この世界二度目のおはよう
翌朝、まぶしい光と鳥たちの鳴き声で目が覚める。
いたって普通の爽やかな朝。
だがそれは一般人にとってであり、俺にとっては普通ではなかった。
俺はこの二年間ひたすらに自室に引きこもってネトゲやアニメばかり見ていた。
仲間たちと共に24時間連続レベリングなんて不健康なこともやっていた。
部屋はいつも薄暗く、カーテンを閉め切りずっと日の光もろくに浴びていなかった。
それが今は違う。
顔に当たる温かい日光に顔をしかめ、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
寝ぼけているせいでなぜ日の光が当たっているのか理解できない。
カーテンなんて開けた記憶ここしばらくないんだけど。
おかしいな…。
寝ぼけ眼をこすりながら横向きから仰向けになり、見知らぬ天井が目に入ってきたところで完全に頭が覚醒した。
「異世界―――だった。」
不安がなくなったり増えたりでどっと疲れてしまったせいか部屋を調べるのを完全に忘れていた。
部屋の中にいくつかある扉を調べるとトイレと洗面所があった。
昨晩疲れたからと言って部屋の捜索を怠っていなかったらあんなトラウマものとは遭遇しなかったのにと激しく後悔した。
最低限身支度を済ませ、先程見つけたクローゼットの中にあった今まで来ていたものと同じデザインのセットに着替える。
その上から昨日もらったローブを羽織って準備完了だ。
部屋と廊下を隔てる一枚の扉の前で数分間その扉を凝視していた。
「ふぅー…」と深呼吸し、覚悟を決めて取っ手に手をかける。
「よし、行くか」
自分自身に言い聞かせるように言葉を吐く。
恐る恐る開かれた扉の先、そこには――――――
誰もいなかった。
「あー、朝一番で緊張したー」
まだ何も成し遂げていないにもかかわらず、今日も一日頑張ったといわんばかりの表情で額の汗を拭う。
流石にあのメイドさんも一晩丸々ずっと俺の部屋の前にいるなんて事はしなかったらしい。
するとあれだな。
まずどうしていいかわからないな。
朝ごはんってもらえるのかな?
それこそメイドさんに聞くべきか。
まず朝一番で当主のイグニスさんにあいさつしに行くべきか?
「一体どうしたら――――」
「何かお困りですか」
「ヒエッ」
恐る恐る後ろを向くとそこには―――昨日のメイドさんが立っていた。
「うぉぉぉぉおおおお!!?」
「…どうかなさいましたか?」
「い、いつの間に背後に…」
「……今です」
「ちょっと待った、今の間はなんだ」
「今ここに参りました。ええ、間違いありません」
こっわ、メイドさんこっわ。
ここの屋敷のメイドさんは隠密スキルでも持ってるんですか。
てか今を連呼する当たり絶対今じゃなかっただろ。
どこ隠れてたんだよ。
「それはそうと、何かお困りの様子でしたが」
「あ、そうだ。俺は今日何かすることとかあるんですか?」
「まだしばらくはカグヤ様のお仕事は言い渡されないかと」
「え?ど、どうして?」
「理由はいろいろございますが、イグニス様が本日からしばらく近隣の領主が集まり行われる会合に出席するために館を不在にすることが大きいかと」
「え?じゃあもういないんですか?」
「はい。もうお昼ですから」
「え?」
「はい?」
どうやら朝だと思っていたのは俺だけだったようだ。
どうも体にしみ込んだ昼夜逆転生活スタイルはこちらでも相変わらずらしい。
もーう、俺のおバカさん!テヘペロ!
