第21話 賢者タイムのための贈り物
「た、ただいまー」
僕とアリサちゃんは、学校が終わってアリサちゃんの屋敷へと帰ってきた。
「ああ、うん」
「おかえりなさいませ」
二人はこちらも見ずにそう言うと、リビングに足を踏み入れた僕たちを無視してそのままマンガを読み続ける。
「え、えーと。日本語なのに、大丈夫なんですか?」
僕がそう聞くと、サミアさんがその疑問に答えてくれた。
「ああ、それは大丈夫だ。このメガネを掛けていれば自動的に翻訳してくれる」
確かに二人はメガネ型の端末を顔に掛けていた。
「そ、そうですか」
このやり取りの間も全くこちらを見ようとしない。
「で、でも……。技術文明の遅れた地球の、それもそんな紙媒体の本なんて読んでも面白いんですか?」
するとようやくこっちを見てくれた。
「何を言ってるのだ! 娯楽の本質というものはどこに行っても変わらないのだぞ? むしろ小手先の技術などではなく、物語の奥に潜む想像力や多様性にこそ面白さが詰まっているのだ」
「ええ、姉さんの言うとおりです。その点、この地球の文化は素晴らしいものがあります。ありきたりな神話や英雄譚などに留まらず、エロスや犯罪、それに殿方同士のむつみあいまでこんなに深く考察しているだなんて」
それを聞いたサミアさんがサッと妹のラティファさんの方に向き直る。
「何を言うラティファ。そんなものは邪道だ。やはり少女漫画にこそ恋愛の本質がだな…」
「いいえ姉さんこそ分かっていません。禁じられた世界にこそ人はより燃え上がるものです。ありとあらゆる禁断の関係をここまで赤裸々に描くBLのすばらしさが姉さんには…」
僕らがいない間の暇つぶしにと僕やアリサちゃんのマンガを一杯置いておいたのだけど、どうやらこちらの想像以上に気に入ってくれたみたいだ。
僕が生暖かい目で姉妹のマンガ談義を眺めていると、突然アリサちゃんが大きな声を上げた。
「あー! ど、どうして私が隠しておいたBLマンガまでここに転がってるのよ!?」
「ん? ドクターに他にもないのかと聞いたら場所を教えてくれたぞ?」
「ええ、ぜひ地球の文化をより深く学びたいとお願いしたら。文化交流とあれば仕方ありませんな、と言ってこころよく教えてくださいました」
「ド・ク・ター!」
「まあいいではありませんか。帝国の方たちに地球のことをよりよく知ってもらうことはきっと無駄にはなりません。
それに捕虜とはいえ、かなえてあげられる要望は出来るだけかなえてあげて下さいと聡さんもおっしゃっていましたからなあ」
「だからって何で私の秘密のコレクションまで開帳しなくちゃならないのよー。あ、お兄ちゃんは見ちゃダメ―!」
アリサちゃんがテーブルの上に転がる怪しいマンガを必死に隠そうとする。
そうかあ、アリサちゃんにも人には言えない趣味があったんだなあ。そう知って僕は少し嬉しくなった。
そんな僕を、お姉さんのサミアさんがちょいちょいと手招きする。
何だろうと思って一緒に廊下に出ると、何かが入った紙袋をそっと渡された。
「何ですか、これ?」
するとサミアさんが恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「そ、その、なんだ……。ラティファの奴がな。我らは捕虜なのだから、少しは気を使った方がいいと、そう言うものだから。だ、断腸の思いで私はそれを…」
何だか要領を得ない。
僕が仕方なく紙袋を開けると、そこには何やら布切れが入っていた。
僕がそれを取り出そうとすると、
「こ、ここではダメだ! は、恥ずかしいではないか!!」
押し殺した声ながら、とても強い口調でそう制止される。
驚いてよく紙袋の中を見ると、なんだか見覚えのある物に見えなくもない。
というか僕は、これによく似た奴を頻繁に失敬していた気がする。
「え!? こ、これってまさか下着じゃ…」
「だからここでそれを言うな!」
サミアさんに手で口を塞がれた。温かくてなんだかいい匂いがする。
「で、ででででも、どうしてこれを!?」
僕が小さな声で尋ねると、サミアさんが恥ずかしそうに顔を伏せる。
