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奴隷

「ヨモギは…脱走奴隷のなのよさ」

「脱走、奴隷?」

「そういうことですか…」

「この子のいたお屋敷が火事になってその時奴隷が何人か脱走したのよさ。ほかの人たちはもうほとんど兵士に捕まってて、助けられたのはこの子だけだったのよさ」



俺は失念していた。奴隷という存在を。

普通に考えて中性に近い文化ならいてもおかしくはない。ただこの街で見かけたことがなかったからその存在を完全に忘れていた。



「そういえばこの街では見かけたことがないな」

「はい、この街ではお父様が奴隷の売買を制限していますので」

「制限?禁止じゃなくてか?」

「禁止してしまえば国の方針に背くことになってしまいます。なので、奴隷商人がこの街で売買をしようとするとものすごく高い税がかかることになっているんです。そうすればわざわざこの街で奴隷を売る必要はなくなります」



なるほどな、どうやらうちの主人は奴隷に積極的にひどいことして快感を覚えるタイプではないようだ。もしそうだったらちょっと、いやかなり引いてた。



「というか、脱走ってどこから脱走してきたんだ?」

「王都なのよさ」

「王都…って王都!?よくここまで来れたな」



王都といえばここからかなりの距離がある。図書室の地図で確認したが、とてもこんな小さな女の子ふたりの足で1週間でここまで来れるわけがない。2週間だって馬を酷使しても相当きついはずだ。




「それでもこの街が奴隷が最も安全に隠れられる街なのよさ」



少し悲しげな表情話すルーに対してヨモギは黙って下をうつむいているだけだ。ここに来るまでにきっと辛いことも苦しいこともたくさんあったのだろう。

だが、それではダメだ。



「ヨモギ。ヨモギはどうしたいんだ」



急に声をかけるとビクッと体をはねさせる。恐る恐るといった感じで俯いていた顔をあげ、俺に視線をあわせてきた。その表情は今にも泣き出してしまいそうだ。体が震えている。きっと今も恐怖に怯えているんだろう。だがこれだけははっきりさせておかないといけない。

罪悪感を押し殺して口を開く。



「なにかまだ隠していることがあるんじゃないのか?」

「っ!?…そ、そんなことは…」

「そっちが話さないならこっちも君を信用しきれない。もし君が俺たちを信じて本気で信じてくれるなら俺たちも全力で君を守ろう」



なんて勢いに任せて言っちゃったけど―――俺の一存で決めていいことじゃないよねこれ…。



脱走奴隷というのはおそらくこのふたりの反応や表情を見ても相当な重罪。それをアニアス家が匿ったと知られれば俺だけの問題ではない。アイセアやイグニスも罪に問われる可能性だってある。



やっちまった…そう思いながらアイセアの方を見ると――――

いつもより少し嬉しそうに微笑んでいた。



「カグヤ様はやっぱりお優しいですね」

「いや、ごめん…俺がこんなこと勝手に言っていい立場じゃないのに…。でも俺はこの子を助けたいと思う」

「そうですね、それは私も同感です」



その言葉を聞いた瞬間パァ!っと今までの暗い表情とは一転して希望に満ちた表情になる。



「そのためにもヨモギさんに隠し事はしないで欲しいんです」

「う、うぅぅ」



心の中で葛藤が続いているのか、頭に被っている帽子をギュッと握って震えている。



「この人たちならきっと」大丈夫なのよさ」

「る、ルーさん…。わ、わかったのです」



頭かぶっている大きめのベレー帽をこちら側だけ少し持ち上げた。

するとそこにあったのは――――――ピクピクと動くケモミミだった。

形からしてキツネ、だろうか。

彼女の服装は下はロングスカートなので、しっぽもそれできっと隠しているのだろう。

これを見られてはおしまい…と言わんばかりに耳が「もう…だめ…」とペタンうなだれてしまっている。



「よし、助けよう」



すると一斉に視線がこちらに向く。

ヨモギは信じられないといった驚きと疑いのまじったような表情で、ルーは俺のことを値踏みするように見てニヤニヤしており、アイセアは俺の真意を若干見抜いて少し呆れたような視線を飛ばしたあとにふてくされたような表情でこちらにジト目を送ってくる。

なんだか最近アイセアの俺に対する表情にバリエーションが増えてきた気がする。前は屋敷の人たちと同じで常にやさしき天使の微笑みといった感じだったが、このところはまるで旧友に対して接するような気兼ねない雰囲気だ。



もしや俺は将来的に友達で以上に発展することはないということでは?



いや、そんな俺の心傷はひとまず置いておこう。



「ど、どうしてそんな…この耳を見て――な、なにも思わないんですか?」

「すごくかわいい耳だとおもうよ。俺は好きだな」



ケモミミはいい文明。



それを聞いたヨモギはありえない、と言いたげな顔をしている。



「私が、獣人だって分かっても、気持ち悪がったりしないんですか?」

「どうしてそんな必要があるんだ。俺には君がただの普通の可愛い女の子にしか見えないよ。その耳も含めてね」

「うっ、うぅうう…」



ポツリ、ポツリと涙が頬を伝っていく。

きっとこれまで獣人というだけで差別され、苦い思いをさせられてきたのだろう。この反応から見るだけでも人間に対する恐怖心や怯え、警戒心があったのが分かる。必死にこの街まで自分の正体がバレないように来るのだってそうとうなストレスがかかっていたはずだ。脱走奴隷だとバレれば命すら危ない。そんな状況下でこの街を目指し、この街ですらもしかしたら自分は生きていけないのかもしれない。その不安から解放された今くらいは泣いてもいいだろう。

少女の小さな嗚咽はしばらくの間止むことはなかった。



「俺たちは守るといったけど、ヨモギは俺達のことをまだ信用できないだろう?」



どう言うと少しバツが悪そうに視線をずらす。



「そ、そんなことは…」

「いや、それが普通だ。それは少しずつ信用して言ってもらえればそれでいい」

「あははっ、何はともあれ一件落着なようでなによりなのよさ」



無邪気な顔で嬉しそうに笑うルー。



「そういえば少し気になったんだけどいいか?」

「うん?なんなのよさ」

「ルーと一緒に旅を続けるとか、山や森で隠れて暮らすっていう選択肢もあったんじゃないか?」

「まずアタシと一緒に来るっていう選択肢はないのよさ。理由は話せないけど連れていけないちゃんとした理由あるのよ」

「じゃあ二つ目の方は?」

「わ、私は生まれた時にはもう奴隷だったんです。だから自然の中で生きていくための術を何も知らないんです」



奴隷の子供は奴隷、というやつだろうか。どこの世界も奴隷の扱いが酷いのは変わらないらしい。



守るといったはいいものの、イグニスや屋敷のみんなになんて説明したらいいんだろうか。

ちょっと不安になってきた。



すこしアイセアに近づき、耳打ちをする。



「屋敷のみんなになんて説明したらいいかな」

「大丈夫ですよ。うちには獣人だからといって毛嫌いするような方はいませんから」

「なら安心だな」



アイセアがそう言うなら間違いないだろう。これで問題なくヨモギを連れて帰れる。



「それじゃあ早速屋敷に―――」



そう言って立ち上がろうとしたとき街の入口の方が少し騒がしいことに気づく。



「どうしたんでしょうか」



アイセアも気づいたらしい。

すると人の群れの中に数人馬に乗った甲冑の集団がいることに気づく。





「この中に獣人の脱走奴隷がいる!!知っている者は直ちに差し出せ!隠しだてすればその首を落とす!」





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