第26話 トワイライト観覧車殺人(未遂)事件
「いい景色ですねえ」
夕日に染まっていく街を観覧車から眺めながら、ラティファさんがおっとりと感想を述べる。
僕はそんな彼女の意図を探りあぐねていた。
「もう、そんなに構えないでください。わたくしだって、たまには殿方と2人でこのような時を過ごしたくなることもあるかもしれませんよ?」
そう言われて勘違いするわけにはいかない。ラティファさんに限ってそんな可能性は限りなく低い。
僕の緊張は更に高まった。
そんな僕を見て彼女がため息を付く。
「そこまで警戒されてしまうと、いくらわたくしでも傷付きます」
絶対ウソだろうなとは思いつつ、それでも僕は謝らざるを得ない。
「す、すみません。つい色々と、勘繰ってしまって……」
「いえ、いいのです。わたくしと居ても気詰まりなだけですよね。姉さんほど綺麗ではありませんし、アリサさんほど可愛らしくもない。こんなわたくしのことなど、どうか捨ておいて下さい」
ラティファさんがいかにも悲し気に言うので、僕はどうしてもフォローしようとしてしまう。
「そ、そんなこと、ないです。ラティファさんも、その……とても素敵ですよ」
「……具体的には、どのあたりがですか?」
しまった。言質を取られた。
これでは僕は何か答えなくてはいけない。
悲しみに沈んでいたはずのラティファさんは、そんな僕をいつの間にかとても楽し気に見つめていた。
「え、えーと。き、綺麗なロングヘア―ですし。お姉さんのサミアさんとはまた違う、しっとりとした美人の、大人な女性です」
何とか頑張ってみたけど、まだラティファさんは僕をジッと見つめ続ける。
「こ、細かい配慮ができるし。お姉さんをからかいながらも、すごく大事にされてるところとか。とてもいいなと思います」
まだ見つめられる。
僕は耐えきれず視線を下に落とした。そしてつい、見たままの感想をポロリとこぼしてしまう。
「む、胸もすごく大きくて、ドキドキとします」
ああ、僕は何を言ってるんだろうか。これじゃあ完全にセクハラじゃないか。
僕がそう頭を抱えると、ラティファさんのクスクスと笑う声がした。
「まあ、それくらいでよしとしましょうか」
ホッとした僕が疲れた顔を上げると、ラティファさんは穏やかそうに微笑んでくれていた。
「外見だけでなく、心映えも褒めたところはポイントが高いですよ」
だけどそこで、なぜか困ったように頬に手を添える。
「ですが胸が大きいというのは、人によっては傷付くかもしれませんねえ」
「ご、ごめんなさい!」
僕はそう言ってまた頭を下げるしかなかった。
「しかもこんな密室であなたの大きなオッパイに興奮するなどと言われてしまうと、わたくしは身の危険を感じてしまいます」
大きな胸にドキドキするとは言ったけど、そんな風に表現されると僕がまるで変態みたいじゃないか!
いや、それで合ってるのか……。
「捕虜の身では満足な抵抗もできませんし、わたくしは一体どうなってしまうのでしょうか」
ラティファさんが身をよじり、ヨヨと泣き崩れる。
そこまでされるとさすがの僕も反論せざるを得ない。
「ど、どうもされないと分かって言ってますよね?」
するとラティファさんは顔を上げ、真顔で僕に反論してくる。
「それはそれで、わたくしの女のプライドが傷付きます」
「僕にどうしろと!?」
するとようやくラティファさんが演技をやめてくれた。普段どおりの雰囲気に戻って僕に穏やかに笑いかけてくる。
「冗談です。少し緊張されているようでしたのでそれをほぐそうと思ったのが、どうやらちょっとやり過ぎてしまったみたいですね」
ええ、ええ。お陰様で随分ほぐれましたよ。
だけどそのほぐし方は心臓に悪いので、次からはもう少し穏やかにして欲しい。
「それで聡さんは、何かわたくしに相談したいことがあるのではないですか?」
ふくれっ面の僕にラティファさんがそう問いかける。
僕はおやっ?と思った。
「まさか、そのために観覧車に一緒に乗ろうと言ったんですか?」
「ええ、そうですよ。ここなら姉さんたちに気兼ねをしなくてもいいでしょう」
サラリと言ってのけるラティファさんに、そういうことは最初に言って欲しかったと僕は思った。
僕の葛藤を返せ!
