弐 ‐ニ‐
九条学園高等部の正門前に到着した時、火納隆弥は思いがけない突風に見舞われた。とっさに目を閉じて感覚で周囲を探る。
坂の下から吹く風に、喜ぶ情動を覚えた。
こんなに明らかな恣意を感じるのは初めてで、その強さに後じさりする。
……何だコレ。今までこんなコトなかった。
隆弥はわずかに眉根を寄せた。
歓心の気が、風と一緒に押し寄せる。
ざわめきに似た大気の流れが、まるで歓呼のよう。その圧倒的な気配に強く惹かれて、理由を知りたくなった隆弥は、薄く目を開けて風が吹いてくる方向に顔を巡らす。
数メートル坂を下りた所に立ち止まる一人の女子。
長いストレートの髪は明るい茶色。唇の端をわずかに上げ、慎ましく笑んでいる。
隆弥と同じデザインの制服を着た少女は、頭上の桜の木々をじっと見つめていた。
朝日を浴びて、女子生徒の周囲が光り輝いて見える。
まるで、スポットライトだ。
自分の足下に目線を落として見比べると、女子がいる場所に光が集まっているように思えた。
清澄な空気を纏い、吹き抜ける風に乱れる髪を手で押さえながら、キラキラと輝いて彼女の周りに留まる風を見つめていた。
――…………。
誰かの声が聞こえた気がした。
その直後、女子生徒は笑みを深くした。
艶然とした横顔。
その艶やかさに空気までもが色づき、賑やかしに桜の葉を震わせた。
風……もしかして……。
隆弥が思いついた時――
不意に女子生徒が振り向き、隆弥と目線が合う。
冷厳と、透き通った双眸。
ざわり。
背筋が粟立つ。
隆弥と少女の間の空気が動くと同時に、清冽な気が走り抜けた。
何だ? 今のは……。
ざわつく風がやみ、視界がクリアになる。
不思議そうな女子の眼差し。先ほどの少女とは、真逆の雰囲気がそこには漂っていた。
風に護られる、女子。
差し込まれた直感に、隆弥の鼓動が大きく鳴る。
風が通り抜ける。
肌を刺す鋭い空気に逆らって一歩足を出した瞬間、制服の上着のポケットに入れたスマートフォンが鳴り出す。前へ歩き出した足を止めて、隆弥はスマートフォンを取り出す。
明らかな意志。
邪魔をされている気がしてならない隆弥は、舌打ちをしながら着信画面を操作した。
「何?」と苛立たしく話し出す。
『どうした? 隆弥』
隆弥の語気から異変を察した相手が返す。
「別に……後で話す」
何でもない、と続けようとしたが、瞬時に別の言葉に変えた。小さい頃からずっと一緒にいた相手に取り繕っても、すぐに悟られる。
『わかった。学生会室にいるから、今からおいで』
柔和な性質の従兄――沙頭雅紘の言葉つきに、隆弥の苛つきが薄らぐ。
「今から、行く」
即答して通話を切り、身体の向きを変えて目的地に向かうため歩き出した。
『何か』が、女子生徒との接触を拒んでいる。なら、無理に逆らう意味はない。
そう自分に言い聞かせながらも、隆弥は微かな未練を心の中に残していた。