第13話 変態紳士の一分
「そ、そんな、どうして!?」
小惑星帯に事前に仕掛けられた自走機雷や、チャフ・フレア・デコイといった索敵欺瞞装置の数々が次々と破壊されるのを見て、アリサちゃんの口から絶望の声が上がる。
戦況モニターを見る限り、アリサちゃんはここまでうまくやっていた。防御シールドに重点を置きつつ、時折カウンターの牽制攻撃を混ぜてこちらの意図を隠蔽しながら小惑星帯へと巧みに押し込まれていく。
そうしてあと少しでキルゾーンに敵艦を誘い込むことができると思った瞬間、目の前でその希望が砕け散ったのだ。
「どうやら……、敵のセンサーの方が優秀だったようです」
そう答えるドクターの声も沈んでいた。
「どうしよう。ねえどうすればいい!? 教えてドクター!!」
アリサちゃんが半狂乱で叫ぶ。
「もはや降伏しか……道はありません」
それは、万事休すということだった。
「ダメ、それだけは絶対にダメ! 私たちの後ろにはもう防衛戦力なんてないんだよ!? 地球が、地球が帝国に侵略されちゃうじゃない!!」
そうしている間にも、罠を潰した敵艦の攻撃がこの船に集中してくる。
「シ、シールドがもうもたない!」
アリサちゃんの悲鳴を聞いて僕はいてもたってもいられなくなった。
「ドクター! 何か方法はないの!? このままじゃアリサちゃんが死んじゃう。僕にできることなら何でもするから、お願いだからアリサちゃんを助けてよ!」
僕の叫びに、ドクターが気の進まない声で応じる。
「1つだけ、なくは……ないのですが」
「「あるの!?」」
僕とアリサちゃんの声がハモッた。
「あるなら早くして! じゃないと…」
そんなアリサちゃんをドクターが苦渋に満ちた声でいさめる。
「ですがこれは、はるか昔に禁止され封印された危険な技術なのです。使えば、無事では済みません」
「このままじゃあどのみちみんな死んじゃうから!」
アリサちゃんの言葉にドクターが沈黙する。
確かにこのままだと、すぐに全ての未来は閉ざされることになる。
「……そうですな。事前の策が破れた以上、もはややむをえませんか。不幸中の幸いで起動条件もかろうじて揃ってはいます。最後に試してみる価値は、あるでしょう」
ドクターは何やら勝手に納得すると、今度は驚きの指示をした。
「では聡さん。すぐに空いている操縦席に座ってスタンバイしてください」
「え、僕!?」
「いいから早く!」
「は、はい!」
僕は急いで艦長席から立ち上がると、アリサちゃんの隣の操縦席に座ってヘッドギアを被る。
「今からユニゾンドライブを試みます。事前調整なしのぶっつけ本番になりますが仕方ありません。ですがもしこれが成功すれば、敵艦を凌駕する性能を発揮することでしょう」
それは素晴らしいことだけど、僕はもう1つの可能性の方が気になった。
「もし、失敗したら?」
「下手をすれば、2人とも廃人になります」
やっぱり!
