第22話 プリティーダメウーマン
「アリサちゃんと一緒にちょっと出掛けてくるって、そんな書き置きだけ残して急に二人ともいなくなっちゃうんだから。あの時は本当にビックリしたのよ」
夕食の席で母さんがそうこぼす。
「だから、悪かったって。あれはアリサちゃんが急に出かけるって言って慌ててたから、詳しい事情を伝える余裕がなかったんだよ」
「私はまさか駆け落ちでもしたのかしらって、ずっと心配してたのよ」
僕は母さんの微妙に核心を突いた言葉にギクリとした。
駆け落ちというか、下手したら心中?
「か、駆け落ちって。そ、そんなわけあるはずないじゃないか」
「そうよね。アリサちゃんがこんなバカ息子と一緒に駆け落ちなんて、するはずないわよね」
ところがそれを聞いたアリサちゃんがイタズラっぽく笑う。
「でももしお母様が…じゃなくて、おば様が反対するなら本当に駆け落ちしちゃうかもしれませんよ」
「お、お母様って……。もしかしてあんた、ついに我慢できずにアリサちゃんを襲っちゃったの!?」
母さんが疑惑の目で僕を睨む。
あ、そこは付き合うじゃなくて襲う、なんだ。
さすが僕の親。僕のことをよく理解してるなあ。
「ち、違うよ! 僕はそんなことしてないよ!」
盗聴や下着ドロはしてたけど……。
「そ、そうよね。あんたにそんな度胸なんてないわよね。ああビックリした」
「だから私が苦労するんだけどなあ」
アリサちゃんが残念そうにこぼす。
それを聞いた母さんの目がまた釣りあがる。
「あんた、やっぱり何かしたんでしょ!」
盗んだ下着でナニはしたけど、襲ってはいないよママン!
などとは当然言えるはずもなく、僕はプルプルと首を横に振るしかなかった。
「聡殿はそんなことなどしない! あの日はトラブルに遭遇した我らの命を救ってくれていたのだ!」
追い詰められた僕を救ってくれたのはなんとサミアさんだった。
「ええそうですわ、お母様。もし聡さんがいなかったら、わたくしたち姉妹がここでこうしていることはきっとなかったことでしょう」
ラティファさんの言葉は、ある意味ではそのとおりだった。
もし僕が乗っていなかったらユニゾンドライブが発動することもなく、この姉妹が捕虜になることだってなかった。
そう考えると僕はなんだか皮肉を言われている気がする。やっぱりラティファさんは一筋縄ではいかないなあ。
「ちょ、ちょっとあんた。このお姉さんたちとは一体どういう関係なの?」
母さんが声を潜めて僕に聞いてくる。
それもなかなか素直には答えにくい質問だ。
「ふ、二人はアリサちゃんの知り合いで、遠くからこの国にわざわざアリサちゃんを訪ねて来たんだけど。そこで商売敵の人たちにばったり遭遇して険悪になっているのを、僕が空気を読まずに話しかけちゃったんだよ。
それで一触即発の危ない場面が運よく流れたんだって、前にそう説明したじゃないか」
おおむね間違ってはいない気がする。
「そうは言うけど、あの人があんたを見る目が尋常じゃないじゃない。本当にそれだけなの?」
もちろんそれだけな訳がない。
「そ、それだけだって。どうもそれをちょっと大袈裟に考えてるみたいで、僕も少し困ってるんだよ」
「いいや、ちっとも大袈裟ではないぞ。我らは本来あそこで死すべき存在だったのだ。それをこうして生き永らえ、あまつさえ賓客として遇されているのはひとえに聡殿の優しさゆえだ」
「やっぱりそれだけじゃないじゃない! どうすんのよ。あれはかなり思い詰めるタイプの人だよ」
「ど、どうしようか?」
僕たち親子は途方に暮れた。
その母さんに、今度はラティファさんが何気ない感じでたずねる。
「お母様。こちらのお料理は何ですか? とても魅力的な風味がしますね」
「え? ああ。それは麻婆豆腐といって、大豆でできた豆腐に唐辛子や山椒を利かせた料理ですよ。辛い料理の方がお口に合うかと思って作ってみたんだけど、大丈夫でしたか?」
「ええ、辛さでとても食が進みますね」
ラティファさんが巧みに話題を逸らしてくれて助かった。あのままサミアさんと母さんの攻勢を受け続けていたら、遠からず僕の説明は破綻していた気がする。
そんな感じで、今晩の夕食も何とか無事に?終わった。
アリサちゃんは姉妹を我が家の食事に招待することに最後まで反対していたけれど、仲間外れも可哀そうだし、地球の生活にももっと触れて欲しかったのだ。
相互理解が戦争回避の近道だと何かで読んだような気がする。それに異文化交流のホームステイのようなものだと思えばそんなにおかしくもない。
「さ、さっきはすまなかったな。ついムキになってしまった」
屋敷への帰り際に、サミアさんが僕に申し訳なさそうに謝ってきた。
「い、いえ、いいんです。気にしないでください。詳しい事情を黙っていてくれとお願いしたのはこっちなんですから」
「いや、こっちこそ捕虜にもかかわらず夕食にまで招待してもらって感謝している」
「楽しんでもらえたら良かったです」
そこでサミアさんが恥ずかしそうに声を潜める。
「そ、それとだな。れ、例のあの布を使う時のことなのだが」
サミアさんが布というと、もしかして紙袋で手渡された下着のことだろうか。
「この首輪でこちらの様子が全てそちらに筒抜けなのは分かっているのだが、お願いだから……その……。
ト、トイレの時の音声だけは、使わないでもらえるだろうか……」
僕はブッと噴き出した。
「いや分かっている! 本来はそなたの見てる前でしてみせろと言われても拒否できないのが我らの立場だ。逃亡や反乱を防ぐには時にそのようなことを強いられることがあるのはもちろん承知している」
サミアさんが悲壮な覚悟を僕に吐露した。
「だが、女として見られる時にもそれではあまりに切ないのだ。だからせめて、風呂場の音声などにしてくれたら助かる。
それとも……、夜に何か艶っぽい声の1つでも漏らして見せねばダメだろうか」
そんな悩まし気な目で僕を見ないで!
