日常
「んあ…朝か…」
目の前には最近はもう見慣れた天井が広がっている。外から差し込んでくる心地いい光もこの時間帯に自然に目が覚めることも最近は慣れたものだ。
だがこのところある変化がある。
胸のあたりに謎の重みがある。それに自分の体温で暖められたベッドの中でもぞもぞと動き回る何かがいる。少し寝ぼけたままでベッドの中をまさぐると、何かふさふさとしたさわり心地の良い何かに手が触れた。
この感触、今日もか。
「ヨモギ。昨日も俺は自分のベッドで寝てくれって言ったと思うんだけど」
「うぅ…。でも一人だとこんなふかふかのベッド落ち着かないです」
そういいながらまだ眠そうに眼をこするキツネの耳としっぽを持つ獣人の少女、ヨモギがベッドの中から顔だけをだして俺の隣に再度寝転がる。どうやらまだ二度寝する気満々らしい。
「兄さんは私と一緒に寝るの、いやです?」
上目づかいで瞳をうるうると涙ぐませる。耳は「しょぼーん…」と言っているようにペタッと倒れてしまっている。
落ち着け俺よ。確かにこのままヨモギを抱き枕に二度寝に入ってしまえばどんなに心地いい眠りにつけることか。そんなことは考えてはいけない。今日もこれから仕事がある。それにまだまだ俺の魔術でやってみたいこともたくさんある。ここはぐっとこらえなければ。
「俺としてはそれもやぶさかじゃないんだけどね。俺もヨモギも今日も仕事があるだろ。頑張って起きよう」
「そうだったです…。頑張って起きるです」
「うん、ヨモビはいい子だね」
「えへへ、兄さんに撫でられるの好きです」
髪に俺の手が触れるとヨモギは気持ちよさそうに目を瞑る。耳も「もっとなでてー!」と言いたげにぴこぴっこと反応している。透き通るような銀髪に優しく指を通すとサラサラと流れていく。もふもふなしっぽとは違う気持ちよさだが、これはこれで癖になりそうだ。最初に会った時とは違い、ここのお風呂に入れてもらったおかげで体の泥や汚れもきれいになっていた。
ここ数日のルーチンとなりつつあるヨモギとのコミュニケーションを楽しんだ後はもはや着慣れたローブを身にまとい、アイセアの部屋を目指す。
ヨモギがこの屋敷に来てから1週間がたった。最初に無断でヨモギを連れて帰ってきたときは最悪この屋敷から追いだされる覚悟だったが、別室でアイセアから事情を聴いたらしいイグニスが鼻水をすすりながら両肩をつかんで「よくやった!さすがは私が見込んだ男だ!」と何度も言っていた。後ろに後から部屋を出てきたアイセアがちょっといたずらっぽくほほ笑んでいたので間違いなくあれこれ盛ったストーリーを話したんだろう。
何はともあれそのおかげでヨモギはこの屋敷にメイドとして勤めることになったのだ。一件落着、という事にしておこう。
ヨモギ本人の様子としてはこの屋敷に来た初日の夜からずっとあんな感じだ。俗にいうつり橋効果という奴だろうか。この周りに自分の知っている人が誰もいない状況であの年の少女に命の危機を救った存在に依存するなというのも酷な話だろうか。
「今日はここまでにしておこう」
「わかりました。実技の方はいつ頃になるんですか?」
「そうだよな。魔術と言ったら座学ばっかじゃつまらないよな」
やはり魔術の面白いところは目の前で自分がイメージした通りの事象が起こることだと思う。自分が実際にやるから面白いんだ。それなのにいつまでもつまらない座学ばかりじゃいくらまじめなアイセアと言えど学習効率が下がってしまう。
「今日イグニス様に来てみるよ」
「わかりました。期待して待ってますね」
「というわけなんですが」
「ふむ、そうだな。確かにそろそろ実用的な魔術も教えて行かねばならんな。だが、お前は固有魔術しか使えないのではなかったのか?」
「それがそうでもないみたいでして。その点は俺が何とかします」
「ほう、何とかするか。新たな魔術を習得するのはそう容易いことではない。それをそう断言するとはな。流石は私の見込んだ男だ」
「あ、ありがとうございます」
いつの間に俺は見込まれていたんだろう。思い当たる節と言えばこの間のヨモギの件か。結局最後の方は一人で謎の感動の中に入ってしまったので何を言っているか全く聞き取れなかったが、おそらくあの時だろうな。
この間アイセアの家庭教師を引き受ける時に来た執務室。相変わらずそこらに大量の書類が山積みになっている。俺と話している最中もガリガリというペンがこすれる音とハンコの音がリズムよく聞こえてくる。これだけでもかなりのスピードで作業が進んでいることがわかるのだが、それでもここにある書類がなくならないのはそれだけ新しく別の書類が来ているという事。あれだけ大きな街の運営はそうとう大変だろう。
「イグニス様。ここに来たばかりの俺があまりこういうことを言うべきではないのかもしれませんが、あまり根を詰めすぎ内容にした方がいいのでは」
俺がそういうと一瞬ぽかんと呆けた顔をした後にくしゃっと笑った。
「フハハッ!私にそんなことを言ったやつは久しぶりだ。大丈夫だ。私はこう見えても父から領主を継ぐまで家を飛び出して冒険者をしていた。体力には自信があるのだ。だが、忠告はありがたく受け取っておこう」
「わかりました。では、俺はそろそろ失礼します」
「うむ。今後ともアイセアを頼むぞ」
その願いに軽く頭を下げてその場を立ち去った。
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