第19話 第二次オッパイ会戦
結局、ドクターが事情を説明してくれてようやく事態が収束した。
「そうか。故郷の星と幼馴染を守るために、ただの学生が何の成算もないのに絶望的な戦いに身を投じたというわけか。こんな老朽艦1隻で、正規の訓練を受けたわけでもなく。おまけに廃人になるかもしれぬ禁断の技術にまで手を染めて戦い抜いたのだな。
それでも最後の瞬間には照準をずらして、敵である我らの命を救う余裕まで見せたというわけか。ハハッ、これは完敗だな」
お姉さんがサバサバとした顔で負けを認め僕の方に向き直る。
「さっきは変態だのケダモノだのと言ってすまなかったな。貴様は立派な戦士だ。いや、お姫様を守る騎士かな」
なんだか感動してるところを非常に申し訳ないけれど、変態の方で合ってますから。そして戦士でも騎士でもなくて、ただの変態紳士なんです。
そう訂正したかったけれど、目尻の涙までぬぐっている相手にさすがにそんな空気を読まない反論はできない。
「い、いえ。僕はただ、成り行きに身を任せていただけですから。た、大したことは、何もしてません」
「それでいて己の功を少しも誇らないとは……。自分より若いのになんと謙虚なのだ!」
「え、うわっ!?」
僕はお姉さんにいきなり抱き着かれた。
頭を抱きしめられて顔がその大きな胸に埋まる。それは、アリサちゃんには望みえないボリュームと弾力だった。
「あ、ちょ、お兄ちゃんに何してるのよ。は、離れなさいよね!」
アリサちゃんが慌てて割って入って僕らを引き離そうとする。
「あ、ああ、すまない。これは失礼した。つい興奮してしまってな」
お姉さんは僕から離れると改めて僕らに向き直る。
「そういえば自己紹介がまだだったな。自分は帝国軍人でサミア・シャムーンという。こっちは妹のラティファ・シャムーンだ。一応、皇族の末席に名を連ねてはいる」
「こ、皇族!?」
僕の驚きに姉のサミアさんは苦い笑みを浮かべた。
「皇族といっても傍流で絶賛没落中だ。主流派からは疎まれているからあまり価値はないぞ」
「それで功を焦った姉さんが猪突猛進してしまったのが、この単艦での地球侵攻なのです。わたくしは強く反対したのですが」
妹のラティファさんが頬に手を当てながら困ったようにため息をつく。この人は仕草がいちいち悩ましいなあ。
「し、仕方ないではないか。こうでもしないと我らに手柄をあげるチャンスなど回ってはこぬのだぞ」
「その結果、わたくしたちはこうして捕虜になっているのですけれどねえ」
「そ、それはそうだが……」
妹にやり込められたサミアさんが誤魔化すように僕らを見る。
「そ、それで、そなたたちはこれからどうするつもりなのだ?」
「どうする、とは?」
「我らが戻ってこねば、次は恐らく所属艦隊から分艦隊が派遣されるだろう。そうなればいかにユニゾンドライブを使おうとも多勢に無勢で抵抗は難しい。そうなる前に、帝国に降伏すべきだ」
「そ、そんなことできるわけないじゃない!? それにその前に連邦の救援が来るもん!」
アリサちゃんの叫びにもサミアさんは動じない。
「それはどうかな。連邦の命令は撤退なのだろう? あえてこんな辺境で積極攻勢に出るかはかなり疑問だな。地球政府もまだ連邦に加盟はしていないという。ならばなおさら攻勢に出る大義名分がない。それでは連邦議会はもちろん世論とやらも説得できまい」
「で、でもここで私たちが粘ってればきっと助けに来てくれるもん! それに地球だってすぐに連邦加盟を決議するから大丈夫だもん!」
「では、仮にそうなったとしてどうなる」
「……え?」
「連邦が地球を本格的な支配下に置いたとして、そなたたちはどうなると聞いたのだ」
戸惑うアリサちゃんに代わって僕が答える。
「どうって、また平和に暮らせるんじゃないですか?」
それを聞いたサミアさんが残念そうに首を振った。
「地球の民は連邦市民として確かに保護されるかもしれない。だが、そなたたちは別だ。
