第27話 ありのままの姿を見せられない
「あらあら、どうして謝るんです? わたくしは感心しているんですよ。捕虜である妹に向かって姉を手籠めにする許可をわざわざ要求するなんて、なかなか普通の神経の人にできることではありません。逆らえば自分の身が危うい妹は、暴虐な征服者に姉を差し出す言葉を泣く泣く言わされるのですね」
泣く泣くと言いながらその声は実に楽しそうだった。
「しかもどうすればいいかと聞くだけで、相手の方から自発的に許されざる裏切りを申し出る形を取るだなんて……。
姉は体を汚され、わたくしは心をというわけですか。まあなんて酷い方なのでしょう。ここまでされると憎しみを通り越してその卑劣なやり口にもはや感心するほかありません」
うん、これは絶対に褒めてない。
「も、もうその辺で、勘弁してください……。お、お姉さんには、絶対にこれ以上、変なことはしませんから」
僕は息も絶え絶えにそう約束するのがやっとだった。
それなのにラティファさんの反応はすごく軽かった。
「あら、それは困ります」
変だな。僕の聞き間違いだろうか。
「え、えーと。もしかして今、『困る』と言いましたか?」
だけどラティファさんはこともなげに僕の当惑を肯定してのける。
「ええ、そうです。だって姉は、あなたに真剣に舞い上がっているんですよ? これまで浮いた話一つ聞かないあの堅物の姉がです。
それがたとえ戦場の高揚感の中でまさかの敗北を味わって心を打ちのめされ。最後には手加減までされて命を救われるという屈辱を味わいながら。その相手がまだ年若い素人の頼りないけど一生懸命な男の子だと知ってやり場をなくした怒りが反転暴走し。そのうえ捕虜の身を優しく気遣われるという想像していた待遇とのギャップに何が何だか分からなくなって血迷っているだけだとしても。
それでもこれは姉に恋を体験してもらい、女性らしい幸せを味わってもらう貴重なチャンスなのです」
恋と言うにはあまりに酷いその馴れ初めに僕は唖然とした。
暴力を振るう夫に後で優しくされて、この人にはやっぱり私しかいないと思いつめる可哀そうな奥さんの姿がすごく思い浮かんでしまう。
「そ、それだと……。その恋はただの勘違いでニセモノじゃないですか」
僕が根本的な疑問をぶつけるとラティファさんはニコリと笑った。
「別にそれでもいいじゃないですか。恋など多かれ少なかれ勘違いが生みだす産物なのですから」
「そ、そういうものですか」
天使なアリサちゃんを信仰することだけに忙しかった僕にはよく分からない概念だ。
「そういうものです。だからあなたは、あなたなりに誠実に姉とお付き合いしてくれたらそれで構いません。わたくしはそれを黙って見守りましょう」
だ、だから、それが僕には荷が重いんですって。
「で、でも僕は、度しがたい変態で意気地なしで、鬼畜な卑怯者なんですよ?」
それを聞いたラティファさんがなぜか驚いた顔をする。
「まあ、一体誰がそんな酷いことを言ったのですか?」
あ、あなたです……。それも、ついさっき。
「いいえ、わたくしは知っています。あなたは自らの命を顧みずに木の枝から落ちる幼馴染を助け。両親の死で呆然自失の彼女に辛抱強く寄り添い。死ぬかもしれない戦場にまで飛び込んで、自らが汚辱にまみれようとも片思いの女の子を黙って助けることができる。そんな勇気の持ち主だと」
それを聞いて僕は逆にどんよりとした。
「そ、それはやめて下さい……。全部、その場の状況に流されただけなんです。本当の僕は、全然そんな大した人間じゃないですから」
アリサちゃんの無条件の信頼に満ちた目が僕にはまぶし過ぎた。
サミアさんが寄せてくる好意が僕には到底理解できない。
「でもそれも、確かにあなたの一部です。姉が勘違いしているニセモノのあなただってそうではないですか? あなたは確かに、そう思わせるだけのことをしてのけたのです。それは誰にも否定できません」
「そ、それはそうかも、しれませんけど……」
「それでも、自分に自信が持てないのですね」
持てるわけがない。誰が何といおうと、僕は自分が度し難いただの変態に過ぎないことをよく知っている。
「そこで調子に乗ってバカなことをする人よりは断然好感が持てるのですが、これはこれで困った人ですねえ」
