反撃
あたりのざわめきがさらに大きくなっていく。
唐突に突き付けられた身に覚えのない話にほぼパニック状態だ。
怯えて家に隠れる者、自分は知らないと証言する者。
しかし俺たちには好都合だ。周りがパニック状態で向こうもこちらに気づいてない。ヨモギが目立ちすぎるといっても過言ではない見た目をしているが、距離的に言っても人ごみの中、身長の低いこの子単体を目視でこの中から見つけるのはなかなかに困難だ。
「この混乱の隙にここから離れよう」
「わ、わかったです」
人ごみに紛れるようにしてこの場を離れるのが最善だろう。このままここにいては見つかるのは時間の問題だ。走っても明らかに目立つ。自然だ、自然。ナチュラルに行こう。
「おい、反応はどこだ」
「この方向です。そう遠くありません。」
「わかった。全員その場を動くな!!」
群衆の動きが止まる。
他の住民を退かしてこちらにまっすぐ進んでくる。
どういうことだ?なぜこっちにまっすぐ進んでこられる。いくら何でも見つかるのが早すぎる。となれば考えられるのは…発信機か。
発信機といってもこの世界では電波なんてものはない。恐らくそういった類の魔術だろう。まったく、便利すぎるのも困りものだ。
ヨモギは全身をガクガクと震わせ、冷や汗でびっしょりだ。顔色は最早真っ青を通り越して真っ白になっている。今にも極度の緊張で気絶か過呼吸でも起こしそうな勢いだ。
先にローブを脱いでおく。
意を決してヨモギの左手をぎゅっと握る。するとその真っ白な顔で泣きそうな目をしながら俺の顔を見上げてきた。
「大丈夫だ。必ず守り通すよ。安心して」
ヨモギは「ぁ…ぁぁ」と声にならない声で何か言おうとしている。連中を見ただけで過去にされてきた仕打ちを思い出してしまったのだろうか。ここまでなるほどのことをされるだけの何かをこの子がしたのか。そんなことは無いはずだ。そう考えると大変あの連中にムカついてくる。久々に本気で頭に来た。おいしいものを食べたとき、彼女は笑っていた。ここに来るまでにルーが相当ケアに力を入れたのだろう。逃げた当初のヨモギの精神は今よりもっとひどい状態だったはずだ。
どんなに偉い奴だろうと、この子のあの楽し気な笑顔を奪っていいはずはない。
手を握る力を強めてこちらに来る甲冑の連中に向き直る。
ほんと、こっちに来てから柄にもないことばっかしてるな。俺ってもっとつまんないやつだったと思ってたよ。
こんなことになるなんて思ってなかったからな。ぶっつけ本番だが、おそらく何とかなるだろう。何とかなってもらわなくては困る。
イメージを構築し、"あるもの"を創造する。
集団で恐らく一番偉いであろうちょび髭を生やしたおっさんが馬の上から話しかけてくる。
「貴様、そこの帽子をかぶった奴隷の主人か?」
「この子は奴隷なんかじゃない。俺の妹だ」
「貴様!隊長殿に何という口の利き方だ!」
「待て、それでは話が先に進まない。そうしたらこの後の楽しみが減ってしまうぞ」
そういわれると部下と思われる兵士は引き下がる。
「口の利き方も知らぬ小僧に付き合っているほど我々は暇ではない。隠し立てすれば貴様の首も落ちるぞ?」
あからさまな上から目線で物事を話してくる。
下品なにやけづらでこちらを見下してくる態度にムカついて手を出しそうになるが何とかこらえる。
まだだ、まだタイミングじゃない。
今に見てろ。その余裕ぶったにやけ面を消してやる。
「隠し立てなどしていない。この子は正真正銘俺の妹だ」
「ならばそのとってつけたような大きな帽子を外してもらおうか」
最も指摘されたくないところを指摘されたヨモギがビクリと大きく震える。
その手は握りしめられて白くなっていた。
「隠すものが何もなければそれを外してもかまわんだろう?」
「一体なにを隠すというんだ?」
「ふん、とぼけるな。耳だ、耳。その汚らしい獣と同じ耳を隠すためにそれをかぶっているのであろう」
「何も隠すものはないと言っている」
「くどい!早くその下を見せろ!さもなくば今すぐ貴様の首をはねるぞ!」
そろそろヨモギが精神的に限界か。
じゃあ―――仕掛けるとしよう。
「ならそこまで俺の妹を侮辱しておいてこの帽子の下が何もなければどうする?」
「それならば我々の非を認めて謝罪押しようではないか。もしそうなればの話だがな!ハハハハハ!もし耳を切り落としたとしても後は残る。貴様らはもう終わりだ。諦めろ。そうだな、お前の首は跳ねるが、そっちの娘は我々が王国の礎にしてやろう!」
隊長の下品な笑いに続いて他の隊員たちもゲラゲラと笑い始める。
この国の兵士がここまで腐っているとは思っていなかった。隊長の言葉を聞いて隊員の数名はアイセアを舐めまわすように汚らわしい視線を向けている。アイセア本人は普段の微笑みを崩していかにも不快そうだ。
「言ったな?確かにその言葉聞いたぞ」
「いいだろう。もし何もなければいくらでも謝罪しよう。ほら、さっさと見せたらどうだ?」
そっとヨモギの肌が露出している首元に触れる。
自分はこの先どうなるのか、とういう不安と泣き崩れそうになるのを必死にこらえているのか俺の手を握る力を強めている。もしかしてそっと触れたせいか俺の手が首に触れているのに気が付いていないんだろうか。しかし本人が相手に伝わるほど目に見えて動揺してくれているからこっちもやりやすい。
ヨモギに向かってささやく。
「大丈夫だ。何とかするさ」
どうやって?と言いたげなこの世の終わりのような顔をしている。そろそろさすがにかわいそうだな。
魔術を発動させる。
よし、手ごたえはあった。
「さあどうした!早くしろ!自分から脱がないのなら無理やりにでも――」
「ほい」
何の躊躇もなくヨモギの帽子を持ち上げる。
スポッという効果音が聞こえてもいいような気持のいい脱げっぷりだった。
「なん、だと」
「なにかおかしいことでもあったか?」
「なぜ、なぜ何もない!!」
ヨモギの頭には―――耳はついていなかった。
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