精神感応炉に従事する感応者たちは、潜在的な反乱分子として厳しい監視下に置かれることになる。この船にも政治将校が正式に艦長として派遣され、その思想信条は元より日々の生活にいたるまで厳しく制限されることになるだろう。ユニゾンドライブにまで手を出しているとなればなおさらだな」
「そ、そんな……」
「連邦はそれだけ感応者たちを恐れているのだ。エネルギー革命を起こした精神感応炉はその制御にある程度のセンスや幼少期からの訓練を必要とする。それが世襲を生み、新たな貴族階級となることを奴らは危惧している。そのために感応者たちを厳しく監視し、政治参加のみならず人権すら制限し弾圧してきた。
そしてその弾圧こそが我ら帝国を生み出したのは、まさに歴史の皮肉だな。そしてそれが連邦内での弾圧を更に激しくするという悪循環だ」
サミアさんたちは複雑な笑みを浮かべていた。
「ドクターとやら、私の言っていることは何か間違っているか?」
「……いいえ。残念ながら大きくは違わないかと」
僕とアリサちゃんはドクターが否定しないことにショックを受けた。
「そういうことだ。だからよく考えるがいい。我らはいつでもそなたたちの亡命を受け入れる準備がある。この命を救ってもらった礼は返さねばならぬしな。絶対に悪いようにはしないと今ここで誓おう」
「ええ、その言葉は信じてくれていいですよ。何せ奥手な姉さんが自分から男の人に抱き着くなんてそうそうあることではありませんから。かなり気に入られていますよ、あなた」
「ラ、ラティファ!? お前は何を勝手なことを…」
「姉さんはああいう少し頼りなくて母性をくすぐるタイプが好みだったのですね。どうりで帝国の武張った殿方に興味を示さないはずです。
それでいて男勝りな姉さんを打ち負かすだなんて、姉さんがそのギャップにやられてしまうのも無理ありません」
「ち、違うぞ!? これは違うからな? 自分はただ純粋に感動して抱き着いてしまっただけなんだ!」
「まあ、照れなくてもよろしいのに」
なんだかまた新たな誤解が生まれている気がする。僕はアリサちゃんを最後にちょっと手伝っただけなんだけどなあ。
「あ、あんたたち何いってるの!? お兄ちゃんは私のものなんだからね!」
負けじとアリサちゃんが参戦してくる。僕に抱き着くと、見せつけるように僕の体に手を回して勝ち誇った顔をする。
それを見たお姉さんがなぜか頬をピクピクとさせていた。
「お、幼馴染で兄妹同然に育ったくせに……、ふ、不健全だぞ!」
「お兄ちゃんは変態だからいいんですー。お兄ちゃんて呼ぶ方が興奮して喜ぶんだもんねー」
「なっ…、そんなただれた関係が許されると思っているのか!」
「あんたに許してもらう必要なんてないもん。こ~んなお兄ちゃんを受け止められるのは私だけなんだから」
「何だと!? じ、自分だって今は捕虜としてどんな要求でも受け入れる覚悟がある!」
「ウソよ。だってさっきお兄ちゃんの相手を妹に押し付けようとしてたじゃない」
「あ、あれは誤解があったからだ。それにそんないかがわしい関係を目の当たりにしては放っておけん!」
「ほっときなさいよ! お兄ちゃんには私が小さい頃からツバを付けといたんだからね。それにお兄ちゃんの全てを知ってもまだそんな余裕をかましてられるの?」
まずい。話が段々と僕の盗聴下着ドロ疑惑の方に近づきつつある。
いや、疑惑じゃなくて実際にはその下着を毎晩汚していただなんてとてもこの姉妹には言えない。特に僕を過大評価しているお姉さんに知られるわけにはいかない。
「ア、アリサちゃん? も、もうそのへんで…」
「お兄ちゃんは黙ってて!」
「はい……」
そんな僕たちのやり取りを、妹のラティファさんだけは楽しそうに眺めていた。
もしかして、僕の盗聴を泳がしていたアリサちゃんや姉として毅然と交渉するサミアさんより、この人が一番油断ならないのかもしれない。




