第12話 こそこそ作戦の開始
「あれが、宇宙船の本船なんだ……」
地球はもうかなり後ろだった。
屋敷からはガレージの屋根が開き、地下の連絡艇はそこから静かに急角度で上昇して宇宙空間へ飛び出していった。
光学・電磁波ともに高度なステルス処理が施されているので、近所の人の目から空自の防空レーダー網までもれなく見つかるようなことはないらしい。
そして月の裏側、地球から最も遠くに位置するラグランジュポイントにその船はひっそりと浮かんでいた。
「そう、あれが私の船。ああ見えて全長は1km近くあるんだからね」
アリサちゃんが得意気に説明してくれる。
「そんなに大きいんだ。それは原子力空母どころじゃないね」
宇宙空間で比べる物がなくて大きさがよく分からないものの、さすが星系間航行をしながら戦う船だと思った。
その間にも連絡艇は宇宙船に接近していき、側面に開いたハッチから中に収納された。
連絡艇の格納庫からはエレベーターに乗って移動すると、そこはもう艦橋の存在するフロアだった。
重そうな扉がスライドして、僕たちは艦橋に足を踏み入れる。
そこは教室より少し広いくらいの空間で、モニターやいくつかのシートが存在した。
少し高い位置に置かれたシートが艦長席だろうか。
その前方にシートが2つあった。こちらは座るというより半分寝そべるような形で、頭部には何やらヘッドギアのようなものがあり、両手のところには操縦桿らしきものがあった。
そして僕は、その配置にそこはかとない不安を覚えた。
「これってまさか……、2人で操縦するの?」
ドクターが冷静に僕の懸念を否定する。
「いえ、1つは予備のようなものです。パイロットは交代や万一を考えて2人乗り込むのが基本ですが、実際の操縦はあくまで1人で行います。根本が脳波による操縦なため、2人同時というのは非情に危険なのですよ。現在では第1級の禁止事項ですな」
考えてみれば旅客機もそうだった。1つは副操縦士席で、操縦を変わる時はアイハブコントロールとか映画で言っていたような気がする。
もし2人同時に操縦なんかしたら混乱してすぐに墜落してしまいそうだ。精神感応炉の脳波操縦などという怪しげなシステムであればなおさらかもしれない。
ホッとする僕をよそにアリサちゃんが思案顔をする。
「ドクター。お兄ちゃんはとりあえず艦長席でいいのかな」
「そうですなあ。ひとまずそれで構わないのではないですか。何といってもお嬢様がこの船のパイロットなのですから」
「うん、そうだよね」
僕としてはどこか隅の方で膝を抱えていてもいいんだけど、さすがに戦闘機動があるかもしれない状況ではそういうわけにもいかない。
僕は言われるままに艦長席とやらに座った。アリサちゃんを後ろから見下ろす形になるけれど、黙って座っている分にはアリサちゃんの邪魔にならないだろう。
一方、操縦席に腰を下ろしたアリサちゃんは、ヘッドギアを被ると何やらいろいろとシステムを立ち上げていく。
そうして一通りチェックを終えたらしいアリサちゃんがドクターに声を掛ける。
「じゃあドクター、いよいよ出発するわよ。目標は帝国の偵察艦。想定される遭遇ポイントは、小惑星帯と木星軌道の中間地点」
「航路設定は既に終わっております。いつでもいけますぞ」
アリサちゃんがかすかに緊張した声で宣言する。
「それじゃあ、出発」
そうして僕らは、月軌道を離れて危険が待ち受ける宙域へと旅立った。
「素人の学生が交渉相手と分かれば恐らくまともに話を聞いてくれないでしょう。ですので、こちらの映像はオフにした上で私が応対するということでよろしいですかな」
「電波ジャックした時と同じ要領ね。うん、それでお願い」
予定ポイントへと到達し、間もなく敵艦を直接通信圏内に捉えようかというところでアリサちゃんとドクターがそう相談する。
僕は交渉が始まるのを、固唾を飲んで見守るしかなかった。
「接近中の帝国艦船に告ぐ。接近中の帝国艦船に告ぐ。
貴艦は既に太陽系の宙域を侵犯している。ただちに退去されたい。繰り返す。貴艦は既に…」
ドクターの警告に敵艦から通信が来た。
メインモニターにあちらの艦橋が映し出される。
『それは、太陽系は既に連邦が占領したから帝国はさっさと出て行けということか』
