にすごくドキドキとしましたよ!?」
僕はなんとか部長を立ち直らせようとした。だってそうしないとこれ以上話が進まない。
それに部長に腕を取られて初めて部室に連れてこられた時、なんだかイケナイお姉さんに妖しいお店に案内されてるようですごく興奮したのも確かである。
「ほ、本当か?」
部長がすがるような目で肩越しに僕を見る。なんだか捨てられた子犬のようだ。
「え、ええ。(ある意味)とっても魅力的だと、思いますよ」
それもウソではない。世の中にはギャップ萌えというものがあるのである。
いい年をした女性が年甲斐もなく若い人の服に身を包んではしゃぐ姿なんていうのは、その1つではなかろうか。その痛々しさが逆に萌える。
「フフ、フフフフ……」
部長はそう不気味な声を漏らすと再びこちらに向き直った。
「そら見ろそら見ろ。私のセーラー服姿だってまんざら捨てたものではないのだ!」
復活した部長が現役バリバリのアリサちゃんに向かってえへんと胸を張る。
その姿はなんというか、すごく大人げない……。
そしてその需要の方向性を勘違いしてますよ、とは可哀そ過ぎてとても言えない。
そんな部長にまた何か反論しようと口を開くアリサちゃんに、僕は肘で合図を送って何とかそれを押しとどめる。
「そ、それで部長。どうして僕たちに正体を明かしてくれたんですか。本当はずっと秘密にしなきゃいけないことなんですよね?」
部長がハッとした顔をする。
「そ、そうだった。そのことだったな」
良かった。ようやく話が泥沼から抜け出せそうだ。
「言っただろ。子供に危険を押し付けて黙って見送るだけの汚い大人たちに腹が立ってるって」
そう言うと部長は苦笑した。
「そしてその汚い大人の一人として、君らが危険な戦場へ旅立つ前に言っておきたいことがあったんだ」
部長が優しい目で僕らを見た。
「ダメだと思ったら、逃げてもいいからね。君たちだけが責任を負う必要なんて、どこにもないんだ。
だから無事に帰っておいで。そしてまた、たわいもない部活をしよう」
僕とアリサちゃんは同時に声を漏らした。
「「ぶ、部長……」」
「なんだいなんだい二人とも。これは無責任でふがいない大人のたわ言なんだから、そんなに真に受ける必要なんてないんだぞ。むしろ勝手なことを言うなと、そう怒ってくれていいんだからね」
それでも僕らにしてみれば、あの電波ジャックによる警告に対する初めてのまともな大人の反応だった。
せっかく命懸けで帝国と戦っているのに、誰にもそれを気付かれずにいるのはやっぱりどこか孤独で寂しかった。
「「部長!!」」
僕とアリサちゃんは左右から部長に抱き着いた。
「よしよし。君たちが帰ってきたら、今度は本当に温泉へ合宿旅行に行こうな。もちろん私のおごりだ。
それで宇宙の話を聞かせておくれ。話せる範囲でいいからさ」
「分かりました、部長。みんなで行きましょう」
「それでこないだのお兄ちゃんの活躍を教えてあげる! 大切な私を守るために、お兄ちゃんは盗聴や下着ドロがバレるのも構わず私を助けてくれたんだよ!」
「ア、アリサちゃん!? そ、その話はまた帰ってからにしようね」
「え、でもまだ私とお兄ちゃんとのめくるめく愛と欲望に満ちた禁断の物語が…」
「ないから。そんな物語はまだどこにもないから!?」
こうして僕たちには帰ってくる目的と、待っていてくれる人が一人増えたのだった。
でも戻ってくる前に、よくアリサちゃんと打ち合わせをしておこうとは思った。
じゃないと僕は、幼馴染の年下の女の子を相手にいやらしいイタズラの限りを尽くす変態だと、魅惑的なお姉さんから蔑みの目で見られてしまう……。
だけど、ミニスカなセーラー服がその胸と太もものみならず、年齢的にもギリギリな部長から根掘り葉掘り宇宙人のことを尋問されたらどうしよう?
僕の目の前で足を組み替えたり、お姉さんに全部話してごらんと迫られたらどうすればいいんだろうか?
ああ、なんだかこれからの体育と水泳の授業も急に楽しみになってきたなあ。
部長の年甲斐もない艶姿を拝むまでは、僕は絶対に死ねないと思った。




