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魔族の襲来

「カグヤです」

「うむ、入れ」



ドアを開けると、普段の書類の向こう側にあるデスクではなく目の前にある机の向かい側に立っていた。

こんな机は今まで来た時にはなかったので、おそらく今しがたどこかから引っ張ってきたのだろう。

その机の上には大きな地図と凸のような形をした駒がいくつか並んでいた。



「早速だがお前に頼みたい仕事がある」

「仕事ですか。ちなみにそれはさっきの書状と関係があることですか?」



するとイグニスはすこし驚いた顔をするが、すぐに緊迫した表情に戻る。



「もう知っていたなら話が早い。魔族との国境にあるラグリオ山脈に魔族の大規模な部隊が発見された」

「魔族との戦争が再開するという事ですか?」



魔族とは和平を結んだわけではないが、何十年も事実上の休戦状態になっていたはずだ。今のこの国の騎士たちの腐敗具合と脆弱さを考えると向こうが経験値の概念を持っているのかはわからないが、ただの訓練ではなくそういった強さも兼ね備えているのだとしたら、はっきり言ってこちらに勝機はない。



「私はこれから兵を率いて山脈にある砦へ向かわなくてはいかん。今現在の砦の戦力では防衛は不可能と判断したテリア家の当主から救援要請が届いたのだ」

「どれくらいの規模なんですか?」



地図に目を落とし、赤と青の駒を配置していく。



「これが砦の位置だ。ここには常駐している兵士が1000人、非戦闘員が300人いる。対して魔族が率いる魔物を合わせた軍勢は3万。とてもじゃないが防衛は不可能だ」

「こう言ってはなんですが…その…」

「我々が行っても焼け石に水。という事だな」

「はい。今いる戦力は街にいる兵士を合わせても1500がいいところです。3万に対して1000が2500になっても大差はないんじゃないですか?」



俺がそういうとイグニスが目を伏せながら腕を組んで黙り込む。少しの間静寂が流れ、イグニスが少しずつ話し始めた。



「確かに、お前の言う通りだ。我々が行こうとも総変わりはないだろう。多少稼げる時間が増えればまだマシといったところだ。だがな、私は領主だ。領民より税を取り立て、その金で生活している。ならば有事の際は一番に先頭に立ち、戦う義務がある」



そう話すイグニスの声には静かだが、覇気をまとったすごみが感じられた。



これは―――躊躇う気すらなさそうだな。



今の話を聞いただけでイグニスには並々ならぬ覚悟があることがうかがえた。間違いなくこの戦いで退くことは無いだろう。だが、この戦いに赴けば間違いなく命はない。戦いにおいて戦略や戦いにおける技術は確かに大切だとおもう。しかし、戦い方や装備にあからさまな文明レベルの違いでなければやはり一番に物を言うのは数だ。戦いにおいて数こそが正義と言っても過言ではないくらいに数の力というのはすさまじいものなのだ。もし一騎当千の勇者がいたとしても所詮は一人。周りを大量の魔物に囲まれて休む暇なく攻め続けられれば、当然体力や集中力の限界は来る。

そんなことは俺なんかよりも以前は冒険者をやっていたというイグニスの方が百も承知だろう。それでも行くというのだ。俺が何を言ったところで止まることは無いだろう。



「それで俺に仕事の依頼というのは」

「ああ、そうだな。もし、私が帰らなければ―――――アイセアを頼む」



その言葉と共にイグニスが俺に向かって首を垂れる。



「私の代わりにあの子を守ってほしい。どうかお願いできないだろうか」



普段の少し上からの物言いが多いイグニスからの真摯で素直な願い。だがそれは彼がもう自分がこの先を生きることを諦めているように感じた。



そんな簡単に生きることを諦めるのか?それであんたは本当に満足なのか?



そんな以来の内容を俺に出してきた時点で―――その時点で俺の答えはもう決まっている。



「そうですか、わかりました。その依頼、引き受けます」



俺がそういうと下げていた頭をゆっくりと上げる。その顔は安堵と少しの悔しさが浮かんでいるような気がした。



「そうか。ありがとう。これで私も心置きなく戦の準備ができる」



その言葉を聞き届け、俺は書斎を後にする。



新しい秘密兵器達、試すにはちょうどいいかもな。







「えーっと、ああ、いたいた。おーい、フィーナ」

「どうかされましたかカグヤ様」

「後でイグニス様がこの屋敷を出る時に伝えてほしいことがあるんだけど――――」



その時、これを伝えられたイグニスの驚いた顔を想像するだけでついつい口元がにやけてしまった。







「よし、これで準備は整ったな」



書状が届いてから数時間が立った。もうすぐ夜になってしまう、今は少しでも時間が惜しい。少しでも砦までの距離を縮めるておきたい。夜中の行軍は多少危険が伴うが、今はそうも言ってはいられない。

甲冑を着込み、アニアス家の家紋入った剣を腰に帯刀する。

魔族との戦いにおいて防衛のかなめになるであろう砦にたった1000人しか配備されていないというのは普通に考えて異常だ。ここが落とされれば人間の領地へと進行を許し、次の砦までに少なくとも数百人は犠牲が出る。だというのに王国は魔族が大昔の大戦以来全く攻め込んでこないことをいいことに戦争のことなど全く頭に入っていない。

そのせいで経費をケチりにケチったしわ寄せがここにきて回ってきたという事だ。今の王族は自分たちが裕福に暮らすことしか頭にない。戦いに知識も皆無に等しい。はっきり言って無能どもだ。そんな奴のせいで死ぬなんてまっぴらごめんだ。しかし、そこで逃げ出すわけにはいかない。我々が戦う背中には我々の守るべき者たちがいるのだ。



「皆の者!準備はよいか!出立するぞ!」

「イグニス様、カグヤ様より伝言があります」

「フィーナか。どうした、カグヤから伝言だと?」

「はい。イグニス様が出立されるときに伝えてほしいと仰せつかっております」

「なんだ、手短に話せ。時間がない」

「わかりました。では――そんなにアイセアのこの先が気になるなら自分でこれまで通り見守ってやればいい。こんなところで死ぬつもりなんてまだまだだな――だそうです」

「な、なんだと?」



あまりの予想外の言葉にイグニスは素っ頓狂な声を上げてしまう。

フィーナ自身はなにがなにやらといった表情を受けべている。



「それでそのカグヤはどうした」

「イグニス様とのお話が終わった直後にちょっと散歩に行ってくるといったきり戻ってきていません」

「な、なんだと!?」






「おおー、3万となると相当な数いるなー」



漆黒のローブをはためかせ、上空から遥か下の大量の灯りを見ている。実際はおそらく灯りの数以上にいるんだろう。



「ちょっと実験に付き合ってもらおうかな」



そう呟きながら少しずつ高度を落としていった。





次回から初めての大規模戦闘に!

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