パジャママンとステータスカード
アニアス家の屋敷は体感的に街からそう離れていない郊外に位置している様だった。
アイセアに促され、馬車から降りる。
周りは先程までの夕暮れとは違い、完全に暗くなってしまっていた。
それでも所々の明かりで屋敷のある程度の大きさがわかる。
デケェ…。
まず最初に感じた感想がそれだった。
やはり土地を収める貴族というのは金持ちらしい。
うらやま――ゲフンゲフン、うらやましい!
「さぁ、こちらへどうぞ」
「は、はい!」
「そんなにかしこまらないでください。私よりもアマクサ様の方が年上ですし。気軽にアイセアとお呼びください」
「そ、そっか。なら俺のこともカグヤって呼んでくれ」
「よろしいのですか?それであればそうさせていただきますね」
アイセアはニッコリと天使の微笑みをこちらに向ける。
その相手を疑わない笑顔にこれからしようとしていることを考えると少し胸が痛んだ。
屋敷の中は想像通り広く、たくさんのメイドや周辺の見張りから帰ってきた騎士たちがたくさんいた。
皆一様にアイセアの帰宅に気づくとすぐさま頭を下げて「おかえりなさいませ。お嬢様」と口にしている。
その様子を見ると本当に貴族の令嬢なんだという事を理解させられた。
あんな言葉言われるのメイド喫茶ぐらいでしかないぞ。
まぁ、コミュ障のせいで勇気を出して一回行ったきり行ってないんだけど。
実際に俺は以前高校卒業直後くらいにメイド喫茶に行ったことがあるのだが、そこでメイドに話しかけられても鼻息を荒くしてパニックになることしかできずにメイドどころか周りの客にまで笑われ心に深い傷を負ったのはまた別のお話。
というかなんかどの使用人の人もアイセアにお辞儀をした後俺の方を二度見しているようだ。
何だろう…。俺の顔に何かついてるのかな。
もしかしたらこの辺の住人の顔をしていないからか?
ここら一帯は雰囲気的に色白で明るい色の髪が多い。
ここに来るまでそういえば黒髪も見ていない。
にしては俺の顔――――――というより胴体に視線が―――――――――――ってあぁぁああ!!!
よく考えたら俺いまパジャマじゃんか!!!
これどうしよう、めっちゃかっこ悪い…。
今までの視線の意味を理解すると途端になんだか恥ずかしくなってきた。
何とか別の服に着替えられないものか…。
などと考えていると少し先を歩いていたアイセアが一つの扉の前で立ち止まる。
俺が己の過去に存在する闇と葛藤している間にどうやら目的地に着いてしまったようだ。
今まで通ったどの廊下の扉よりも大きく、金属や木材で細かな装飾が施されている。
「カグヤさん。ここで一度父に会っていただきます」
「父って、アイセアのお父さん?」
「はい、そうです」
「ってことはここの一番偉い人!?」
「ええ、この土地で最も力のあるお方です」
またも例のエンジェルスマイルを飛ばしてくる。
キュンキュンしちまうから今は勘弁してくれ。
「な、なぁ。ここらで一番偉い人と会うのに俺のこの格好は―――まずくないか?」
「あぁ!申し訳ありません。失念していました」
「出来ればこの格好よりはましな服を貸してもらえるととても助かるんだけど」
「はい、すぐに用意させます」
そういってアイセアは近くにいたメイドに声をかけ、二言三言何かを伝えるとメイドはすぐに「かしこまりましたお嬢様」と言ってどこかへ行く。
流石は領主の家に努めるメイド、というわけなのか洗練された動きって感じがする。
立ち振る舞いだとか言葉遣いなんかは特にそういった印象が顕著に表れている。
メイドが恐らく俺の服を用意しに行ったことでアイセアと俺の二人きりになる。
他には誰もいなさそうだ。
ここらで"あの話"を切り出した方がよさそうだな。
「なぁ、アイセア」
「はい。なんですか?」
「さっき俺の過去について知りたいって言ってたよな」
「教えてくださるのですか!?って、ああいえ、何かお辛いことがあるでしたら無理におっしゃらなくとも―――」
「俺には過去の記憶がないんだ」
「―――え?」
「俺は君と出会う前にあの近くの大きな橋で目を覚ました。だがそれ以上前の記憶がない。一応言葉は伝わってるから言語を言う分には問題はなさそうだが、もしかしたら物によってはわからないものもあるかもしれない。それに話せても書けないかもしれないしな。だからアイセアが期待しているような楽し気な他の国の話はできそうにないんだ。ごめんな?」
俺が記憶喪失を装った理由はいくつかあるが、やはりこちらの常識を俺が全くと言っていいほど知らないというのが大きい。もしこの国で常識的なことを他の住民の前でできない、または間違ってしまった場合何らかの不都合が生じるだろう。これから地主の貴族に会うというのだからあまりそういった騒動は起こしたくない。最悪憲兵のような組織に逮捕―――なんてことにはなりたくない。なのでアイセアには記憶がないといったのだが…うまく騙されてくれるだろうか。
「そんな…そんなことが…。きっとお辛かったでしょう?ですがもう大丈夫です!この私が、あなたの記憶を取り戻して見せます!」
「あ、ありがとう」
先程のような勢いで両手をつかんで握ってくれる。
その一片の迷いもない瞳に罪悪感で胸がチクりとするがここは一応新世界の神に倣って「計画通り」と思っておくことにしよう。
「では着替えだけでなくステータスカードもご用意いたしましょう」
「ステータスカード?」
「あぁ、そうでした。記憶がないのでしたね。まずステータスはわかりますか?」
「いや、分からないな」
「ステータスとは人間や魔物。場合によっては植物などの生き物にも存在している物です。ステータスにはその人の詳しい情報が載っています。例えば何歳でどんな名前の人なのか。その人はどんな種族なのか。その人が今使える魔術はどんなものなのか。持っている称号は何があるのか。などを見ることができます。」
ステータス…まるでゲームの世界だな。
話を聞く限りHPやMPなんかは表示されないようだけど。
話を聞く限りどうやらこの世界にも魔物は存在しているらしい。
それに魔術もあるみたいだ。
なんだか自分がRPGの世界にでも迷い込んだみたいでワクワクしてくる。
「そしてそのステータスを見るために使うのがギルドカードとステータスカードです」
「ギルドカードとステータスカードの違いは何があるんだ?」
「ギルドカードとステータスカードの違いはその情報量です。ギルドカードにはその人の名前、年齢、種族しか表示されません。しかしステータスカードは先程紹介したすべての情報を見ることができます」
「それならギルドカードの需要はなくなっちゃうんじゃないのか?」
「ステータスカードが少し高い値段で買わなくてはいけないのに対してギルドカードは冒険者ギルドで無料で配布しているんです。どちらも身分証の代わりになるので駆け出しの冒険者の方々はこちらを使っているようですね」
「そ、そんなお金のかかるもの見ず知らずの俺なんかに使わせていいのか?」
「それでカグヤさんが少しでも救われるならこの程度問題ではありません」
笑顔が…笑顔が痛い。
しかし予想外に収穫の多い話だった。この世界には魔術もギルドも存在しているらしい。だが、何の経験もないまま駆け出し冒険者になっても危険が多く付きまとうだろう。と考えるとこの屋敷で何らかの形で雇ってもらうのが一番な気がする。
べ、別にアイセアに惚れてるとかそういうんじゃないんだからね?
するとそこに先程のメイドが帰ってくる。
「お嬢様、準備が整いました」
次回、ステータスカードを使って衝撃の真実!
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