「今のままでもすぐに撃沈されてしまうのでそれはあまり気にしないことです。それよりたとえうまくいったとしても、2人の間で意識や記憶の混濁が生じる場合があることだけは覚えておいてください。その後遺症で自我を見失い自殺した人間が後を絶たなかったことも、禁止された理由の1つです。
成功しても失敗しても貴重なパイロットの精神に深刻なダメージを与え、敵軍もろとも自軍を崩壊させかねない。これはそんな悪魔のシステムなのですよ」
それを聞いた僕は思わず声を上げる。
「い、意識や記憶の混濁!?」
「そうです。ユニゾンドライブとは、2人で同時に精神感応を行って船を操縦することです。その性質上、不可避的に相手の精神との混信が起こり、互いの意識や記憶を共有したり覗いてしまうことがあります。
ですが成功すれば感応炉から引き出せる出力は2倍となり、旧世代艦の制御効率の悪さを差し引いても敵艦を圧倒できます。
いえむしろ、大半の制御がマニュアル操作で冗長性や耐久性などの余裕を大きく取らざるを得ない、そんな旧世代艦にしかできない芸当なのです。半自動制御を多用し1人操縦の運用効率に特化したひ弱な現行世代艦など、本来は相手としないのですよ!」
ドクターはなぜか得意気だった。
だけど僕は、その自慢話をほとんど聞いてなかった。
記憶が混濁するということは、僕がアリサちゃんを盗聴した上にその音声で興奮しながら盗んだ下着を汚していることまで、全部彼女にバレてしまう可能性があるということだ。
もし強く印象に残っている記憶ほど混濁が起こりやすいとすれば、その危険性は非常に高いのではなかろうか。そしてそれくらいなら、僕は死んだ方がマシだった……。
「む、無理無理無理無理。素人の僕に宇宙船の操縦なんてできるわけないから!!」
だけどドクターは僕の必死な主張になぜか賛同してくれない。
それどころか意外な言葉で僕を説得してくる。
「いいえ、できます。何のためにお嬢様のお母さまがあなたにそのペンダントを託したと思うのですか。いつかお二人で宇宙に旅立つような事態が起こる可能性を考慮したからなのですよ」
「ペ、ペンダントが……このために?」
僕はペンダントを受け取った時の、アリサママの深刻そうな顔を不意に思い出した。
「さあ、この宣誓文を読み上げて下さい。そうすればあなたは正式にこの艦のパイロットになります」
すると僕のヘッドギアにある文章が表示される。
『私こと山田聡は、終生、星宮アリサに寄り添い、病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで互いに助け、支え合うことをここに誓います』
いや、だから、無理なんだよう。
なんだかどさまぎで結婚の誓いにしてしまおうというアリサママの無邪気な悪意まで感じるけど、これを誓って初めての共同作業をした瞬間に成田離婚は確実だから!
それどころか僕は、お兄ちゃんとしてもいられなくなってしまう……。
僕がいさぎよくここで心中する決意を固めたその時、横からアリサちゃんの声が聞こえてきた。
「も、もう、ダメ……。助けて……お兄ちゃん」
僕は頭を殴られたようなショックを受けた。
そうだった。僕は何を考えているのだろうか。僕はペンダントを託されたのだ。アリサちゃんを守って欲しいと頼まれたのだ。
そして今、横で苦しむアリサちゃんを守れるのは僕しかいない。白雪姫の王子様でも7人の小人でもない。木の役の僕だけだ。
それにどうせ今も裏では嫌われているのだ。そのレベルがちょっと極まったからってそれがどうしたというんだろうか。
それでもアリサちゃんは、僕に頼らざるを得ない。木の役から正式パイロットにまでなりおおせたこの僕にだ。
アリサちゃんが嫌そうな顔をしながらこの僕と精神的に繋がる。
そのことを想像すると、僕はやはり興奮せざるを得ない。
僕は今こそ信仰を試されていると思った。
唾棄すべき存在に落ちながらも、一番深いところで彼女と繋がり忠実に支え続ける。それはイスカリオテのユダにも似た苦難の道に違いない。
だけどそのユダこそが、キリストを永遠の存在にしたんじゃないか。
僕は静かに、誓いの言葉を読み上げた。
ドクターが厳かにアリサちゃんにたずねる。
「汝星宮アリサは、山田聡の誓いを受け入れますか?」
「受け入れる! お兄ちゃんのものなら何でも受け入れるから、お願いだから早くしてー!!」
「システム承認。山田聡を正式パイロットとして認証します。続いてユニゾンドライブの起動シークエンスを開始します。パイロットは同調ショックに注意してください」
ドクターが機械的な声で読み上げるのを僕は聞いていなかった。
アリサちゃんの叫び声すらよく聞かずに、僕は夢の中で何度も行ったシミュレーションの存在をなぜか唐突に思い出していた。