ついにため息をつかれてしまった。
「す、すみません」
僕は思わずそう謝ってしまう。
「いえ、いいんです。そんなあなただから安心できる部分がわたくしにもあります」
「は、はあ。そんなもの、ですか」
「そんなものです」
ラティファさんが苦笑しながら僕を見た。
「ですから、そのままのあなたでいてください」
それは何というか。今まで散々ダメ出しした人間の言うセリフとはとても思えなかった。
「このままで、いいんですか?」
「いいんじゃないですか。これまでもあなたは、そんな自分でもできることをあなたなりに精一杯考えて選択してきたはずです。ならこれからも、そうするしかないじゃないですか」
「それは、そうですが……」
「その結果、アリサさんや姉さんに失望されるのが怖いですか? 大した事の無い本当の自分に気付かれてしまうのが怖いですか?」
「ッ!」
ラティファさんは仕方なさそうに頷いた。
「……怖いのですね」
「だ、だって仕方ないじゃないですか!? 僕は本当にただのモブで大した事の無い人間なんです。幼馴染をこっそり陰から見守る程度の能力しかない変態なんです。
それがどうして宇宙戦争に巻き込まれてこんなことになってるのか、僕にはさっぱり理解できません!」
それが僕の、偽らざる本心だった。
「では、全てを投げ出して知らんぷりをしますか? 困ってる幼馴染を放り出し、自分が捕虜にした姉さんすら押し付けて逃げ出しますか?」
「そ、そんなこと。できるわけないじゃ、ないですか……」
だから途方に暮れているのである。
そんな僕にラティファさんが優しく語り掛ける。
「失敗したって、いいではないですか」
「え?」
「それで失望して嫌われても、いいじゃないですか」
「でも、それじゃあ……」
「あなたなりに頑張ったのなら、それで辛い結果になったとしても満足できませんか?」
僕が複雑な顔をするとラティファさんはフッと笑った。
「そうですね。満足はできないかもしれませんね。
でも納得くらいなら、できるのではありませんか?」
どうだろうか。
だけど、僕が頑張った結果見事に玉砕するというのは確かに納得の最後ではある。
「それで泣きたくなったら、その時はわたくしが慰めてあげます。傷付いたあなたに、そのくらいのことはしてさしあげますとも」
「ラ、ラティファさん……」
僕は不覚にも涙ぐみそうになった。
「あら、今はダメですよ。まだ姉とのことが終わってませんから。
それに慰めるとは言いましたが、この体を差し出すとは言ってませんからね?」
「わ、分かってます! そんな卑劣な真似はしません。だって僕は、変態紳士なのだから!」
「まあ頼もしい」
ラティファさんがクスクスと笑った。
「でもそうですね。わたくしも命を助けられて親切にされているわけですし。もし真剣に求められるのであれば、一度くらいは女としてそれに応えてさしあげてもいいのかもしれませんね」
「そ、そういう不穏なことを言って僕を惑わさないでください!」
とんでもない提案をしてきたラティファさんに僕は思わず動揺した。
いや、まあ、最初に出会った時からずっとそんな感じだったような気もするけど、今回のはなんだかいつもと少し雰囲気が違う気がしてドキリとする。
「あら、惑わすだなんて人聞きの悪い。わたくしは青少年の悩み相談に親身にのってあげているだけですのに」
ラティファさんは心外そうな顔でそうわざとらしく拗ねてみせる。
それで僕も少し落ち着いた。
そして、言われてみれば確かにそうだった。悩みを聞いてもらった僕は、おかげで何だか気分がスッキリしたような気がする。
「そ、そうでした。どうもありがとうございました、ラティファさん」
「いいえ、どういたしまして。これも捕虜として当然の処世術です」
つまりここまでのやり取りは全て、立場の弱い捕虜として少しでも状況を有利に運ぼうとする策略であって、決して好意などと勘違いして舞い上がるなということだった。
チクリと最後にそういうことを言うあたり、この人には本当にかなわないなあ。
それでも僕は、ラティファさんがしてくれるという一度だけの慰めに胸が高鳴った。そのためならもう少しだけ頑張れそうな気がする。
まあでも、その代償は多分とてつもなく高くつくとは思うけど……。