驚いたことに、敵艦のパイロットは2人とも女子大生や駆け出しOLにすら見える若い女性だった。小麦色の肌に銀髪がエキゾチックで、アリサちゃんと違う意味でドキドキとする。
そしてあちらの船は2つの操縦席が並列ではなく、縦のタンデム配置になっていた。奥の上段に座る女性がヘッドギアを被っていて、手前の女性は素顔をさらしたままシートに座っている。
その更に奥に艦長席がないのを見ると、奥のパイロットが艦長を兼任しているのだろうか。
「その質問にはお答えいたしかねます」
奥のヘッドギアをした女性がいぶかしげにたずねてくる。
『それはどういう意味か』
「残念ながら、その質問にもお答えいたしかねます」
すると今度はイライラしたように吐き捨てる。
『ええい艦の人工知能ごときでは話にならぬ。さっさと艦長席でふんぞり返っている政治将校を出せ。それとそちらだけ映像をよこさないのは無礼だろう』
艦長席と言われて僕はビクリとした。だけど、政治将校とは一体何だろうか。
「申し訳ありませんが、どちらの要望にも応じかねます。代わりと言ってはなんですが、わたくしはドクターという愛称で呼ばれております。以後お見知りおきを」
『それはそれは。ご丁寧に痛み入ると感謝すべきなのかな、ドクター』
女性が口元に浮かべた笑みは嘲笑だった。
「重ねて申し上げますが、太陽系からすぐに退去願えますか。そうすればこちらも今回の宙域侵犯は初回ということで不問にいたしましょう」
『断る』
即答だった。
『たとえ連邦が既に占領していたとしても、太陽系への侵攻を思い留まるつもりは当方には無い。このような辺境配備では知らぬかもしれないが、戦局は既に小競り合いの段階をとうに過ぎている。あくまで邪魔をするというなら、こちらは実力で押し通らせてもらおう』
どうやら情勢はかなり風雲急を告げているようだ。
「どうしても、ですかな」
『くどい』
「このままいくとお互い不幸な出会いになると思いますが、再考の余地はどこにもないと?」
『不幸なことになるのは貴艦の方だろう。まさか旧世代艦1隻でこちらを沈めるつもりか? 足止めにもならぬと知れ』
「それはどうですかな。一騎打ちともなればパイロットの腕が物を言いますぞ」
『……貴様は、私がボロ船1隻にも勝てないヘボパイロットだと言いたいのか?』
「いえいえ滅相も無い」
口調だけは丁寧だったが、ドクターの慇懃無礼は更に悪化する。
「ですが、通常は4隻編成で戦隊行動を取るはずが1隻だけとはおかしいですな。おまけに単艦で威力偵察まで試みようとは立派な心掛けです。まともな指揮官ならひとまず情報だけでも持ち帰るところを、どうやらよほど功を焦っておられるようだ。
何か盛大に失敗でもやらかしましたかな。失地回復のためのスタンドプレーとは頭が下がります。その蛮勇がアダとならぬよう、せいぜいお祈り申し上げますよ」
『よ、よかろう……。ならば望み通り、叩き潰してやる。徹底的にな!!』
そうしてブツリと通信が切れた。
「ちょ、ちょっとドクター。相手を怒らせてどうするのよ!?」
アリサちゃんがドクターに食って掛かるけどドクターは涼しいものだった。
「お嬢様、それは逆です。性能でまさる相手に冷静でいられてはこちらに勝機などありません。何とか相手を怒らせてこちらの策に乗ってもらわねばならないのです」
「そ、それであんな挑発をしたんだ……。ド、ドクターも人が悪いのね」
アリサちゃんが少し引いていた。
「どうにも交渉の余地がなさそうでしたので致し方ありません。それよりうまく敵の攻撃を受け流しながら小惑星帯の予定ポイントまで敵を引き込んでください。相手の気持ちを弄びつつ巧妙に罠へと引きずり込む。そういうのは慣れているでしょう、お嬢様」
「よ、余計な事は言わなくてもいいの。そんなの、言われなくても分かってるんだからね!?」
敵を怒らすだけでなく、アリサちゃんの緊張もうまくほぐすだなんてドクターは大人だなあと僕は感心した。
それにしても、アリサちゃんが弄んで罠にはめようとした相手って誰なんだろうか。もしかして、僕が気付かないうちにもうそんな恋の駆け引きをする相手がいるんだろうか。
どうやらこの分だと、この場を無事に乗り切ったとしても僕がアリサちゃんのそばにいられる時間は残りわずかなようだ。
僕の緊張だけが、ドクターの言葉で違う意味に高まった。