なんて気持ち悪いセリフを吐くことはしないが、正直言って早めにこのスタイルは改めないといけない。
これからここで働くという事が決まった今、昼まで寝ているなんてことが許されるわけがない。
働くにしても下男とか力仕事だったらどうしよう。
自慢じゃないけど運動能力皆無だぞ。
今スライムとやり合ったら互角以下の戦いをする自信がある。
「昼食はどうされますか?」
「えっと、今から少し外に出たいんだけど」
「外に出る」という単語に反応してメイドさんの眉がピクリと反応する。
やはりこの人は俺の監視役らしい。
というか昨日は驚きと薄暗さであんまり顔を認識できなかったけどこのメイドさんもアイセアとは違う方向に整った顔立ちをしている。
アイセアをかわいいと表現するならば、このメイドさんは凛々しいといった感じだ。
少しだけつりあがった碧眼とイグニスより色素が薄めのあっちとは違ったきれいな金髪をしている。
髪は肩の少し上あたりで切りそろえられ、内側にカールがかかったようになっている。
「それではわたくしもお供いたします」
「え?」
「イグニス様より身の回りのお世話を仰せつかっております。聞くところによるとカグヤ様は記憶をなくされているとか。そのせいでカグヤ様の身に危険があってはと思うとお世話を仰せつかった身としては見過ごせません。」
「は、はぁ」
「わたくしのことはお気軽に『フィーナ』とお呼びください。言葉遣いもわたくしや他のメイドたちに関しては敬語を使う必要はございません」
「わ、わかった」
俺が意見を言う暇など与えんと言わんばかりに畳みかけられてしまった。
昨日のイグニスの時と言い今回と言いどうも向こうの思い通りに進めるために無理やりうなずかされてる感がある気がする。
別に特別逆らう気はないんだけどなぁ。
だが、考えてみれば記憶をなくした魔術師なんてあからさまに怪しい。
警戒しておく必要があるのも仕方がないことかと諦めよう。
むしろそんな怪しさ全開の奴をこの館に住まわせてもらっているだけでも感謝しなくては。
「この辺でどこか人のいないだだっ広い草原とかってあるかな?」
「草原ですか?この周辺ですとミレニア草原が一番近いかと」
「そこは人は住んでないの?」
「はい。近くといってもオータスからは割と離れておりますので」
ここで俺の知らない単語が出てきた。
「オータスっていうのは?」
「昨日カグヤ様がいらっしゃった街のことでございます」
どうやら昨日俺が転移(?)してきた町はオータスというらしい。
見渡す限りいろいろな種族があふれかえっていた光景を思い出す。
沢山の種族が支え合って作り上げている生活なんだろう。
「じゃあ今日はその草原に行こうと思う」
「では、わたくしは厨房で持って行く昼食を用意いたします。何か朝食として召し上がっていきますか?」
「いや、"おとなしく"屋敷の入り口で待ってるよ。」
「…そうですか。わかりました」
どうやら向こうもこっちが監視されていると気づいていることを理解したらしい。
まぁ、あんな監視体制で気づくなという方が無理な話なんだが…。
それでもきっと俺の見えていない影から他のメイドや兵士が俺を監視しているだろう。
そうじゃなきゃフィーナがあそこまで簡単に引き下がるわけがない。
ポケットからステータスカードを取り出して確認する。
カグヤ・アマクサ
レベル:1
年齢 :22歳
性別 :男
種族 :人間
職業 :
魔術 :創造者
称号 :創造者・降り立ちし者・惰眠・守銭奴
この魔術は術者の魔力を消費し、ありとあらゆる物を作り出すことが出来る。
魔力の消費量は精密さや大きさに比例して大きくなる。
また、作り出す物は術者がその構造について深く理解していなくてはならない。
この『深く理解していなくてはならない』の基準がどのくらいなのかによって俺が使えるか使えないかがわかれる。
もしこの"深く理解している"の定義が元素構造を理解していなくてはいけないようなものなら俺ははっきり言って全く使えない。
え?なんでって?頭悪いからだよ。察してよ。
出来るだけ簡単であってほしいと願うばかりだな。
「はぁ、うまくいくといいなー」
「なにがですか?」
「え?ってうぉあ!」
いつの間にか目の前には俺の顔を覗き込むアイセアがいた。
相変わらずの可愛らしい上目遣いで俺を見ていた。
ドキドキしちゃうから勘弁してくれよほんとに。
というかこの館の住人は相手に気配を察知されないように近づかないと気が済まないのだろうか。
「すみません、驚かせてしまいましたね」
ふふっ、とアイセアがいたずらっぽく笑う。
彼女の仕草の一つ一つにドキドキさせられてしまう。
これも童貞の性か…。
「いや、ぼーっとしていた俺が悪かったし。アイセアはどうしたんだ?」
「お勉強の復習をしようと図書室へ行こうと思っていたらカグヤさんがいるのを見かけたので声をかけたんです。そういうカグヤさんはこれからお出かけですか?」
「あぁ、ちょっとね」
「気を付けてくださいね、それでは失礼いたします」
洗練された動きでお辞儀をし、図書室へ向かっていく。
さすがは貴族の令嬢といった所だろうか。
「カグヤ様、準備が整いました」
俺も頑張ろっと。