「し、しなくていいですからそんなこと! サミアさんはお願いだから普通にしてて下さい。トイレやお風呂の音声なんか、僕は絶対に盗聴したりしませんから!」
「いや、だが、それでは捕虜の管理的にも問題があるだろう。それに何より、あの布の運用はどうするのだ?」
「何かマズイことをサミアさんたちがしてたらドクターがきっと知らせてくれます。それに下着だけで僕には十分ですから!」
「そ、そうなのか。しかし、星宮アリサの時は違ったのだろう?」
「それは、そうですけど……。でももう、僕はあんなことはしませんから」
というか本人にバレてるのにあえてまた同じことを繰り返す度胸なんて僕にはない。
「そうか。だがそうすると、困ったな。もし過去のあやつの音声で運用されでもしたら、それはそれで屈辱的だし……」
サミアさんが何やら悩み出した。だけどちょっとその方向性を間違えている気がする。
「よ、よし。で、でででではこうしよう」
そう言うとサミアさんは突然僕を抱きしめた。
その豊かな胸に僕の顔がムギュッと押し付けられる。
今回は以前の宇宙服なスーツじゃなくて柔らかな部屋着だから、よりダイレクトにオッパイの感触を感じられた。
そうしてしばらく抱きしめられた僕は、今度は不意に解放された。
「こ、ここここれで大丈夫か!? ドキドキを、補充できたか?」
サミアさんが恥ずかしそうに顔をそむけながら聞いてくる。
こ、この人は年上なのにどうしてこんなにカッコ可愛いんだろうか。アリサちゃんのあざとさとは違う、ギャップ萌えのような何かがそこには存在していた。
そしてアリサちゃんへの対抗意識だけでこんな事をしてしまう、そのちょろさに危惧を覚える。思い込みや母性も強そうだから、ダメな男に簡単に引っかかりそうなんだよなあこの人。
いや、そうか。今まさにその最中なんだ……。
そう気が付くと急に彼女が哀れに思えてくる。
「サミアさん。もっと自分を、大切にして下さい。あなたは本当に素晴らしい女性なんですから」
「そ、そうか? そなたにそう言ってもらえるとなんだか面はゆいな」
僕の叱咤激励になぜかテレテレとする彼女を見て、アッこれはダメだなと僕は思った。
なんというか舞い上がってしまっていて、もう冷静に周りが見えていない。
こんな時こそと僕が妹のラティファさんを探すと、彼女は少し離れたところからジッとこちらを見ていた。そして僕と目が合うとニコリと笑った。
こ、これは、見張りというか、監視されているんじゃなかろうか。これだと下手なことなどとてもできそうにない。
でもまあこの調子でラティファさんが後ろに付いているなら、サミアさんもそうそうおかしなことにはならないのかもしれない。
だけどそうすると、僕とのことを泳がせ、下着でけしかけてすらいるこの状況は一体どういうことなのだろうか。
僕を篭絡して脱走しようとしているのか。それとも他に何か意図でもあるんだろうか。
もし本当に年下の僕で男に免疫を付けさせようと考えているなら、変態紳士を選んだ時点で深刻な選択ミスだと声を大にして言いたい。
それで僕は今度はすがるような目をラティファさんに向けると、彼女は笑顔で首を横に振った。
どうしよう、全然助けてくれそうにない。
仕方なく僕はサミアさんに向き直る。
「ああでももしかして、何か写真とかもあったりした方がいいか? エッチなのはまだ恥ずかしいが、少しくらいならポーズを取らなくもないぞ。
む、胸を強調したり、お尻を突き出してみた方がいいのかな?」
この分だと、少し強引にお願いすれば下着姿くらい結構簡単に撮らせてくれそうな気がする。いや、手でオッパイを隠す、手ブラまではいけるんじゃなかろうか。
本当に無防備だなあ、この人は。
そしてその将来がとめどなく不安だ……。