「い、妹のような少女の下着を盗むのは、よくないと思う。捨て身の勝負で自分を破った戦士に、そんな真似はして欲しくないのだ」
返す言葉も無かった。
結局僕は、この姉妹にまで盗聴や下着ドロでアリサちゃんをコソコソと欲望のはけ口にしていたことを知られてしまっていた。
いや、アリサちゃんが自慢気に吹聴していた。
「だが男のそなたに、そういった衝動があることは、理解している。だからこれは、そ、その代わりだ……。
どうか自分ので、我慢して欲しい。き、近所のお姉さんへの劣情なら、まだ健全だと思うから」
その心遣いが僕を一層みじめにする。
僕は改めてまた死にたくなった。
「こ、こんなの、とても受け取れません……」
そう言うのが精一杯だった。
するとサミアさんが愕然とした顔をする。
「や、やはりこんな大女で男勝りな女の下着では、とても興奮などできないというわけか……」
僕は慌ててそれを否定する。
「ち、違います! サミアさんはとても素敵な女性です。綺麗でカッコイイし、そのモデルみたいな体で抱きしめられた時はすごく興奮しました!」
感動の抱擁にすら性的興奮を得ていたと最低な告白を僕がすると、サミアさんはいぶかしげな顔をした。
「な、ならば……なぜ」
僕は断腸の想いで自白するしかなかった。
「だって、僕が盗んだ下着で何をしてたか、知ってますよね。いくら捕虜だからって……、そ、そんな酷いことを女の人に強要なんて、とてもできません」
「だ、だが星宮アリサにはしていたではないか!」
「あ、あれは。バレてないと、思ったからで……」
そうでなければとてもあんな真似はできない。
すると何を思ったのか、サミアさんが決然とした顔で宣言した。
「ならば、自分は知らないことにする!」
僕はビックリしてサミアさんを見返す。
「え、いやだって。いくら何でもそれは、む、無理がありますよね?」
「み、見て見ぬふりなど、どこにでもある……。それにそなたがこれを使って何をするのか、自分は一切感知しない。これは捕虜の身の待遇改善を図って、あさましい自分が勝手に渡すだけだ」
「で、でも…」
「それとも! やっぱり自分の下着など、本当は嫌なのか。迷惑なのか。だから受け取りを渋っているのか」
サミアさんの目が据わっていた。
僕は一瞬で蛇に睨まれた蛙になってしまう。
「わ、分かりました……。取り合えずこれは、預かります」
「う、うむ……そうか。ならいいんだ」
そうして僕らは、お互い恥ずかしそうに視線をそらした。
「だ、だがな。使い終わったら必ず、か、返してくれぬか? ずっと預っていられると、着回しに支障が出て困る。
そ、それに返された下着を身に着けてこそ、あやつと対等になれるのだからな……」
後半の方のセリフが小さくてよく聞こえなかった。
あとやっぱり、僕が何かに使うことが前提になっている気がする。
「か、返した下着が、どうかするんですか?」
僕がぎこちなく聞くと、なぜかサミアさんに睨まれた。
「何でもない。そこは気にしなくていい。
そ、それより早くその紙袋をカバンにしまってくれ。星宮アリサに見つかると厄介だからな」
「そ、そうですね」
結局僕は、下着を受け取ってしまった。
捕虜のサミアさんにまでこんな気を遣わせるなんて、僕はほんとにダメ人間だなあ。
それとも自分の下着を差し出すことで、僕がアリサちゃんの下着を入手しづらくなった禁断症状から捕虜虐待に走らないように警戒しているのかもしれない。
いずれにしても、僕は受け取ったこの下着をどうすればいいんだろうか。
後でそのまま返すとそれはそれでサミアさんの女のプライドを傷付けそうだし、これを使えば僕はまた人として大事な何かを失う気がする……。
でも、普段は毅然と振舞う年上のお姉さんが恥じらう姿は可愛かったなあ。
ああダメだ。そんなことを考えていると、抱きしめられた時の胸の感触をまた思い出してしまう。
それにしても、天涯孤独のアリサちゃんに捕虜のサミアさんか。
僕が苦しい立場の女性の弱みにとことん付けこむタイプのクソ野郎なことだけは、どうやら間違いがないみたいだった。