「ラティファさんは、人が悪いです……」
「いい女とは、ミステリアスなものですよ」
僕の抗議はウフフと軽く流された。
全く、この人にはかなわないなあ。
「はあ、もういいです。どうせ僕はお子様ですよ」
僕はそう不貞腐れた。
するとラティファさんはすかさず僕を持ち上げて見せる。
「でもそのお子様が、地球を曲がりなりにも帝国から守ったのではないですか? もう少し自信を持ってもよろしいかと思いますが」
ちょっとこそばゆいその言葉で僕はやっと気を取り直した。
「それじゃあ、聞きますけど。僕はこれから、どうしたらいいと思いますか?」
するとラティファさんは軽く首をかしげる。
「どうしたらというのは、帝国との戦争の話ですか? それとも姉さんのことですか?」
「りょ、両方です。両方とも、僕の手にはすごく余るんです」
どっちも僕には深刻な問題だった。
というか状況に流されるだけのただの変態紳士では本当にどうしていいか分からない。事態がこうなる前のアリサちゃんだけでも僕のキャパシティーは決壊寸前だったのに、もはや完全に制御不能だ。
「戦争のことであれば、どれが正解かは分かりません。不確定要素である戦場の霧が完全に晴れる状況などありえませんし、ましてやあなた方は弱小勢力過ぎて状況を積極的に動かせるだけの主導権を持ちえません。
このまま徹底抗戦がいいのか、撤退がいいのか。はたまた帝国への亡命がいいのかは難しいところでしょうね」
「じゃあ、このまま頑張ってみてもいいんですか?」
「それでうまくいく可能性は否定しません。ですが、現在の状況からすると一番分の悪い賭けにはなるでしょうね」
やっぱりそうなのか。
「わたくしの立場としては、帝国への亡命をおすすめします。そうすれば少なくともあなたとアリサさんの身の安全と、それなりに快適な生活は保障いたしますよ」
捕虜の身としては当然の提案だろうか。
だけど僕には、その言葉がまるきりウソとも思えない。少なくともラティファさんとサミアさんは全力でそうしようと努力してくれそうな気がする。
宇宙戦争のことはひとまずこんなところだろうか。
だから僕は、もう1つの懸案事項について聞いてみた。
「お姉さんのことは、どうすればいいんですか?」
ラティファさんがクスっと笑った。
「そうですねえ。あなたは妹のような幼馴染を盗聴したり、その下着を盗んでこそこそとイタズラするような度しがたい変態さんですし。それでもけなげにあなたを慕ってくれる女の子の想いすら受け止められない意気地なしです」
うぐっ!
美人の女の人にそう指摘されると、改めて自分が最低のクズ人間であることを痛感する。
「敵を殺す勇気が無いのを優しさと勘違いした姉さんを騙したまま、その胸に抱きしめられては鼻の下を伸ばし。あんなに可愛らしい幼馴染がいながら姉さんから差し出された下着ですぐに粗相をしてしまう。そんな節操無しさんでもありましたね」
全く反論できない。
「そしてそんな姉さんとの関係を立場の弱い捕虜であり、妹でもあるわたくしに相談して都合の良い許可や免罪符を求めるだなんて…」
ラティファさんがおっとりと僕を見つめて笑う。
「あなたは本当に鬼畜な卑怯者さんなのですね」
会心の一撃だった。
僕はうなだれ、こうこぼすしかなかった。
「い、生きてて、ごめんなさい……」
ラティファさんの言葉の刃に、僕は一瞬で瀕死に追い込まれた。
確かに言葉責めという名のご褒美をほんのり期待していたものの、ここまでの切れ味は完全に予想外デス。




